第19話 悪の秘密結社、狼煙を上げる

私がパランの様子を見て戻ると、状況は更に悪くなっているようだった。

 カロリアとニッチェの狙いがアウナさんに集中しており、それを守るために元ハゲは防戦を強いられている。

 あの極悪非道の毛玉が人を率先して守るなんてこと普通なら考えられないが、殊にこの戦闘においてはアウナさんはキーマンである。

 最悪、彼女一人でもあの二人を戦闘不能にすることは可能だが、元ハゲでは性質上カロリアを倒すことは出来ない。

 魔女を守る展開など奴にとっては不本意極まりないだろうが、わがままを言ってられもしないのだ。


「お前、少しマシな魔法はないのか」


「ごめんなさい。私の魔法は不意打ちや罠としては強力だけど、こうやって対面して使うとなるとどうしても性質を知られている人には決まりにくいんです」


 そんなことは一緒に戦っている元ハゲは既にわかってることだろうが、思わずそう言わずにはいられない状況であった。


 アウナさんの魔法は匂いのついた粉を使うものだ。

 粉は遠隔で操作もできるしその速度もかなり速い。だが一度でも粉が散らされると、粉に込められたアウナさんのマジックパワーも一緒に散らされて、コントロールできなくなるようだ。

 その性質を知っている元同僚の二人はアウナさんが魔法による攻撃をしようものなら爆発の魔法をそこら辺で巻き起こして粉を散らしてしまう。

 これでは大きな隙でも作らない限りは魔法による拘束は不可能だ。

 だが、アウナさんを狙うことで元ハゲの動きすら制限する相手の繊麗されたタクティクスの前に、にわかじこみの連携では太刀打ちはできない。


 やはり数的優勢は勝利のためには必須条件だ。

 パランは回復に時間がかかりそうだし、あとこの場にいる人間といえば私とメイプルだけだ。

 私では戦闘力的になんの足しにもならないだろうし、メイプルは戦力として申し分ないだろうが姉の魔法飛び交うこの戦いに彼女を混ぜるのは些か酷にすぎる。

 奥の手としてミチをこちらに呼び寄せる手もあるが、向こうで何が起きているかわからない以上そんな迂闊なことはできない。あの竜巻以来なんの音沙汰がないということは、ミチの存在により均衡が成立している可能性だってあるわけだ。少なくともミチ自身がこちらに来ない以上は奴を当てにするのはよした方がいい。

 私がミチを呼ぶのは、誰かが死にそうになったときだけだ。


「オッサン! その足手まといの魔女捨てて楽になれよ!」


「お前らを引き裂くためにはお嬢ちゃんが必要でね。それはできない相談だ」


 カロリアはしばしば接近戦でアウナさんの盾となる元ハゲを狙うが、奴は砕けた石畳などを投げつける遠距離攻撃で上手いこと鉈の攻撃範囲から逃れている。しかし、カロリアから距離が開くことはその後ろにいるニッチェから更に離れることに他ならない。

 ニッチェは音と霧の魔法を主に使いカロリアの攻撃を援護している。

 幻覚を見せる霧と本物同然の音を何処からでも自由に鳴らせる音の魔法のコンビネーションは凶悪で、対峙しているのが獣の力を遺憾無く発揮する元ハゲでなければすぐにでもカロリアの接近を許すか、鳴り響く金属音に紛れた爆発の魔法で粉微塵になっていることだろう。


「おい、ニッチェ。きりがねェ。あんましチンタラしてっと杖が乾ききっちまうぞ」


「その心配は大丈夫だけれど、時間のかけ過ぎは良くないわね。いつレイが戻ってきてもおかしくないわ」


 攻撃の手を一時的に休めていたニッチェがふっと笑う。「良い方法を思いついたわ」


 悪い予感がして私がなにかアドバイスの一つでも飛ばしてやろうと良い言葉を考えだした瞬間、カロリアとニッチェは同時に爆発の魔法を繰り出した。

 爆発の魔法は強力無慈悲な超攻撃的な魔法であるが、他の魔法と異なり大きな弱点もあった。

 それは魔法を使う際の所作にある。


 爆発の魔法は杖の先端についた火打ち石から発せられる火花を触媒にして大きな爆発を生み出す。

。その形状にどれほどの意味があるかは知れないが、杖の先端の火打金とフリントをぶつけて火花を飛ばすには大げさなほどに杖を振らなければならない。

 動きをよく見ていればどこに爆発が来るかは予想できるのだ。私のような一般人であるなら予想できても回避はできないだろうが、運動神経の塊のような奴なら見てから回避が可能だ。


