第18話「火車」

 五月。宇津見撫子は、弟から六万円も盗んでいた。

 通販で買った物が立て続けに届き、支払いしなくてはならなかったからである。


「…………」


 流石にバレるか?

 そう思ったが、平気だった。

 しかし、予想外のことが起きる。

 代金引換をしている現場を目撃されてしまったのであった。


「お前、どっからそんな金出てきたんだよ?!」

「診療代…………」

「じゃあ、通院の時どうすんだよ?!」

「あそこ、ツケられるから…………」

「お前はもう、一銭も使えないの! 分かってる?!」

「薬でハイになってる時に買っちゃってぇ……!」

「バカ野郎!」

「え~ん」


 口から出任せを吐き、撫子は泣き真似をする。


「でも、ハイになったからって人は殺さないだろ?! それと同じくらい買い物もダメだと思え!」

「はい!」


 返事だけはいい。

 緑は、流石に姉を殺そうかと思ったが、なんとか耐えた。


「じゃあ、これ没収ね。俺のだから」

「やだーッ! そのアクスタ、ブラインドだから、ダブってたら交換に出してコンプしたいし!」

「ボケ! ブラインドなんかに乗るな!」

「だって、三次元の推しがーッ!」


 なんとか説得、というか言いくるめを試みて、撫子は品物を手にする。

 四つ買ったアクリルスタンドは、三つもダブっていた。すぐにTwitterで交換募集ツイートを検索し、持ってないものとの交換を申し出る。

 レートの高いものは、仕方ないのでフリマアプリで買い、もうひとつのダブりを出品した。

 これで、コンプリート出来る。


「よかったぁ。推しが揃う~」

「お前、他にもやってんじゃねぇか? 俺がいない時に受け取ればバレないもんな?」

「やってないよー! だって金ないもん」


 ないから、盗んでいるのだが。


「オッサンから巻き上げた金とコミッションで稼いだ金しかないよ!」


 昨日、六千円ゲットした~。と、撫子は笑う。


「オッサンから巻き上げても、俺には返ってこないし」


 そう。オッサンからもらうのは、通販サイトのギフトコードなので、借金返済には使えないのである。


「ごめんて。もうしません」

「はぁ…………」


 実は、まだ代引きの支払いが控えていた。今度はバレないようにしよう。撫子は、あまり反省していなかった。

 欲しいと思ったものは、すぐに注文しないと買えなくなるものばかりだし。新作や期間限定のアイスクリームやお菓子は食べてみたいし。推し絵師に、コミッション依頼したいし。

 欲望は、止まるところを知らない。


「そうだ。学園アイドルマスターの話しようよ。私、フローライト聴いてから、有村麻央が好きでさぁ」

「俺は、手毬」

「歌いいよねぇ」


 担当アイドルのフィギュア出たら欲しいねぇ。なんて言う撫子。

 この世には、欲しいものが多過ぎる。

 宇津見撫子は、きっと死んでも変わらない。

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