第20話「新記録」

 撫子は、弟が所持する借金返済袋から、十四万円も盗んでいた。

 六月にポケモンセンターとサンリオギフトゲートとディズニーストアへ行き、財布が物凄く軽くなった撫子。七月に立て続けに届いたものへの支払い。当然、金が足りずに、緑からパクったのだ。

 新記録樹立である。

 しかし、流石に中身を見られたらバレるだろう。撫子は考えた。

 緑が次に返済袋を確認するのは、来月に私が借金を返した時。たぶん、それまでは見ない。

 それに賭けるしかなかった。八月に障害年金をもらったら、こっそり袋に十万円入れる。

 金額が足りていない。それくらい、撫子にも分かっている。

 おそらく緑は、中身を数えない。それに賭けた。パッと見が大丈夫なら、誤魔化せるはず。それが、撫子の目論見。

 それはそれとして。ひとつ、問題があった。宇津見家唯一のエアコンが壊れたのである。

 ほとんど在宅している撫子が、一番困っている。

 母と弟と撫子が金を出し合い、新しいエアコンを買ったが、取り付け工事は八月一日にならないと出来ないそうだ。

「死ぬが」

「水飲め、水」

「アイス食べたいよ~!」

 そんな金はない。財布には小銭が少ししか入っていないし、口座には六百円しかない。

 今月の引き落とし額がなんとかなったのは、撫子がコミッションサイトの売上金を振り込み申請したからで。余ったのが、六百円というワケだ。

 それを引き出しに銀行まで歩く元気はない。

 ところで撫子は、六月に、短歌を始めてから二年間のうちに詠んだものをまとめて歌集を出した。文庫サイズのカバー付き同人誌である。表紙は、撫子が大好きなゆめかわ絵師に依頼して描いてもらった。

 それのエラー品が、撫子の手元にある。今度、祖母に会った時に千円で売り付けるつもりだ。

 出来ることなら、一族郎党に売り付けたいが、そうもいかないから困る。

 部屋が暑いせいで、新しくインプットやアウトプットが出来ない撫子は、テレビドラマのアンナチュラルとMIU404を見返すなどしていた。

 ふたつのドラマと同一世界の映画、ラストマイルの公開日には、母親を言いくるめて足にしようと企んでいる。

 実は撫子は、八月二日から、事務所所属のVライバーになるのだが、なんとなくの勘で初配信の日にちをエアコンがついた後にしていた。

 私って、天才!

 撫子は、自分に甘く、自己肯定感が化物のように高いので、よく己に百点をつける。

 宇津見撫子は、やっぱり、大抵のことはなんとかなる気がしていた。

 果たして、Vライバーとしての儲けは出るのだろうか?

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