第23話 悪の秘密結社、旅に出る

 私とミチの二人で始まったこの旅も気づけば道連れを二人増やし当初の倍の人数になり、我らグレート・グレーター異世界支部もにわかに活気づいてきた。まあ、悪の秘密結社らしきことは一つもせずに、むしろ人助けばかりしているが。

 私は一先ず、セジンさんが居た村へ状況の説明に戻った。

 ファストトラベルもない現実世界で律儀にクエスト完了の報告をするのは、かなり時間と労力を消費する作業であるが、報・連・相は社会人の標準装備である。業務の完了報告はしっかりしなければ。

 悪の秘密結社にしておくには惜しい程の社畜精神を発揮した私であったが、流石に村がもぬけの殻であった為に鍛え抜いた報・連・相テクを子供達に見せつける事はできなかった。


「だーれもいないけど、ここであってるの?」


 パランが村の中を探索しながらそう言った。

 私がここの村を旅立ってから一週間そこそこ経過しているが、その間に村人全員が村を放棄して何処かに行ったというのか?

 セジンさんが攫われた際に村に火を放たれており、その傷跡はまだ村に痛々しく焼け跡として残っていた。しかし、村全体が焼け野原になるような有り様でもなく、幾つか簡易な小屋なども建てられて復興が進んできているのが見て取れる。あの保守的な村人達がこの程度で村を放棄するなんて大胆な戦法を取るとは思えない。


 村人達の苦渋の決断でないとすれば、この集団失踪は何者かの企みということになるが、その痕跡は全く見当たらない。

 洞人に代表される悪党や魔物の類に襲われて村から逃げ出したとしたら、争った痕跡が村周辺に残るだろうがそれが驚くほどに全く見当たらない。家の中には生活感が残っており、数日前まで人が暮らしていた事が窺い知れる。

 更にパラン曰く「変な臭いはしない」との事だ。

 臭いという隠滅困難な証拠すら綺麗にして犯行に及んだ人物がいるとしたら、そいつは相当の知能犯か、さもなければちちんぷいぷいで人を消す『魔法』を使える人物だろう。

 そう推理すると、セジンさんを攫った連中が戻って改めて証拠隠滅のために村人全員を消したのか? 幾ら何でもそれは二度手間が過ぎる。そうする必要があったのならば、村に火を放った時点で一緒に村人も燃やしてしまえば良いはずだ。

 そうせずに戻って人を消したことの理由は、後から村人を消す必要が出てきたからだ。その必要性とは? 私がビッグハットにセジンについて話したからか? そういう可能性は確かに無いとは言えない。が、そんなことが嫌なら奴らが村人を生かす理由の方がよくわからなくなる。

 第二の可能性としては、エアトリーチェ組が何らかの悪さをしたという可能性である。彼らの行う事については、正直私などの知見では想像することもできない。

 村をうろちょろしながら名探偵ごっこに勤しんでいた私の下にパランが駆け寄って来た。思案に耽っていた私をほっといていつの間にか村の外まで行っていたらしい。


「人の匂いがあっちの方まで続いてるよ」


 パランは私の袖を引っ張りながら今しがた走ってきた方角を指さした。その方角は死の道がある方であった。

 そりゃ死の道の警備のために兵士が行ったり来たりしてただろうから臭いがつくのは当然である。私がそう説明するとパランは「沢山の人の臭いがした。警備ってそんなに沢山でやるものなの?」と首を傾げた。

 死の道は通ったら死んじゃうというおっかない道である。それだけでも怖くておしっこちびっちゃいそうになるのに、洞人などというゾンビまがいのおっかないオバケのリスポーンポイントに設定されているのだ。

 警備の任という貧乏くじでも引いていない限りは、近づくことすら憚られるそんな村一番の霊感スポットの筈だが、そこに大勢の人間が向かったとは一体何事ぞ? 村内会で肝試しでも催したのか?


「その臭いは、どこまで残ってた?」


「森の中まで続いてたよ。皆で行こうよ。村人のみんな森の中に行ったのかもよ」


 パランは屈託のない笑みを浮かべておっかない提案をした。どうやら死の道について知らないようだ。


「ねえ、オジサン……。これってかなりヤバいんじゃない……? 教会に報告したほうがいいじゃない……?」


 珍しくメイプルと意見が一致した。彼女はこの村の近くに死の道がある事を知っているので、パランの発言でピンと来たのだろう。

 村人全員による死の道への集団心中なんてセンセーショナルな大事件だとは思いたくもないが、私がこの場で出来ることはあまり多くはないだろう。推理を程々に切り上げて後の一切は魔女教会に任せるとしよう。それが懸命だ。

 惜しむらくは、肝心な責任をいざとなったら他人に押し付ける、この村人のような市民根性丸出しのムーブになってしまうということである。しかし、私も正真正銘の小市民であり、そんな事をわざわざ恥じたりする余裕は持ち合わせてはいない。

