第10話 嘘であってほしかった男◇リュウ◇
1年前のこと。
冬美と時差7時間の遠距離恋愛になって3か月目。
俺は6月13日の夜11時半に、『もう寝るよ』ってフランスにいる冬美にLIMEを打った。
まだフランスは夕方の4時。返事はあっという間に返ってきた。
『お休み。こっちはまだドライブの途中。フランスの山も綺麗だよ。明日も学校頑張ってね』
俺は着信音を消して寝た。
◆
冬美は親の転勤が中3の9月に決まったあとも、俺の家から高校に通うって言ってた。
子供の頃から俺と一緒にいて、そのまま美少女に育った。だけどなぜか俺一筋。
小2のとき、俺は冬美に気がある上級生に泣かされた上に冬美本人に助けられた。
それから空手を習って、冬美を必死に守ってきた。
ずっと一緒にいた。これからも一緒にいるもんだと思っていた。
冬美の父親の海外転勤が決まったとき、気が弱い母親に泣かれて一緒に行くことになった。
「最長でも1年半で帰ってくる。お母さんが向こうの環境に馴染めたら、半年で帰国する。だから浮気したらダメだよ」
「過大評価だよ~。そんな心配いらないって」
「リュウ、自分がモテるの分かってない!」
愛を証明しろって言われて、バレンタインの日に一緒に童貞と処女を卒業した。どちらの両親にもバレてた。
受験校は冬美が編入しやすそうな今の高校にした。
家から遠い。中学の知り合いが2人しかいないけど、冬美が帰ってきてから一緒にいるなら問題はなかった。
冬美が旅立って寂しかったけど、向こうも同じだった。毎日がLIMEの嵐。
俺はバイトを探してお金を貯めることにした。帰国した冬美とたくさん出かける未来を描いていた。
◆
日本時間の6月14日、朝7時。
いつものように、消音にしてあったLIMEを開いた。日課だ。
向こうの夕方から夜、要するにこっちの真夜中から朝方にかけて冬美が残したメッセージを開いた。
「・・ふ、ゆみ?」
俺は凍り付いた。
『痛い』『リュウ』『助けて』。
ずらりとメッセージが並んでいた。そして着信が山のように入ってた。
電話、メッセージ、何をしても無反応。
呆然としていると、母親の悲鳴のような声で我に返った。
そこから、あんまり覚えていない。
◆
冬美と両親が乗った車は山道のカーブを走っていた。どちらが悪かったんだっけ。前から来た車と衝突した。
冬美が乗った車は斜面を滑り落ちて木に衝突したそうだ。ご両親は即死だった。
冬美は後部座席で体を強く打っても生きていた。
偶然に手元から離れなかったスマホを使って俺に必死に連絡していた。
『もうダメみたい』と打ち込まれたあと最後のメッセージが入っていた。
『さよならリュウ』
冬美は、どんな気持ちでこんなメッセージを残したんだろう。
LIMEを開くまでに2ヶ月かかった。
事故から4時間後、救助隊が冬美達の車に着いたときには、もうみんな亡くなっていた。
俺は冬美のフランス行きを見送るとき「何かあったら俺を呼べ。すっとんで行くからな」って言った。
だけど実際には、俺はただ寝ていた。
瀕死の冬美が、奇跡のように手元にあった電話で、最後の力を振り絞って俺に連絡をしようとした。
だけど俺は何もしてやらなかった。
冬美の絶望を感じて、ただ呆然としてた。
◆
海外で邦人が亡くなっても、報道は家族連れだと世帯主とその家族って感じだった。
意外に高校の人間は知らなかった。
高校で仲良くなったやつもいたけど、もう遊ぶ気力が沸かなかった。
彼女と遠距離恋愛だと話してたやつに、離れ離れで寂しいかって聞かれた。
「フラれた」
それで完結したら、俺が幼馴染みに捨てられたって話になった。
それで良かった。本当のことに知ったやつもいただろうけど、触れられたくなかった。
勉強、週末のバイトと必死になった。
だけど段々と心の穴が大きくなる感じだった。
分かってたけど、俺と冬美は、お互いの人生と切り離せない存在だった。
半身がなくなったなら、半身が存在する必要もないと思うようになった。
俺が自覚する前に、両親、冬美と共通の友人マキが、その危険な匂いを感じ取って声をかけてくれた。
両親もマキも大切な友人を亡くしたのに、俺のことを心配してくれた。
だから俺は死んではいけないと、はっきり思った。
落ち込んで、誰かが奮いたたせてくれての繰り返し。もう限界が近かった。
1月13日の月命日に冬美の墓参りに行って決めた。
終点を冬美の命日、6月13日にしようって。
そう決めたらなんとなく楽になって、迎えた高2。隣の席に美女が座った。
驚いた。冬美かと思った。
何度もちらちらと秋庭サクラを見てたら、相手は気付いていたようだ。
そんで聞いてしまった罰ゲームからの嘘コク。
どうせ人生を終わらせるなら、冬美に似た秋庭さんと、冬美が行きたかったとこ行こうと思った。
秋庭さんとデートして、冬美は怒ってると思う。
だから冬美の命日、冬美に直接会いに行って、秋庭さんとのこと謝るべきかな。
そんな考えが頭の中を巡りだした。
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