第7話「緑の現実」

 人間が嫌いだ。

 みんな、気持ち悪い。

 宇津見緑は、シスへテロ男性である。女体は好きだが、人間が嫌いなので、恋人がいたことはない。

 人類の中で一番気が合うのは、姉の撫子だった。今は、好感度が地の底だが。

 実は、緑もオタクなのだが、ふたりが共に好きな作品は、パッと思い浮かべるだけでも九つはある。だから、気まぐれに部屋に来て居座る姉とは、オタクトークをした。


「ペパーが可愛い過ぎる」

「アイツは、ヒロインだよ」

「ヒロインだよねぇ」


 ポケモン世代であるふたりは、ずっとポケモンと共に生きている。

 名探偵ピカチュウを、ふたりで劇場で観た後は、一緒に相棒ポケモンがいない世界を恨んだりもした。


「行ってくるよ」

「いってらっしゃい」


 ソファーに寝転がる撫子に仕事に行くことを伝え、緑は病院まで歩く。

 仕事場は、「ジジイとババアばっか」であり、緑は仕事が早くて重宝された。

 野菜を刻んだり、盛り付けたり、運んだり。患者のアレルギーや宗教に合わせた食事を作る。

 救急車のサイレンが聴こえると、内心で舌打ちをした。入院患者が増えると、緑の仕事も増えるからである。

 同僚の、手の遅い「ジジイとババア」たちのことは、ハリー・ポッターの屋敷しもべ妖精だと思うことで平静を保っていた。

 ゴミ出しに行くと、ちょうど“裏口退院”するところに出くわす。

 裏口退院とは、亡くなった患者を病院の裏から運び出し、葬儀屋に引き渡すことを言う。

 緑は、看護師と遺体の身内と葬儀屋が、神妙な顔をしている側を通り、ゴミ捨て場へ向かった。

 遺体が出てくるところと、ゴミ出ししに行くところが近くていいのか? と度々思う。

 ふと、以前同僚の年配の女性が、ゴミ出しから帰ってきた際に、額から血を流していたことを思い出した。患部は、後頭部。

 なんでも、強風のせいで転んだそうだ。

 年寄り、怖~。

 緑は、そう思った。

 彼は、天国も地獄もなくていいと考えている。自分が、ろくでもないことは分かっているから。

 少し前までは、撫子のことを可哀想だと思っていた。うつ病だし、障害者だし、バカだし。彼なりに、優しくしていた。

 今はただ、「金返せ、クズ」と思っている。

 撫子は、死後、何故か天国に行けると思っているらしい。

「スーパーナチュラル式の天国に行きたい!」と、よく言っている。

 海外ドラマのスーパーナチュラルの天国は、個人の部屋があり、そこに好きなものが詰まっていて、自由に過ごせるのだ。

 緑は、自分がマジョリティに属していると自認している。シスへテロ男性の健常者。姉のように精神疾患も障害もないし、セクシャルマイノリティでもない。ただの、人間嫌いの性格が悪いクズだ。

 撫子は、ずるい。冗談めかしてそう言えば、「シスへテロの男が一番生きやすいんだから、いいじゃん」と返される。

 それは、その通りだった。

 自分を断罪する“何か”なんて、いないといいな。

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