第2話 団長、ハンバーガーを二個食べる



「団長、本当に団長なんですね」


 サラサラの赤毛にアーモンドの瞳をしたジミール(であろう)少年が嬉しそうに言った。


 私は断言する。


「ああ、私は団長だ。お前たちは本当に前世と変わらないな。可愛い見た目に反して、芯がしっかりしているジミール、普段は穏やかだが怒ると怖いテナに、血の気が多いグクリア。今も中身はそのままのようだな」


 私がそれぞれの特徴を述べると、三人は今度こそ納得した顔をしていた。


「僕は今、手塚尚人てづか なおとという名前です」


 テナが自己紹介をすると、ジミールも告げる。


「僕は神明健じんみょう たけるです」


 すると、さきほど私と手合わせした少年、グクリアも憮然ぶぜんと口を開く。


大黒伊利亜おおぐろ いりあ

「私は田中彩弓たなか あみだ。これからよろしくな。学年は二年だが、お前たちは?」


「僕と尚人なおとが二年で、伊利亜いりあは一年生ですよ」


 ジミール——たけるがスマホ画面で漢字を教えてくれたので、私はなるほど、と頷く。


 現代の名前を覚えるのは大変そうだ。


「そうかそうか。グクリア——伊利亜いりあだけ年下なんだな。これからは私のことを兄さんと呼ぶがいい」

「それを言うなら姉さんだろ……」


 伊利亜いりあにツッコミを入れられるが、私はなんとなく釈然としなかった。


「そうか。だがお前に姉さんと呼ばれるのは違和感が……」

「団長は団長でいいんじゃない?」


 たけるの言葉に、私は目を輝かせる。


「ああ、そのほうが私的にも助かる」

「けど、他の人に聞かれたら変な感じじゃない? 彩弓あみにしようよ」

「ああ、じゃあそうしてくれ」


 テナ——尚人なおとの提案にも素直に返事をすると、なぜかたけるが声を出して笑った。


「出た、途中で面倒くさくなって投げやりになる団長! 団長――彩弓あみも相変わらずですね」

「同じ学年なんだから、敬語はいらない」

「それもなんだか不思議な感じだなぁ」


 たけるがしみじみ言うと——尚人なおとがハッとした顔をする。


「そろそろ下校時刻のチャイムが鳴ってるから、続きは明日にしようよ」

「明日は休日だが?」


 私が首を傾げていると、尚人なおとは茶髪をさらりと揺らして優しい顔で笑った。


「積もる話もあるし、明日どこかで集まらない?」

「いいね! じゃあ、ハンバーガーショップで待ち合わせしよう。伊利亜いりあも来るよね?」


 たけるが乗り気な中、話を振られた伊利亜いりあは複雑そうな顔をしていた。


「俺は別に……」


 グクリア——伊利亜が大勢でいることを好まないのは、今も同じようだ。


 こいつは昔から協調性というものを知らない奴だったから。


 よし、ここは私が引っ張ってやろう。


 きっと団長の言葉なら、嫌とは言わないはずだ。


「伊利亜も来てくれたら私はうれしいぞ」


 私がそう言うと、案の定、伊利亜は嫌そうな顔をしながらも、断らなかった。


「別に、行ってやっても構わないけど……」

「あはは、伊利亜は今も昔も団長に弱いよね」


 その健の言葉に、伊利亜は慌てたように付け加える。


「お、俺は別に団長のために行くわけじゃ……」


 わかっている、わかっているぞ、伊利亜。


 お前は昔から私という上司の誘いは断れない性格だ。


 普段はやる気がなさそうに見えて、意外と真面目なところがあることを私は知っているんだ。


 私が一人納得する中、尚人が真面目な顔で告げる。


「伊利亜はわかりやすくツンデレだね」

「それな。じゃあ、待ち合わせは明日の十一時ってことで」






 ***






 ——翌日


 虹の騎士団の野郎どもに誘われて、ハンバーガーショップの前にやって来た私、彩弓あみだが——。


「ちょっと早すぎたか……と、伊利亜いりあの方が早かったか」


 やはりグクリア——伊利亜いりあは真面目なやつである。


 集合時間に三十分も早く来るなんて、真面目以外のなにものでもないだろう。


 それとも、それだけ騎士団で語り合うことを楽しみにしていたのだろうか?


