第12話「過去と今」

 社交辞令や建前が分からず、空気が読めない撫子は、苛められていた。

 中学生の頃。クラスメイトの女子たちが、撫子本人に聴こえるように悪口を言うことがあった。その頃の撫子は、瞬間的に怒ることが出来なかったので、いつも言い返せなかった後悔をしている。そのことを、親友にだけは話した。

 ある日、クラスの違うユウが教室にやって来て、金属バットで撫子を苛めている奴らをボコボコにしたのである。ギャルグループに属する四人の女子は、涙と血を流し、「ごめんなさい」とか細い声で繰り返す。鼻が折れた者もいれば、歯が欠けた者もいる。


「アタシに謝ってんのか? 撫子に謝れや、カスども!」

「宇津見さん、ごめんなさい…………」

「ユウちゃん……」

「撫子、コイツら弱えーぞ。だから、つるんでお前を苛めてんだ」


 血の付いたバットを肩に担ぎ、指を差した。


「ありがとう、ユウちゃん…………」


 撫子は、ユウの手を両手で握り、お礼を言う。

 その後。森野ユウは、自宅謹慎になった。撫子は、苛められなくなり、ひとりで普通に過ごす。

 もう、苛めが題材のドラマを見て「かわいそー」と言いながら、自分を苛めるバカどもはいない。

 撫子は、女子校に進学した。ユウは、卒業してすぐに働くことを選ぶ。

 結局のところ、撫子は高校でも陰口を叩かれた。だから、今度は自分で反抗する。高校指定の黒い鞄を振り回して三人組みをボコボコにした。

 停学になったついでに不登校になり、通信制の高校に通うことになる。それから、文系の女子大に入学したが、十日で嫌気が差してやめた。

 そして、引きこもりになったり、自殺未遂したり、精神病棟に措置入院させられたりしたが、今は落ち着いたクズとして生きている。

 一方、ユウは、半グレの先輩に誘われ、マンションの一室で大麻を育てていた。今では、立派なグロワーである。

 公園の銅像の前に座り、撫子とユウは、思い出話をした。


「懐かしいねぇ。金属バット持ったユウちゃん、世界一カッコよかった」

「ははは。まあな」


 ちなみに、その金属バットは、森野家に護身用に置いてあったものである。


「春だねぇ」


 本日は、快晴。風も強くなく、外でも過ごしやすい。


「茶葉吸うか」


 茶葉スティックを取り出し、火を着ける撫子。


「ユウちゃんも吸う?」

「じゃあ、一本だけ」


 撫子から、煙草もどきを受けとるユウ。

 高そうなライターをスウェットのポケットから取り出して火を着けた。


「物足りねぇな」

「あはは。今度さぁ、アムステルダム行って大麻吸おうよ」

「アムステルダムってどこ?」

「オランダの首都だよ」

「そんな遠く行けねぇよ」


 撫子は、けらけら笑う。


「ここは、カスの田舎だけど、ユウちゃんがいるからいいかな」

「アタシは、ここが好きだ。イチゴ美味いし」

「ふふ。コンビニ行って苺スイーツ買おうか? 私、奢るから」

「おう。行こうぜ」


 ふたりは、連れ立って歩き出した。

 ふたりでいれば、何も怖くない。

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