第22話 悪の秘密結社、褒められる

 異端の魔女として教会を追放された元ビッグハット、血のエアトリーチェによる魔女教会襲撃事件は、暗い森の獣+魔女連合と秘密結社グレート・グレーター異世界支部の活躍により事なきを得た。

 結局暗い森が焼けれるような事にはならなかったようだし、一時期は赤い水の底に沈んだインバトであったが不思議なことに死者は殆ど出なかったという。

 そのことについて何らかの企みがあるのではないかと疑る、私によく似た疑心の塊のような奴らもいたそうだが、魔女教会の面々は意外と目に見えない心配をしょい込むようなシビアな性格はしていないようだ。


「あなた達のおかげで大変助かりました」


 厳しい戦いを勝ち抜いた私たちを待っていたのは、サンザロナさんの感謝の言葉とてんこ盛りのごちそうだった。

「暗い森の長様がいらっしゃらないのは非常に残念ですが」とサンザロナさんは来客である私たちの中にハゲの姿がないことを残念がった。

 奴は魔女教会のご厚意に預かることもせずに、事が済んだ後はすぐに仲間の下へ戻ってしまった。ただ奴にも思う所はあったらしく、去り際に「世話になった。パランをよろしく頼む」そう言い残していった。

 あんだけ物騒なことを息巻いといて黒幕であるエアトリーチェには手も足も出せなかったのだから、丸くならざるを得なかったのだろうか。なんとも気の毒な話である。


 ミチとパランは見たこともないようなご馳走を前に理性を保っていることが出来なかったようで、遮二無二に皿に料理を取っては頬張るという一連の動作を繰り返すだけのイカれたごちそう食べマシーンと化してしまった。

 私もこんなゴージャスな料理にありつくのは元の世界でも中々なかった経験であるため心躍らせたが、戦闘で活躍できなかった分こういった社交の場ではその手腕を発揮せねば主役としての面目が立たないというものだ。

 料理への誘惑を断ち切ってまで役割に準じようとする律義さを汲み取ってくれたのかサンザロナさんの方からこちらにお声をかけてくださった。


「遠慮せずに食べてください。あなたがいなければ私たちは今頃どうなっていた事か」


「いいえ。私などはてんで役立たずでして、女の子たちが頑張ってるのに大の男が恥ずかしい限りです」


 私が社交辞令的謙遜の皮を被った事実で大人の対応を見せつけると、サンザロナさんはおほほとお上品に笑った。


「アウナから聞いていますよ。あなたの指示でミチさんが真っ先に助けに来てくださったんでしょう。あれがなかったら私はすぐにでも攫われていたでしょう」


 なんだか嫌な予感がして、保険でミチを尖兵として放ったがどうやら功を奏したらしい。ミチは自らの功績を高らかに宣言するような、社会的卑しさの欠片もない少女だから話を聞くまで知らなかった。


「それにあなたはメイプルを沢山助けてくださったでしょう。あの子はいじっぱりだから、本人の前ではめったなことは言わないけれど、大変あなたに感謝していましたよ」


 あの場で出来ることといったら、大人として同じく戦についてこられなかった子供を守ることぐらいだった。夢中になっていたが、メイプルに情けない姿ばかり見せていた訳ではなかったようで、私のほんの少しばかしの沽券は無事保たれそうだ。


「戦うような怖いことはそれが出来る人がやればいいんです。でもあなたは出来ないのに、もっと怖いことに立ち向かいました。それは大変勇気のいる行動です」


「ははは、そんな勇気だなんて……はは」


 ここまで褒められると非常にこそばゆくて申し訳なくなってくる。だって実際殆ど何もしていないのだから。

 確かにメイプルを守るためにカロリアの前に立ちはだかったりしもしたが、あれはパランの上げた狼煙が見えたからであって、打算無き本当の勇気からの行動ではない。

 そこんところはサンザロナさんも見抜いているのか再びおほほと笑っている。ビッグハットって奴はどいつもこいつも性質の差はあれど、なんだかただならぬ大物感を身にまとっている。