 ハンバーガーショップの前で見つけたワカメ頭——いや、黒髪の色男に向かって手を上げると、伊利亜は嫌そうな顔をしていた。


 わかっている! わかっているぞ、伊利亜。


 そんな顔をしていても、本当は嬉しくて仕方ないんだろう。


 父とも呼べるこの私との会合が。


 私がニヤニヤしながら近づくと、伊利亜は目を泳がせた。


「……お前、無駄に可愛いな」


 伊利亜に言われて、私は目を丸くする。


「そうか? 今日は姉さんがコーディネートしてくれたんだ」

「へぇ」


 今日の私は、グレーのTシャツに短パンという軽装だったが、どのあたりが可愛いのだろうか。至って普通の格好だと思うのだが。


 それよりも伊利亜の方がよほどキマって見えた。


 白いシャツの上から羽織ったレザージャケットは渋く、黒のデニムパンツといい、スタイルの良さを強調していた。


 そんな伊利亜をじっくり眺める私だったが、伊利亜はなぜかソワソワしながら私を横目で見てきた。


「中身がおっさんじゃなければ良かったのにな」

「ん? 何か言ったか?」

「……なんでもない」

「なんでもないことはないだろう?」


 伊利亜に問い詰めようとしたその時、

 

「お待たせ」


 たける尚人なおとがやってきたのだった。






 ***






「実は今ここにはいないけど、騎士は他にも二人いるんだよね」


 ハンバーガーショップで席に着くなり、たけるはそう言った。


 可愛い雰囲気のたけるは、ピンクのジャケットにデニムパンツがよく似合っていた。


 おまけにノルディック柄の上着に黒いパンツの尚人なおともオシャレで——この三人といると自然と目立っているような気がした。


 ——が、そんなことよりも、健の言う二人のメンバーが気になって、私は思わず前のめりになった。


「なに!? 誰と誰だ?」


 私が一人で興奮していると、たけるは笑って説明する。


「ナムストレイとホミルだよ。今は南沢礼みなみさわ れい細倉輝ほそくら ひかるだけど。二人とも受験で忙しいから、今日は来ないけど、団長にめちゃくちゃ会いたがってたよ」

「そうかそうか。私も会いたいぞ」

「でも団長だけ女子っていうのはまだ言ってないんだ」

「どうしてだ?」

「どうせなら、驚かせたくない?」

「なるほど」


 たけるらしい言葉に納得していると——ふいに、伊利亜いりあが静かに口を開く。


「おい、あそこに座ってるやつ、見たことないか?」


 言って、伊利亜は店の端っこに座っている男を親指で指し示す。

 

 そこには、大学生くらいの端正な顔立ちをした青年がいた。


「あれ……エジン!?」


 健の言葉に、尚人も頷く。


「本当だ。エジンだ」


 確かに、その男は私の元部下——エジンという騎士に瓜二つだった。


 これだけ虹の騎士団が集まれたということは、その男がエジンという可能性もなくはないだろう。


 そこで思い立った私は、椅子から立ち上がった。


「だったら、声をかけてみよう」

「じゃあ、俺も」


 私に続いて尚人も立ち上がるのを見て、健が慌てて止めた。


「ちょっと待って! どうせなら彩弓あみ一人で声かけてみようよ」

「どうしてだ?」

「そのほうが絶対面白いと思う」


 健の提案はよくわからなかったが——面白いことを企てるのに関しては、右に出る者がいないと言われていたジミールの言うことなので、私は従うことにした。


 すると、伊利亜は困惑した顔で私を凝視する。


「大丈夫かよ」

「僕らが見守ってるから大丈夫だよ」

 

 後押あとおしする尚人の言葉に、私は覚悟を決める。


「じゃあ、一人で行ってくる」 

「いい、団長? 最初は知らないふりして、あとからネタバレしてね。そしたら僕らも行くから」


 健の言葉に、私は素直に頷いた。




 それから私は、健に言われるがまま、エジンの座るテーブルに向かった。


 少しだけ緊張していたが、みんなが見ているので、きっと大丈夫だろう。


 団長たるもの、こういう時は度胸も見せなくてはいけない。


 皆のお手本として、冒険してやろうじゃないか。


 そして私は、エジン(と思われる)テーブルの前まで来ると、小さく深呼吸をする。


 エジンは近くで見ると、本当に綺麗な顔をしていた。


「あの、すみません」


 声をかけると、エジンらしき青年はわざわざ立ち上がった。


 背の高い青年だった。一八◯はあるんじゃないだろうか。


「なんですか?」


 だがその気迫に、私は少々気後れしてしまう。


「……えっと……あなたが食べているそのバーガー、とてもおいしそうですが。なんていうバーガーですか?」


 適当な理由をつけて話しかけると、青年は快く応えてくれた。


「ああ、これはエビと卵のバーガーですよ。良かったら、一口食べてみますか? ……って、他人のバーガーをシェアするのは嫌ですよね」

「えっと……いいえ。いただきます」


 私が差し出されたバーガーを食すと、遠くから健たちの声が聞こえた。


 私の行動に何かおかしな点でもあったのだろうか。






 ***





 彩弓あみを一人で見知らぬ青年の元に送ったたけるたちだったが、緊張する彩弓と違い、見ている方は楽しげだった。

 

