第17話「桜の季節」

「ユウちゃん、お花見行こ~」

『いいぞ』


 というワケで、撫子とユウは、公園でお花見をすることにした。

 コンビニ弁当とお菓子と酒を、持参したレジャーシートの上に広げる。


「バカのペペロンチーノ、美味しい~」


 撫子は、大きなソーセージが一本とベーコンが二枚乗ったパスタを啜った。

「カレーも美味い」と、ユウ。

 ひらひらと舞い散る桜を見ながら、ふたりは談笑した。


「それでね、代引きだったんだけど、金が足りなくてさぁ。とっさに緑に返した借金入れの袋から一万借りて払ったんだよね。危なかった」

「ははははっ! お前が姉貴じゃなくてよかった! ぶちのめしてたかもしんねぇ」

「あははっ。まあ、バレずに一万借りて、もう返したから。問題ないよ」


 どこからか、これぞ田舎という感じのキジバトの鳴き声がする。


「ねっ? 政夫と民子もそう思うよね?」


 背後の銅像に話しかける撫子。銅製の男女は、何も言わない。


「ほら。問題ないってさ」

「そうだな」


 ユウは、笑いを噛み殺した。昔から、無機物に同意を得ようとする彼女がツボなのである。


「平和だねー」


 暖かな日射し。柔らかな風。鳥の囀り。美しい桜。美味しい食べ物と、親友。


「ずっと、こうしていられたらいいな」

「……ああ」


 ユウには、気がかりなことがあった。

 最近、彼女が大麻を育てている隣の市で、見回りの警察が増えていること。


「撫子」

「なあに?」

「アタシに、もし、なんかあったらさ……」

「なんかって?」

「事故死とか」

「やだ」


 撫子は、膨れっ面をした。


「やだじゃねぇんだよ。お前、アタシしか友達いねぇだろ?」

「緑がいるもん。あと、フォロワーと金蔓のオッサン」

「それは、友達じゃねぇし。ま、なんかあっても、ちゃんと生きてけよ」

「…………」


 しん、と静まる公園。撫子は、俯いている。


「撫子?」

「ユウちゃん、死んじゃやだー!」

「泣くなよ…………」


 撫子の目から、一筋の雨。


「……分かったよ。アタシは、お前を残して死なない」

「うん。約束だよ?」


 涙をジャージの袖で拭い、撫子はユウを見つめた。


「約束する。お前も、自殺とかすんなよ」

「うん! 今はね、世界中の誰に迷惑かけても生き延びてやろうと思ってるの!」

「そりゃ、いいな」

「じゃがりこのサワークリーム&ペッパー、美味しいよ。ユウちゃんも食べな」

「おう」


 持ち込んだものを食べ尽くし、ふたりは一服する。撫子の茶葉スティックで。


「ものを燃やすの、楽しい~」

「ガキ」

「まあね。私は、一生ガキでいいんだぁ。その方が楽しいから」


 三十三歳の子供は、煙草をくわえて言った。

 期間限定のお菓子が欲しい。推しのフィギュアが欲しい。好きな色のリップが欲しい。新作映画を劇場で観たい。好きな絵師にコミッションを頼みたい。推しのVtuberに金を出したい。

 四月も、やっぱり撫子には、貯金という概念がなかった。

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