「ところでサンザロナさんはセジンさんって方をご存じでしょうか」


 場がいい感じに温まって来たと感じた私は、いよいよ本題であるセジンさんの行方について探りを入れることにした。

 私の言葉を聞いた瞬間、サンザロナさんは笑うのを止めた。


「いえ、聞き覚えのない名前ですね。その方がどうかしたんですか?」


「あっ、いえ、インバトに来る前に世話になった村でそんな人がいなくなっただのなんだのと騒いでおりまして。もしかしたらビッグハットで在られるサンザロナさんならご存じかと思った次第です。ほんの好奇心ですのでお忘れください」


 今に覚えばセジンさんも元ビッグハットであった。

 あの血のエアトリーチェと同じくセジンさんもまた、魔女教会を追放されてお尋ね者になっていたのではなかろうか。そんな人間の名前を現役のビッグハットに聞くのはかなり気合の入った間抜けのすることだ。特にこの場には似つかわしくない話題である。

 むなしく空回る私の笑い声はどことなく白々しく、余計に自身の浅慮をあからさまにするだけであった。これ以上アホ丸出しで傷を広げる様な真似をして、痛々しい傷口を更に化膿させる真似だけは避けたい。


「今回のことといい、セルジーニンのことといい、あなたは厄介ごとに巻き込まれる星の下に生まれてしまったようですね」


 脳内で見繕うための言葉を適切に組み合わせていると、サンザロナさんが憐れんだ調子で言った。

 セルジーニン聞き覚えのある言葉の響きだ。


「セルジーニンとはセジンさんの本名でしょうか」


「さあ、私にはわかりません」


 いたずらっぽく笑うサンザロナさんはお歳よりもずいぶんと若く見えた。

 中途半端な歳の女性がこういうことをすると痛々しく見えるが、サンザロナさんぐらい年季の入ったおばちゃんとなると大型の哺乳類に感じるそれと似たような可愛らしさがある。


「わかりませんけれど、大丈夫ですよ。あなたはあなたの為の旅を続けてください」


 言い終わるとサンザロナさんは会釈をして、用意された料理を食い尽くさんと邁進する食いしん坊二人の下へ向かった。

 今の奴らと言葉を交わすことは至難の業だろうが、ビッグハット所以の不思議オーラでなんとかなるだろうか。

 しかし大丈夫と言われても何が大丈夫なものか、私にはちんぷんかんぷんだ。

 セジンさんは魔女に連れていかれたと村人たちは喚いていたから、もし本当にそうならここに連れてこられていそうなものだ。サンザロナさんが私を騙してセジンさんのことを内緒にするような意地悪をするとは思えないので、本当は魔女以外に連れていかれたのではないだろうか。今回の騒動で魔女以外にも魔法とよく似た魔術とやらを使えることが分かった。そういう可能性も十分にある訳だ。

 このことは一度村に戻って彼らに伝えるが人情であろう。サンザロナさんが大丈夫と仰っている事を伝えれば、彼らも安心して村での生活を続けられるはずだ。今回の事件を教訓にして、いざとなったら他人に頼れという風潮が彼らの中で強まらないことだけを祈るばかりだ。

 その後には私は偉大なるビッグハット様の言う通り自分の為の旅を続けさせてもらおう事にしよう。村人からのクエストを達成すれば、メインクエストである「元の世界に戻る」を進めても誰も文句は言わないはずだ。


 ……で、私はこれからどこに向かえば良いのだ?


