第15話「美しい世界」

 強風が吹き荒れる外を、窓から見ている撫子は、呟いた。


「世界が輝いて見える」


 抗不安薬が、変なキマり方をしたのだ。今の彼女は、躁状態である。


「緑! 出かけてくる!」

「は? 危ないから、やめろ、バカ」


 たまたま、仕事が休みの緑が言う。


「世界が私を待ってる!」

「ヤクだな。落ち着け。今日は、外に出るな」

「うーん。うん。分かった」


 一応、自分がぱやぱやしている自覚はあったので、素直に返事をした。

 今、コンビニに行ったら、手をつけてはいけない金を使ってしまいそうである。

 努めて、冷静に。いつも通りに。撫子は、ポケモンスリーブでカビゴンに飯を食わせ、自分も冷凍のチャーハンをレンチンし、推しVの雑談配信アーカイブを流した。

 落ち着いて。落ち着いて。じゃないと、海まで駆け出しそう。

 輝く視界。ふわふわする足元。どこか、現実感がない。


「あ、ユウちゃん呼んでいい?」

「俺がいる時に人を呼ぶな」

「ケチ!」


 仕方なく、撫子はスマホ画面に集中した。最近デビューしたばかりのVtuberは、彼女好みの胡散臭い男の見た目をしている。

 正直、ビジュが良過ぎて、グッズが欲しい。

 デカい箱からデビューした彼には、すでにアクリルスタンドや缶バッジなどがあるのだ。

 売り切れてなかったら、買っていたかもしれない。

 三次元の推し、頼むから何もやらかすな。

 撫子は、毎日祈念した。

『ねぇ、この男、ツラが良過ぎる!』と、ユウにメッセージとURLを送る。

『またグラサンの怪しい男じゃねぇか』

『この前も、こんな感じだったろ』

『サンリオのやつ』

『フラガリアメモリーズのハンギョンね』

 ハンギョンが発表された時は、オタク仲間と通話中で、ギャーギャー騒ぐ撫子は、エンタメとして消費されていた。

『たすかりたい』

『がんばれー』

 ユウは、半ば呆れている。撫子が推しのことで一喜一憂するのは、いつものことだから。

『ユウちゃんも、Vのオタクになろうよ』

『興味ねぇ』

『え~ん』

 ちいかわが泣いているスタンプを送る。

 そういえば、投げ銭したことないんだよなぁ。

 体験が好きな撫子は、一度だけ投げてみたいと思った。

 でも、投げ銭にハマったら、とんでもないことになるな。

 幾分冷静な自分が、そう言う。

 薬でふわふわしている今、配信が始まったら? 恐ろしい。

 撫子は、薬が切れるまで、ソファーで眠ることにした。

 十六時には、躁は完全に引く。


「躁治ったよ~」

「ヤク切れか」

「うん」


 Twitterのタイムラインを遡り、自作への言及を見付けた。スクリーンショットをして、メモアプリに貼り付けて保存。

 好意的な反応は、全部そうしている。

 たまに読み返しては、ニヤニヤするのだ。

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