骨折と煮干しと猫と恋

@2321umoyukaku_2319

第1話

 足の骨が折れたエヌエム氏は早く治そうと頑張った。カルシウムを沢山摂ると心に決め、煮干し食べ牛乳を飲んだ。その努力が実り遂にギブスの外れる時が到来した。万歳、嬉しい! しかし、折れた方の足の筋肉が衰えてしまったあ!

 筋力低下を防ごうと松葉杖を使いテケテケ歩いていたエヌエム氏だったが、やはり動かしていない足の筋肉量は減っていた。元通りになるのかと不安になる。まだ若いから大丈夫とリハビリの先生から言われたが、彼は気が滅入ってしまった。

 いやいや、ここで負けてはいけない。前向きにやらにゃいかん、とエヌエム氏は思った。こうなったらリハビリのトレーニングをバリバリやって前よりパワーアップしてやるぞ! と決意する。

 移動の際は時間の許す限り歩くことにした。可能な限り速足で進む。それは過酷なトレーニングだった。折れた方の足だけでなく、折れていない方まで痛くなるくらいだった。大丈夫な方の足を疲労骨折したらどうしよう? と思い悩むことがしばしばあった。

 それだけやれば腹が減る。だがエヌエム氏は節制に励んでいた。安静を守っていたら体重が増えたのだ。若いといえど、アラサー。気を付けないと太り出す。とはいえ何も食わないとやってられないので、移動しながらでも食べられる行動食を持ち歩いていた。

 エヌエム氏の好きな行動食は煮干しだった。固いので何度も噛まねばならない関係で、量の割に食べ応えがあり、そこが気に入っていた。それと牛乳のパックだ。この組み合わせで骨折後のカルシウムを補給しようと考えていたのである。

 散歩の時も煮干しと牛乳を携行していた。その日も、そうだった。歩き疲れたエヌエム氏は公園のベンチに座り、煮干しを食べ牛乳を飲んでいた。にゃ~と鳴く声が聞こえた。足元に猫がいた。彼が近所を散歩しているとき、よく見かける猫だった。

「お前の分もあるから、やるよ」

 そう言ってエヌエム氏は煮干しを何個か与えた。猫はガッシガッキクッチャクッチャと音を立てて煮干しを食べた。

 ここ最近、その猫にエヌエム氏は煮干しを与えていた。ベンチに座って食べていると猫が現れ「くれ!」と言わんばかりに鳴くためだ。野良猫に餌をやるな! と怒る人はいるけれど、足にすり寄ってきて「にゃ~にゃ~」と鳴かれたら、やらざるを得ない。

 猫と一緒に煮干しを食べていたら、見知らぬ娘が声を掛けてきた。前にも餌をやっているのを見たのですけど猫がお好きなのですか? と質問してくる。餌をやるな! と怒られるかもしれないと警戒していたエヌエム氏だが、娘がニコニコ笑顔で話しかけてきたので大丈夫そうだと安心した。好きというほどではないけれど、ねだられるので煮干しをあげていると正直に答えた。

 猫好きアピールをしなかったことが効果的だったのかもしれない。その娘は、それほど猫好きではなかった。ただ、野良猫に餌をあげるエヌエム氏が優しそうに見え、好感を持ったのだった

 それが縁で二人は交際を始めた。骨折と煮干しと猫が結んだ縁だった。

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