第20話 悪の秘密結社、ボス戦を迎える
二人の魔女を見事チームワークでくだした我々だったが、消耗はその戦果にあったかなり激しいものであった。
特に暗い森出身の二人の消耗が激しい調子である。どうやら傷の治癒を早める技は代わりに体力を多く消耗するようだ。魔法がはびこる異世界であってもエネルギー保存の法則は幅を利かせているらしい。
「パランとメイプルはここでカロリアを見張っておいてくれ。上には私たち三人で向かう」
「三人? 冗談言うな。お前もここにいろ」
「そうですね。そちらの方が安全です」
「オジサンじゃ足手まといになるだけだって」
「私も傍にいてくれた方が安心するかな」
私は特に消耗の激しいパランと他の魔女たちへの説明役にメイプルをこの場に残して、他のメンバーでサンザロナさんの下へ向かう案を提案したが思った以上に顰蹙を買ってしまった。
今回の戦いでも証明されたが、戦闘においては私は役立たず以外の何者でもない。そんな私が彼らを苦しめた二人の魔女の親玉が待つラスダンに向かうと言い出すのだから、身体を張って戦ったみんなの非難の的になるのは当たり前のことだ。だが私が行かねばミチに指示を出す人間がいなくなってしまう。
気を遣ってくれてるみんなには悪いが、世のため人のため、必要以上の破壊と混乱をミチが齎さないようにするにも無理やりにだって同行するぞ。
私が一人臍を固める一方で、文字通り息の根を止められたはずのニッチェが自らの吐き出した血を絵の具代わりにして石畳にお絵描きをしていた。
それにいち早く気づいたのは視線の低いメイプルだった。
「コイツ! まだ生きてる!」
メイプルがそう叫んで、私たちの意識が死んでいたはずのニッチェに移った時には、倒れている二人の魔女の間に見たことのない白皙の美女が立っていた。
ここにいる全員がその人物が血のエアトリーチェであるとは知る由もなかったが、なんの前触れもなくパッと現れたその女性がただ者ではないという認識は共通していた。
「ああ。ニロアニーチェ、私の可愛い妹。よくやってくれました。命を賭してまで。あなたの戦いは全部見ていましたよ。安心なさい。カロリアも私の大事な児。あなたの思いは無駄にはしません」
私たちのメンツの中で最も俊敏性に優れているパランが本調子でないことが悔やまれた。誰一人の手も届く間もなくエアトリーチェは、カロリアとニッチェを連れて血の中に消えてしまった。
「さっきの人は……」
「上へ行くぞ。さっきのが親玉だったとしたらもう手遅れかもしれんがな」
足手まといの私を連れていくか否かの議論などすっかり忘れられて、成り行きに従うように私は魔女教会へ足を踏み入れた。
◇
私たちがミチのいる些か開放感がありすぎる部屋にたどり着くまでの間、三人は特に動きを見せなかったという。
その異様な様子に驚くよりも、我々の登場を待っていたかのような素振りで禍々しいデザインの椅子に腰かけている女性の姿に私は驚いた。
彼女の姿は先ほどカロリアたちを連れて行った女性ではないか。
壁も天井もない部屋の中央で蹲る中年の女性は、特徴からしてもビッグハットのサンザロナさんだろう。そして、赤黒い髪を後頭部でお団子状に纏めているあの淑女こそ件の血のエアトリーチェだ。二度目ましてで全員がそう理解した。
「あなた方とニロアニーチェ、カロリアの戦い拝見していました。ニロアニーチェについては残念ですが、素晴らしい戦いぶりでした」
淑女の嗜みを崩さず、彼女は無音の拍手で我々の健闘を讃えた。
その余裕綽々な態度は私たちの神経を総撫でにした。
「さっき下に降りてきた野郎かい。すばしっこいのが取り柄みたいだな」
探りを入れるついでに会話で状況を把握する時間を稼ごうとする鮮やかな手口には見習うべきところがある。ハゲは周囲を警戒しながら返答を待った。
「降りてません。私はずっとここからあなた方の戦いを見ていました。あれは私の分身のようなものです」
「ほおう。ならずいぶん薄情だな。分身なんて芸当が出来るってのにむざむざ子分どもが殺されるのを指くわえて見ていたっていうのか」
ハゲが私たちを押しのけて、列の先頭に出た。
見た目こそいつも通りだが、体力の消耗は著しいはずだ。下で行っていたような激しい戦闘を長く継続は出来ないだろう。
それでも前に出てくれたのは、自分が一番この中で頑丈であるとわかっているからだ。
