本編

第1話 今世でも会いたい


 これは私が騎士団長の前世を思い出した話。そう、女子高生の私がオッサンになったのはだ——。




 ある朝の出来事だった。


 高校二年生になった私——田中彩弓たなか あみは、いつものように登校して、廊下を歩いていた。


 そんな時、


「……なんだろう?」


 ふと、二階廊下の掲示板に人だかりを見つけて、私も近づいてみる。


 すると、不思議なお知らせがあって——どこか知らない国の言葉で書かれた紙面を見て、集まった人たちはみんなそろって首を傾げていた。


 それもそうだろう。決してポピュラーな言語ではないことが、誰の目にも明らかだった。


 ただ不思議なのは、知らない言葉であるはずなのに——どうしてか私には、その文字が読めてしまった。


 疑問に思った私は、さらに掲示板に近づくと、その読めないはずの文字を目で追ってみる。


 掲示板にはこんなことが書かれていた。



 〝虹の騎士団、この名前の意味がわかる者は、放課後音楽室に来るべし〟



「虹の騎士団?」


 知らないうちに呟いた私を、近くにいた人が怪訝な顔で見てくる。


 これが読めるのか? という顔をしていたけど、私は読めなかったふりをして掲示板から離れた。


 だって、なんだか変でしょ? 知らないはずの文字が読めるなんて。


 それに誰も読めない文字を私が読んだことで、変に目立ちたくもなかったし。


 だから私は、今日見たことを心の中にそっとしまった。

 

 〝虹の騎士団〟の意味もわからないしね。


 そんな風に、掲示板のことは知らないふりで通そうと思ったのだけれど。


 ——その夜、私は不思議な夢を見た。


 それは中世ヨーロッパテイストの華やかな貴族社会で、王様が開いた舞踏会なんかがあって。

 

 紳士淑女がつどう夜会を私は七人の見目麗しい青年たちと闊歩かっぽしていた。


 舞踏会に参加するためではなく——警備のために。


 私は騎士団の団長という身分だった。


 そしてこれが自分の前世の夢だと気づいた時、私は目を覚ました。




「また来てしまった……」


 それから次の日も私は学校の掲示板の前に立っていた。


 前世の夢を見たおかげで今度こそ、そのお知らせの意味が理解できた。


〝虹の騎士団〟とは、私が団長をやっていた騎士団のことだった。


 きっとこのお知らせを書いた人は私と同じように前世の記憶があるに違いない。


 その文字は、私が夢の中で見た文字と同じだった。


 だから私は、この掲示板にお知らせを貼った人物と会うことにした。


 〝放課後、音楽室に来るべし〟ってことは、音楽室に行けば会えるってことだよな? 同じを共有する仲間に。

 

 〝虹の騎士団〟の関係者に会えるなんて、それこそ夢のようだと思った。


 なんたって、前世で苦楽をともにした仲間に会えるんだ。

  

 仮にもう一度会えるなら、昔の話をしながら杯を交わしたい。


 ……ところだが、残念ながら今の私は学生の身分なのでそれは将来の楽しみとしてとっておくことにしよう。


 放課後、騎士団のことを思いながら学校の廊下を歩いていた私は、音楽室の前で立ち止まる。

  

 音楽室からは数名の話し声が聞こえてきた。


『もうやめようよ、どうせこれ以上集まらないって』

『ジミールはこんなところで怖気おじけついたの? これだけの人数が集まっているんだから、きっと他にもいるはずだよ』

『俺はこれ以上むさくるしい集まりに来たくない』


 音楽室のドアから聞こえた声に、私は思わずほくそ笑む。


 ……ふふ、残念だったな。


 一番むさくるしい存在がここにいるぞ。


 私を慕ってくれた英雄どもがドアの向こう側にいると思うと、私は自然と笑顔になる。


 ——さあ、どうやって登場してやろうか?


 どうせなら、正々堂々と入ってやろうじゃないか。


 よし、気合いはじゅうぶんだ!


 前世の記憶を取り戻した私は思考が完全に貴族のオヤジになっていた。

 

 そして大きく息を吸って吐くと、引き戸をガラガラと開く。


「たのもう!」


 威風堂々と音楽室に入ると——そんな私を、同じ制服ブレザーを着た三人の少年が、ポカンとした顔で見ていた。


「……えっと、君はだれかな?」


 微妙な空気の中、最初に口を開いたのは、サラサラの赤毛にアーモンドの瞳をした可愛い少年だった。


 なんと! 顔まで前世と同じではないか。


 私は感激のあまりやや震えながら拳を握る。


「おお、その顔はジミールか? 相変わらずのハイヴォイスだな」

「え? 僕の前世の名前を知ってるの?」

「知っているも何も、私も仲間だ」

「仲間? どういうこと?」

「覚えているか? 〝虹の騎士団〟の団長を」

「……団長のことを知ってるの?」

「ああ、知っているとも。私がその団長だ」


 私が興奮しながら告げると、三人はぎょっと顔を見合わせた。

 

 そしてワカメ頭——ウエーブがかかった黒髪の色男が、鼻で笑いながら告げる。


「団長? 何を馬鹿なことを言ってるんだ。団長はもっとひげ面で、むさっくるしいやつだぞ? あんたのどこが団長なんだよ」

「お前たちは前世の顔のままなんだな。テナ、グクリア、ジミール」


 私がその名を呼ぶと、三人は再び顔を見合わせる。


 そして今度は茶髪の美少年が、意志の強そうな瞳を大きく広げて言った。


「テナって……俺の名前を知ってるなんて、本当に団長なの?」


 だが私が返答するよりも先に、ウエーブ髪の色男が切り捨てた。


「そんなわけないだろ。こんな可愛い団長がいてたまるか——口調はあのおっさんだけど」


 あくまで信じる様子がないので、私はとある提案をする。


「まあ、そう思うのも無理はないな。だが、信じてもらえないというのなら、一度手合わせしてみればわかるんじゃないか?」

「ふん、女だからって容赦しないからな」

 

 ウエーブ髪の色男——グクリアが好戦的なのは、今も変わらないようだ。


 私が提案した直後、誰よりも先にグクリアが奇襲攻撃をしかけてきた。


 風を切って飛んできた拳だが——私はそれをひらりとかわして、グクリアの腕を背中にねじり回して押さえてやった。


 体格に差はあっても、それをカバーするだけの技術を覚えていた。


 団長たるもの、部下になめられてたまるものか。


 そして私の提案は結果的に身分を証明するに値したようで、ジミールもテナも驚いた顔をしていた。


 その顔はどこか納得しているようにも見える。


「本当に団長なんだ……?」


 赤髪のジミールがこれでもかと瞠目する傍ら、


「団長、カッコいい」


 爽やかなテナは手を合わせて感激していた。


 そんな中、


「くそ、早く離せ」

「これでわかってもらえたかな?」


 私がふふんと自慢げに笑うと、グクリアの顔を持つ男子は嫌な顔をしていた。






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