第4話「宗教ババア」

 映画を観たい。今、話題の映画。

 撫子は、母親にメッセージを送った。


『ゲゲゲの謎観たい』

『会館に寄るならいいよ』

『オーケー』


 会館とは、撫子の実母が入っている宗教の施設である。そこに参詣するなら、運転免許がない撫子の代わりに車を出してくれるのだ。

 数珠とお経本は、鞄に入れっぱなしにしてある。しかし、別に撫子は、その宗教を信じていなかった。

 祈ってすぐに願いが叶わないなら、意味がないじゃない。

 彼女は、そう思っている。

 ちなみに、撫子と緑が家賃を払っているのは、この母親だ。撫子は、月に一万円。緑は、月に一万五千円払っている。ふたりの住むマンションの一室は、母名義のものだから。

 そんな感じで、撫子は、映画館でゲゲゲの謎を観て、会館で手を合わせた。実は、お経は読んでいない。マスクをしているので、バレることはない。

 頭の中は、戦後の日本のことでいっぱいだった。

 そういえば。


「ねぇ、明日はゴジラ観ようよ」

「参詣する?」

「うん」


 ゴジラマイナスワンも、戦後間もない昭和の日本の話だ。ゴジラは昔から好きだし、観ておきたい。ゲ謎は観なかった母も、ゴジラは一緒に観るそうだ。

 こうして、二日続けて昭和漬けになった撫子は、水木しげるの全集と総員玉砕せよ!とコミック昭和史を電子書籍で買ってしまった。

 だって、セールしてたんだもん。

 ものがないので、弟にバレることはない。

 そして、ゲ謎の二次創作小説を書いたり、売り切れだったパンフレットを通販したりもした。

『心が昭和に囚われてる~』とツイートする撫子。

 楽しい。新しい物語に浸るのは、本当に楽しい。

 撫子は、ゲーム・漫画・アニメ・映画・小説・音楽など、媒体を問わない物語オタクである。

 いつだって、履修したいものでいっぱい。


「ババアと映画観たんだって?」

「うん。ゲ謎とゴジラ! どっちも面白かったよ」

「ふーん」


 どうやら緑は、映画代は母が出したと勘違いしているらしい。撫子は、何も言わない。

 障害者割り引きで、映画は同行者も、千円で観られる。それから、観た映画のパンフレットは必ず買うので、千円払った。ゴジラの時は、合計二千円。撫子は、自分の財布から出している。

 バーチャル闇市こと、フリマアプリで障害者手帳っていくらで売れるんだろう? という疑問が、撫子の頭に浮かんだが、特に調べはしなかった。

 ふたりが、実母を陰で「ババア」と呼ぶのは、彼女が幾度も宗教ハラスメントをしてくるからである。

 それから、様々な価値観も合わない。

 結婚して、孫の顔を見せろ。

 部屋が汚い。掃除をまめにしろ。

 男は男らしく、女は女らしくしろ。

 母のどの考えにも、ふたりは心の中でブーイングをしている。

「手土産がなければ、家に上げない」と、撫子が常々言う理由は、その辺りにあった。

 ふたりは、親族の中では浮いた存在である。

 だから、必然的に一緒にいた。その連帯も、撫子の使い込みのせいで崩れてしまったが。

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