「ちょっと、彩弓がエジンのハンバーガー食べてるんだけど……なんかウケる」


 その健の言葉に、伊利亜はやや不安そうな顔をする。


「あいつ……あんな無防備で大丈夫かよ」


 伊利亜の不安をさらに掻き立てるように尚人は告げる。


「自分をおっさんだと思ってるから、ちょっと危険かもしれないね」

「ちょっと俺、行ってくる」


 言って、立ち上がろうとする伊利亜だったが、その肩を健が押さえる。


「待ちなよ、伊利亜。大丈夫だって。あの堅物のエジンだし、いきなり会った女の子に手を出したりしないよ」


 健は彩弓が近づいた青年がエジンだと断定していた。


 そして伊利亜は無言で彩弓たちの動向を見つめた。






 ***






「——お味はどうですか?」


 エジンらしき青年に訊かれて、私——彩弓は正直に答える。


「めちゃんこウマい……じゃなくて、とっても美味しいです! この組み合わせは新しいですね」

「そっか。ああ、ケチャップが口の周りについてる」

 

 エジンはそう言うと、そっとハンカチを差し出したかと思えば、私の口の周りをふき取った。

 

 すると、私の背中にピリッと静電気のようなものが走る。


 振り返ると、伊利亜が怖い顔でこちらを見ていた。


 どういうことだろう。伊利亜もこのバーガーが食べたかったのだろうか?


 よし、ならばあとで買ってきてやろう。


 などと考えているうちに、私はエビと卵のバーガーを一つたいらげてしまっていた。


「すまない、一口のはずが……全部食べてしまった」


 私が謝罪すると、エジンらしき青年が笑顔で告げる。


「よほどお腹が空いていたんですね。良かったら、もう一つのバーガーも食べますか?」

「え? それはさすがに……」

「いいんです。僕は他のバーガーを食べてお腹いっぱいだから。遠慮せずに食べてくれますか?」

「はあ……いただきます」

 

 エジンを騙していると思うと、なんとなく罪悪感を覚えながらも、私は今日二つ目のバーガーを食べた。


 よく食べる私は、バーガー二個くらいぺろりだが、夜飯が食べられなければ、姉が困るだろうな。


 だがこれも騎士たちのためだ。許してくれ、姉さん。


 そしてバーガーを食べ終わった頃、そろそろネタバレをしようと思って顔をあげると、こちらを見ているエジンと目があった。

 

 そういえば私は立ったまま完食したが——行儀が悪かっただろうか?


「あの、なんですか?」

「君って可愛いね。けど、あまり誰でも信用するものじゃないよ。薬でも盛られたら大変だよ——俺はそんなことしないけど」

「私はおま——あなたが信用できる人だと思って声をかけたから大丈夫です」

「……へぇ。信用か」


 エジンは私の前髪に手の甲でさらりと触れた。


 すると、またもや背中にチクりと視線が刺さった。


 振り返ると、やはり伊利亜が怖い顔をしていた。


 わかっている、あとで買ってやるから、大人しく待っていろ伊利亜。


 私が口元に笑みを浮かべながら、エジンと向き直ると、エジンはなんだかやけにじっとりとした視線を私に投げてきた。


「信用してるなら、このあとデートに誘っても大丈夫だよね?」

「……は?」


 デート? このあと? どういうことだ?


 エジンが何を言っているのかわからず、私がポカンとしていると——。


 うしろから慌ただしい足音が聞こえた。


「ちょっと待った! そろそろネタバレ!」


 私とエジンらしき青年の間に入ってきた健に、エジンは目を丸くする。


「あ、そうだった」


 私としたことが、エジンを驚かせるつもりが、固まってしまっていた。


 ようやく自分の使命を思い出した私に、あとから来た伊利亜はやれやれといった感じで息を吐いていた。


 すると、エジンはこのメンツを見て、驚いた顔をする。


「ジミールにテナにグクリア!?」

「あ、やっぱりエジンだ」


 尚人の言葉に、私も頷いた。







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