「申し訳ありません。遅れました」


 私がとうとう行く当てを失って途方に暮れていると、少々遅れてアウナさんとメイプル、それに赤い髪のレイがパーティーへ現れた。

 サンザロナさんが「お疲れさまでした」と労うのに三人は会釈をしたのち、部屋の奥の方で虚空を見つめる私を認めて近づいてきた。


「オジサン、なにぼさっとしてんの? あっ、わかった! 自分がなーんもやってないのにこんなところに呼ばれて申し訳ないって思ってんでしょ!」


 サンザロナさんの話を聞いた後だと、嬉しそうに憎まれ口を叩くメイプルが妙に可愛く見えてしまう。

 私は力任せにメイプルの頭を帽子ごとくしゃくしゃとやった。「うわっ! 止めろ! バカ!」とメイプルは騒ぎながら私の腕から逃れると、そのままアウナさんの後ろに隠れてしまった。その様子を見て、私とアウナさんは顔を見合わせて笑った。


「お話はサンザロナ様から伺っております。私はミドルハットのレイです。この度は教会を救っていただき誠にありがとうございます」


 レイは肝心な時にその場に居ずに役に立てなかったことへの謝罪も併せて深々と頭を下げた。

 私たちにとっては非常に長く険しい戦いに思えたあの一連の騒動も、実際の時間にしてみれば一時間にも満たない間に起きたのだ。

 獣たちの足ですらここから暗い森までは数時間かかる。彼女たちが異変を察知して教会までたどり着くのは無理があった。そうでなければわざわざエアトリーチェがあんな手間のかかる小細工はしなかっただろう。


「よしてください。悔しいですがメイプルの言うとおり私は何もしてませんから」


 二度目の謙遜風事実により社会人らしい大人めいた雰囲気を醸し出すことに成功した私は、しばし料理と彼女らとの歓談を楽しんだ。

 歓談はすぐにミチは何者なのかという至極当然の話題へ舵をきった。「あれは魔法……なのでしょうか?」

 アウナさんの疑問にどう答えるべきか、私は頭を悩ませた。

 魔女教会の大統領である世界魔女は名前の通り世界を司る偉大な魔女で、異世界のことについても精通してらっしゃるそうだ。その下につく彼女たちになら本当のことを話しても怪訝な顔はされにせよ、訳の分からんことを言う阿呆として仲間外れにされたりはしないだろう。

 かと言ってむやみやたらに吹聴して回ってもよい事柄ではない気もする。妙な奴に嗅ぎつけられても面倒だもの。


「あれは魔法ではありません。ミチは生まれつきあのような珍妙な力を持っておりまして、私にはそれを抑える力があるのです」


 とりあえず無難な回答でお茶を濁しつつも、自分にも存在意義があるのだと思わせるなんともアクロバットな嘘である。メイプルが「嘘だぁ~」と私をやたらに疑うのを除けば百点満点に近い回答だろう。


「ふむ。世界書庫の書物でもミチさんの能力に該当するような事柄は見たことはありません。一度詳しく教会で調べさせていただいてもよろしいでしょうか?」


「世界書庫?」


 私はレイの発言の後半をなかったことにするように聞き覚えのない固有名詞をあざとく口にした。メイプルがなにか言いたげな顔をしていたので、料理を口に突っ込んでやった。


「レイは中央教会出身のエリートさんなんですよ」


 アウナさんがにこやかに言う。


「やめてください、アウナ。ただの親の七光りで居させてもらっただけです。ちっとも凄いことではありません」


 二人がいちゃいちゃする光景は非常に目の保養にもってこいなのだが、私の疑問への回答には一切なっていない。まあ、ミチを調べる云々の話が水に流れただけでよしとしようか。


「世界書庫ってのは中央魔女教会にあるこの世界のどんな本も揃ってるっていうバカおっきい図書館のことだよ」


 メイプルが口をもごもごさせながら教えてくれた。素直じゃないだけどいいところがあるじゃないか。

 私が再び頭をぐしゃぐしゃにしてやろうと腕を上げると、メイプルは素早くアウナさんの後ろに隠れてしまった。

 その微笑ましい姿を見て、にこにこしながらサンザロナさんが健啖家達の下からこちらに歩いてきた。「世界のどんな本も揃っているというのは少々語弊がありますね」


「メイプルさん、いいですか。世界書庫は世界魔女様がお書きになった書物が管理されている場所です。そこにある本は世界で起きたあらゆる事柄、事象、知恵、それらを記載したものなのです」