「私はあれを試練と受け取りました」
エアトリーチェが物音ひとつ立てずに椅子から立ち上がった。エアトリーチェが腰を離すと赤黒い椅子はどろどろの血へと戻って彼女の足元から徐々に床を這って広がっていく。
エアトリーチェは何一つ臨戦態勢を取ってはいないにも関わらず、私たちは彼女の放つあまりにも異質なオーラに気圧されて思わず身構えた。
「知恵とは、授かるばかりのものではありません。時には自らの手足を動かして、手に入れなければなりません。それは時に大きな痛みを伴うものです」
来る。そう私が思った時にはエアトリーチェは我々の目の前から姿を消していた。
辛うじてエアトリーチェの行方を目で捉えられたのはパランとハゲだけだった。
「あっち!」
「嬢ちゃん、飛んだのか!」
パランが叫んで指さした方を見てハゲの言葉を聞いて、ようやく何が起きたか把握できた。
ミチがエアトリーチェめがけてぶっ飛んだのだ。
「サンザロナ様!」
目の前からエアトリーチェがいなくなって我慢できなくなったのか、アウナさんが部屋の中央で蹲っているサンザロナさんの傍へと駆け寄った。ハゲがそれを大声で咎めた。
「待て! 動くな! クソッ、もういい! そのばあさん連れてさっさとここから離れるぞ」
エアトリーチェが分裂出来ることを相当警戒しているようで、ハゲは珍しく焦っていた。
どうやらあの一瞬で力量の差を感じ取ったのは私だけではないらしい。いや、むしろ私のような素人ですら感じられるほど威圧感を纏っていたことが異常なことなのかもしれない。
我々が動けないでいるサンザロナさんを救出している頃、ミチは空中に投げ出したエアトリーチェへ追撃を行おうとしていた。
エアトリーチェは私では見ることも叶わなかった速度の攻撃を血の盾で防いでいた。魔力のみならず動体視力においても常人のそれとは一線を画すようだ。
どういう仕組みで浮力を得ているか検討もつかないが、エアトリーチェは空中に作り上げた凝血の足場に立っていた。こんな時ですら優雅さを失わない彼女の立ち姿には生まれの差というのを感じずにはいられない。
そんな彼女の優雅さにビビることなくミチは周囲を飛び回って攻撃個所を見定めていた。
手首が上にスライドしてそこから銀色の銃口が伸びる。いよいよ攻撃を開始するようだ。
閃光が三回、上空を切り裂いた。
驚異的な貫通力を誇るミチの光線はエアトリーチェの血の盾を容易く貫いた。しかし、本人に命中することはなかった。
その優雅な立ち振る舞いからは想像だにも出来ない俊敏な動きでエアトリーチェは光線を交わしていく。彼女の舞踏めいた軽やかな動きに合わせて、血で出来た足場も動いている。
ミチは高速でエアトリーチェの周りを飛び回り、遠目から見ればハエのようだ。
周囲を飛び回っては時折ビームを放つ凶悪なハエの前にはさしもの元ビッグハットも避けるので精一杯かと思われたが、彼女は彼女で反撃の機会を窺っていたようだ。
ミチが再び光線を打ち込もうと構えた瞬間であった。背後に巨大な血の手が現れたのは。
流石にブンブン高速で飛び回っていても狙いをつける際は速度が微妙に落ちる。その毛ほどの隙を付かれたのだ。
が、その程度で一般人の五億倍強い破壊兵器は倒せない。
振り向きざまに手を薙ぐと、背後に現れた赤黒い手が真っ二つに両断された。ミチの手首からは一定の長さに照射されたビームがまるで光の刃のように安定して形状を保っていた。所謂ビームサーベルってやつだ。
強烈な一撃をお見舞いすることが難しいと判断するや否や、エアトリーチェは自身の周囲に無数の矢尻めいた血の突起物を生成してそれを放った。
ミチはミチで光線をチマチマ撃っていても全部華麗に躱されてしまうので、接近戦に戦法を切り替えた。
血の礫の雨あられを躱しながら、勢いに任せてエアトリーチェへ切りかかる。
両手首からビームサーベルを噴出しながら手をブンブン振り回す仕草は何やらやけくそ気味の子供の喧嘩を思わせるが、その動きがやたら早いので私の目には光の線がほとんど球体を描くように軌跡を残しているようにしか映らなかった。
しかしそれでも、光の刃がエアトリーチェを掠めることすらなかった。
真っ向から受け止めようものなら切り裂かれる血の盾も、刃の軌道をそらすように斜めから接触すれば血の盾が両断される前に攻撃をいなせる。理屈ではなんとなくわかる話だが、それを目にもとまらぬ斬撃で実地しているのだから私には信じられないことだ。