 二人合わせて使った渾身の爆発の魔法だが、奴はアウナさんを小脇に抱えて見事に回避してみせた。だが、狙いはどうやら当てることではなかったらしい。

 爆発で巻起こった砂煙が晴れたときには元ハゲは霧に包まれていた。どうやら爆発はこの大規模な霧の魔法を悟らせない為の布石でしかなかったらしい。

 霧は視界を奪うだけではなく、幻影を見せて中に入った人間を惑わせる。しかもあろうことか中の様子はまるわかりだと言うではないか。ズルい!

 しかもこれに音の魔法が加わるというのだ。

 音を立てるだけの魔法と聞くとしょうもないもののように思える。単体であれば実際さほどの脅威にはならないだろう。だが、視覚による情報が奪われた状態で使われたらその破壊力は何十倍にも増す。

 たとえば絶えず爆発の魔法発動時のあの音を流されたとすれば、本物の魔法の発動タイミングなどわかるはずもない。すっごくズルイ!


 しかし、こちらもちゃっかりズルしているので大丈夫。

 所詮は霧が見せる幻影。光の屈折率をうんぬんかんぬんで生み出した視覚のみに訴えかける偽物だ。鼻の利く奴には効きはしない。音だって臭いのしない先で幾らチンチンカチャカチャされても無視すればよいのだ。

 だからこそ、元ハゲは細心の注意を払っていたに決まっている。注意深く鼻をひくひくさせて、どこから敵が来ようと対処できるようにしていたはずだ。

 実際対処はできたのだ。


 二方向から迫りくる臭いを嗅ぎ取り、元ハゲはカロリアとニッチェが霧の中から接近していることを察知した。

 抱えていたアウナさんを後ろに投げ捨てると元ハゲは、迎撃の構えを取った。

 相手は左右から挟み込むように移動していた。ガードのできない右方向からカロリアの臭いが。左方向からニッチェが。闇雲に接近しても返り討ちに合うだけなのは彼女らも何度かトライして体験しているはず。何か仕掛けていることは明白だ。

 姿が見えて攻撃が繰り出されるその瞬間まで元ハゲは、警戒を緩めなかった。故に鉈を持って現れたカロリアの姿を見て、意識は自然ともう一方のニッチェに移った。そこにはカロリアと同じく鉈を持ったニッチェが居た。


 この時点で元ハゲの思考は酷く混乱した。狙いがわからないからだ。

 カロリアが囮になり至近距離から何らかの魔法で攻撃する訳でもなく、鉈による物理攻撃を仕掛けてきたのだ。これは合理的ではない。理に適っていないからこそ、意図は全く読めずにいた。

 だから、一瞬の判断で最も無難な選択を選んだ元ハゲを責めることはできない。

 接近するカロリアの鉈による斬撃を避けて武器を叩き落とした。その時点で違和感を覚えていたが、止まることはままならない。返す刃でニッチェを攻撃しようとするが爪による斬撃を華麗に躱され、逆に背中を鉈で切り付けられてしまった。


「お嬢ちゃん! やられた! 逃げろ!」


 霧が晴れると同時に元ハゲが叫んだ。そして、傷ついた背中がより一層深く裂けた。

 痛みとともに倒れ込む元ハゲの様子を見て、虚空に向かって鉈を振り下ろしたニッチェがバカ笑いし出した。どっかで聞いたことのある笑い方である。


「なに食ってたらこんなこと思いつくんだろうなァ! 味方ながらドン引きだぜ!」


「この獣が怪しんだからよ。一人で部屋に入ったって所をね。臭ってたんでしょ? 皮についた私の臭いが」


 カロリアとニッチェの口調が入れ替わっていることにツッコミを入れるまもなく、カロリアが自らの顔の皮膚を引き裂いた。

 その恐ろしい行いにも驚いたが、その下にニッチェの顔があったことにも大変驚かされた。まるで大怪盗の変装のようだ。

 お互いにお互いの姿に化けて霧に紛れて二人は接近した。皮にはそれぞれの臭いが強くついていたようで、元ハゲは臭いを間違えてしまい対処を誤ったのだ。


「さて、これで終わりだ」


 ベリベリとニッチェの皮を剥がしながらカロリアはトドメを刺すために元ハゲに近づいた。

 背中の傷はどう見ても致命傷で、すぐには動けそうにない。

 それは近くで見ていたアウナさんが一番よくわかっていることだ。彼女は元ハゲを守るために杖と小瓶を構えたが、ニッチェが杖を取り出しそれを牽制した。あれではもうカロリアを止めることができない。