「世界の全てを? それはすごい」


 ならばその書庫に行きさえすれば元の世界に戻る方法がババンと載っている本に出合えるわけだ。


「行きたいのですか?」


「ええ、私のようなものでも見学出来るのであれば是非に」


「オジサンみたいなでくのぼーじゃ無理に決まってんじゃん」


「わかりました。招待状を書きますので、明日までお待ちください」


「えーっ!」と驚くメイプルを無視してサンザロナさんは会釈をして部屋を後にした。

 これは後々聞いた話だが、魔女でもない者が中央教会へ招かれることは異例中の異例だという。


「しかし、サンザロナ様の推薦であれば問題ないでしょう。それにあなたは魔女の未来へ少なからず貢献したのですから、大げさすぎる対応ではありませんよ」


 アウナさんはそう言って太鼓判を押してくれたが、なにやらトントン拍子に行き過ぎて少し恐ろしい。私の経験上、こういう時には必ず向かう先に落とし穴が存在してたりするものだ。まあサンザロナさんに限って悪意はないだろうが、本人が意図してなくとも落ちるときは落ちるもんだ。

 トントン拍子と調子の両方に乗ったはずみで道を踏み外して、うっかり異世界まで落ちてしまった私が言うと、なんとも説得力があるではないか。



 ◇


  


 サンザロナさんの推薦により中央魔女教会にあるという世界書庫へ行くことが出来ることになったのは思わぬ幸運であった。

 良いことをしたので神様もしっかりとしたご褒美を準備していたのだろう。だが私は神に心を許したわけではない。今までさんざん私はひどい目を背負わされてきたのだから、うかうか喜んでいたらそこをスパンと叩き落されて神々の笑い者にされるに決まっている。


 中央教会のあるワントゥスはインバトからだと実に一月ほどの長旅になるという。魔女教会の後ろ盾があるとはいえ、旅先ではまともな寝床にありつくことも難しい時もあるだろう。ここでしっかりと英気を余分に養っておかねば。

 食っちゃ寝の文化的な暮らしを満喫した私達はいよいよ旅立つことになった。

 魔女教会の面々がわざわざ我々の旅立ちを見送ってくれる中、なぜかメイプルがこちら側に立っていたのが非常に印象的だった。


「こらこら、メイプル。見送る側がこっちに居たらあべこべだろう」


 私が間違いを指摘するとメイプルが得意げに顔を緩ませて「オジサン、もしかしてバカぁ?」などと生意気を言った。こんちくしょうめ、バカとはなんだバカとは。バカって言った方がバカなんだぞ、バーカ。


「サンザロナ様直々にアンタ達の面倒を見ろって頼まれたの。魔女教会に出向くのに魔女の私が居たほうが何かと都合がいいしね!」


 ビッグハットから大役を任されたことで上機嫌になってふふんと胸を張るメイプルは、まさか自分がうまいことおだてられてその気になっているだけの阿呆だと夢にも思うまい。


 推薦状を持ったサンザロナさんが、私の部屋に姿を現したのは昨晩のことだった。

 サンザロナさんはそこで推薦状を渡すことへの条件を一つ提案した。それがメイプルの同行であった。

 メイプルは姉の行方を探るために教会の門を叩き、とんがり帽子を被ることを決意した節がある。そのことはサンザロナさんも十分に理解して、まだ未熟でありながらも魔女として受け入れたのだという。不本意ながら姉の行方が知れた今、メイプルを魔女の為の学校である魔女学院へ通わせることがサンザロナさんの本意であるようだが、それはルールとして出来ない事らしい。余計な憐みを掛けてしまったことで、有望な若者の前途を狭めてしまったことが非常に口惜しいと彼女は頻りに嘆いていた。私には提案を跳ねのけるほどの胆力などあるはずもなかった。

 かくしてメイプルのお勉強旅行の面倒を見る羽目になった訳だ。多少の寄り道を強いられることになったが、この程度のことは然して嘆くほどのことではない。ただ、早々に不吉な予感を纏う暗雲がその頭を覗かせてきた事に私は戦々恐々としていた。

 多分この旅はろくなことにならないだろう。

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