ミチもそんな高速の攻撃の最中、自身を狙ってくる血の礫を見事に回避しているのだから、この二人と我々の戦闘力にどれほどの差があるかは論ずる必要性もないだろう。彼女らから見れば、ハゲと私の力の差など大して意味をなさない。つまり私たちではミチの助けは出来ないのだ。
それを一番実感しているのは戦いをギリギリ目で追えるハゲとパランだ。一方でミチの強さに感動を覚えて、一方で絶望的な戦力差に眉間に皴を寄せているが。
「すごいよ、ミチちゃん! あれなら勝てるかも!」
はしゃぐパランには申し訳ないが、二人が何をやっているのか全く理解できない私では気持ちを共感させることは出来ない。
「そんな気安いものか。あの魔女は全く得体が知れん」
「それでも時間さえ稼げればもうじきレイ達が戻ってきます。そうすれば幾ら血のエアトリーチェと言えど倒すことが出来ます」
不機嫌ゆえに楽観的な意見にとりあえず水を差したくなる気持ちもわからんでもないが、現状は我々の優勢であることは間違いないだろう。
確かに驚くことにエアトリーチェはミチと互角の戦闘能力を有している様にみえる。それに今は固めた血を飛ばすなり操るなりの単純な物理攻撃で攻めてきているが、悪の親玉の恐ろしい魔法がたったそれだけの効力しか持たないと思い込むのは少々都合がよすぎる。
真の実力を隠してエアトリーチェに何の利があるかは私の関知するとこではないが、奥の手ってやつはミチにもあるのだ。
実はミチには計四形態にも及ぶパワーアップ機構が搭載されている。今はそのうちのまだ最初の形態、つまり第一形態でしかないのだ。
どこぞの宇宙の地上げ屋よろしく形態数が増せば、それだけ強くなるのだが私は資料を見ただけで実際にミチが形態変化している姿を見たことがない。
第四形態に至っては想定の話であるようで、資料すら存在していないのでもはや想像の余地もないが、どうも第三形態の時点でコントロールの観点でかなり危ういらしく、想定される第四形態になってしまったら十中八九、ミチはコントロールを失うという。全く無責任で恐ろしいものを作りやがる。
危険を伴う誤作動が想定されているのならば、それに対する安全策を講じるのが機械屋の習わしである。
Dr.メグロ氏は「星野ミチ安全講習」なるふざけ半分みたいなタイトルの講習を作戦実行前に催した。
私はそこでミチの形態の話や安全装置であるセーフティキーワードについて話を聞かされたのだ。
私がミチの監督官として、その動向が気になっていた理由の一つにこれがある。
形態変化の条件については完全にミチの意志に委ねられているらしく厳密な条件分けは出来てはいないようだが、概ね自身に危険が訪れた際に形態変化は起きるらしい。
それ以外にも激しい憤りなどの感情の高ぶりでも形態変化は促されると説明されたが、その時の私はミチの性格上そう簡単にホイホイ気分で姿が変わることはないだろうと高をくくっていた。だが、暗い森の一件などを鑑みるに意外とミチは感情的に行動をするきらいがある。なんかの弾みで私のあずかり知らぬところでムキムキと強くなってもらったらもう手の施しようがない。
私の目の届くこの範囲であればミチがコントロールを脱し、二次災害を引き起こすような事にはならないだろう。エアトリーチェがどれほどの奥の手を用意しているか知らんが、パワーアップ込みで考えるなら優勢にならなくともパワーバランスの均衡は覆らない。
更に時間が経てば、アウナさんが言うように暗い森焼却の任により街を離れている武闘派魔女たちが一斉にインバトへとなだれ込むだろう。こんだけ派手にドンパチしているのだからそれも時間の問題だ。
私たちはかなり優位に立っている。エアトリーチェをここで倒せずともサンザロナさんを守り切り、尚且つ死人も出ずに終われそうだ。
そう思っていた私に油断があったのは認めざるを得ない事実だが、かと言ってきっちり襟を正して警戒に警戒を重ねていたとしてもどうにもならなかっただろう。
まさか血のエアトリーチェの奥の手が街全体を血で沈める様な大規模なものだとは誰一人として予想だに出来なかった。
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