 結局私たちは再びインバトへ戻る見事な行ったり来たりをかました後、村であった奇っ怪な事件について魔女教会へと報告した。

 あの悍ましい事件の背後にどんな悪党がいるかは定かではないが、私ども悪の秘密結社グレート・グレーター含めて、奸計をこそこそ展開するシンジケートはこの世界にウジャウジャしているようだ。悪い奴ら同士お友達になれれば良いが、些か我らは悪の秘密結社と名乗るには善行ばかりを行っている気がする。どこかで心を鬼にして悪事を働かないと、この世界原生の悪鬼共の仲間に入れてもらえないかもしれない。


 私の方向性の間違った心配を他所に、メイプルに連れられる体で我々は南東の方向へ向かって進軍を開始した。

 目指すべき所は中央教会なのだから、東に進むべきなのでは? と、我々の中途半端な南下について疑問を呈する者もいるだろう。私も世界書庫に行くことだけがこの旅の目的であれば、ぶーたら文句を垂れ流していた事だろう。しかしこの旅はメイプルのお勉強会も兼ねているのだ。多少の道草には目をつぶらねばならない。


 魔女教会には四方教会と呼ばれる由緒正しい教会が存在する。インバトにある西魔女教会はその四方教会の一つだ。

 当然西があるのだから他の三つの方角もあり、そこに中央魔女教会を加えて四方教会となる。四方なのに五つあることについては魔女教会内でもしばしば問題視されるらしく、伝統を重んじる「四方でもいいじゃん」派と矛盾は許さない「五方教会にすべきだ」派で血を血で洗うが血は一切流れない暴力的議論が巻き起こっているとか。

 四方教会の矛盾点については枚挙に暇がなく、名に方角を冠しているためそれぞれの方角の端末にあるのだろうと勘違いされがちだが、そういう訳でもない。インバトにある西魔女教会よりも西にある教会はごまんとあるようだ。

 ならば頭につく方角については中央教会から見た方向を示しているのでは? と聡明な者なら誰もが予想できる。事実それであっているのだがここにも矛盾点が存在し、中央教会の位置が北東へ大きく移動する大事件が発生して現在は実際の方角と随分と乖離している。

 四方教会の成り立ちについてはややこしい話もあるのでここでは割愛させていただくが、現状ではビッグハットの駐在している教会という意味合いで四方教会の名は使われている。

 私たちが現在向かっている南魔女教会は実際の方角で言えば中央教会の南西に位置している。そう考えればこの寄り道も一応は中央魔女教会へ近づいていることになるのだから全く無駄ではない。


 道案内を任されている体になっているメイプルはルンルン気分で我々の先頭を進んでいた。「ちょっと寄り道だけど、まずは南教会のシェンリー様にご挨拶に向かうの」などとそれらしいことを宣っている。

 メイプルには四方教会のビッグハット全員の推薦状を受け取るようにと指示が出されていた。もちろんそんなものは彼女に様々な場所を見せるための口実で、サンザロナさんの推薦状だけでも私たちは世界書庫を見学することが可能だ。

 我々はこれから南教会、東教会と順に行き、一旦中央教会へ赴いた後そのすぐそばにある北教会へ顔を出して、中央教会へ戻るルートで旅をする予定だ。多少無駄な道のりがあるものの旅の予定日数は一月半から二月ほどで、当初の予定の範囲内から少し逸脱するが許容の範囲内だろう。


「オジサン! もたもたしてると置いてっちゃうぞ!」


 四方教会では魔女教会の危機を救った英雄として豪勢なもてなしにありつけるかもし、なにより当の本人がこのやる気なのだ。私がぶーぶー文句を言うのは些か大人げない。私も大人の一人として少女の成長に貢献できることを喜ばしく思うことにしよう。

 南魔女教会のあるサンプルスコまでは一週間ほどかかる道のりである。途中幾つか村や町があるのでそこで宿泊する予定だが、今日は残念ながら野宿になりそうだ。

 私たちは道から逸れて林の中へと入っていった。

 パランが周囲の警戒の為にも狼の姿へと変身する。彼女の柔らかい毛におおわれた大きな身体はベッドとしての機能を果たす優れもので、ミチとメイプルは喜んで毛の中に埋もれた。私も一緒に眠らないかとパランに勧められたが血縁関係もない十歳以上歳が離れた少女に囲まれてお寝んねするのは法に引っかかりそうな気がしたので流石に憚られた。

 もう幾度か経験した野宿だ。そこら辺の葉っぱをかき集めただけのベッドでも眠ることが出来るようになったのには、冷血な現代人の私にも霊長類としての自覚が備わっているのだと感心せざるを得なかった。すぐに寝付けるようになるにはもう少し時間がかかりそうだが。

 中々寝付けないでいるのは私だけではないらしく、パランが耳をぴんと立ててどこか遠くを警戒しているようだった。


「どうした。何かあったか?」


 私はひそひそ声で聞いた。パランもそれに合わせて声を潜めて言った。「馬の匂い、それに足音も。結構沢山……誰か襲われてる?」


 闇夜を探るようにひくひくしていたパランの鼻先がこちら向く。どうやら決断を催促しているようだった。

 サンザロナさんは私を厄介事を引き寄せる星の下に生まれたと言ったが、まさしくそうであるらしい。だが今に思えば全部が全部、巻き込まれ事故であった訳ではない。

 私は少々楽しんでいるのかもしれない。全く止むに止まれぬ厄介な性癖である。

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