「あばよ。クソ獣」


 高く振り上げられた鉈が奴の身体に届くことはなかった。

 その前にカロリアが爆発したからだ。


「おい、メイプル。こりャもうそういうことでいいんだよなァ」


 まるでチワワのように小刻みに身体を震わせながらもメイプルは元ハゲを守るために魔法を使用したのだ。


「私も戦う! もう泣かない!」


「じャあ! 殺すぜ! じっとしてりャ生かしてやっといたのによォ!!」


 カロリアが元ハゲにトドメを刺すことを一旦中止してこちらに向かってきた。

 メイプルはかっこいいことをやってみせたが、迫り来る恐怖には勝てないようだ。身体を動かすことが出来ないでいる。

 私はメイプルを守るためにも彼女の前に躍り出た。


「なんだァ! 雑魚!! てめェもついでに死ぬかァ!!」


 やばい。ついでに殺される。


 この無謀な行いは命を賭してまで国の宝である子供を守らねばならならぬという高い憂国の志によるものではない。

 私には逆転の狼煙が上がっているのが見えていたのだ。


「アウナさん! 煙! とにかく高範囲で濃い色のやつ!」


 アウナさんは私の言葉に疑問を呈することもなく懐から取り出した小瓶を地面に叩きつけた。

 その瓶の中に入っていた粉は一瞬で周囲に広がる煙となり我々を包み込んだ。

 全く視界が効かない中、私に出来ることは恐怖で動けなくなったメイプルを抱えてできる限り遠くに逃げることだった。


「はン! アタシたちのモノマネかァ? 意味のねェことしやがって。アタシには見えてるんだぜ」


 カロリアの傷の魔法には傷つけたものの位置を見ることができる魔法が存在する。

 それは眼帯の奥に存在する右目を使う魔法で、距離や障害物などの物理的な障害も無視して様々な角度から対象を視認できる。

 煙の中、蹲っていた元ハゲが左手をニッチェに伸ばしている姿がカロリアの右目にはしっかりと映っていた。


「ニッチェ! そっちにクソ獣が行ったぞ! …………?!」


 カロリアはそう叫んだが、実際に危機が迫っていたのは彼女自身の方であった。

 煙が晴れた時、カロリアは元ハゲの切り落としたはずの右腕により束縛され、ニッチェの喉元にはパランが喰らい付いていた。


「てめェその腕……!」


「切り落とした腕が生えてこないと思うのは勝手だが、そいつは俺には当てはまらないことだ」


 無茶苦茶言いやがるが、パランの回復の速さを見るにこの超高速再生は彼らの種族特有の能力のようである。その事を知らないカロリアは、見えていてもまさか切り落とされた腕が急に伸びてくるとは思わずに回避が間に合わなかったのだ。

 一方ニッチェはカロリアの声によって元ハゲの動きだけに注意を払っていたのだろう。それも当然だ。視界の効かない煙幕の中で相手の位置を正確に把握できるのは元ハゲだけなのだから。まさかもう一匹の獣が現れるとは予想だにしていなかったのだ。


 ビッグな腕に鷲掴みにされたカロリアは身動きの一つも取れないでいる。おそらくはそのままぐしゃりと潰せるほどの力で握っているのだろう。カロリアの魔法がなければこれだけで絶命しているところだ。


「おい、お嬢ちゃん。コイツを眠らせるなりなんなり動けなくしろ」


 元ハゲは握りしめたカロリアをアウナさんの下へ近づけた。

 お互いなにか言いたげな顔をしているが、実際に言葉を交わすことはなかった。


 アウナさんが魔法でカロリアを気絶させると、元ハゲはニッチェの方へ視線を向けた。「あっちは魔法の必要はないみたいだな」


 パランはしっかりと窒息させるためにニッチェの細い首に噛みつき続けていた。

 鋭い牙が動脈を傷つけたのか首元からは滾々と血液が流れだし続け、口からは赤い泡がブクブクと湧き出している。それを数秒続けていたら、ニッチェの身体から完全に力が抜けて軟体動物みたいに地面に倒れこんだ。

 パランは口からニッチェの血を流しながら身体全体を上下させて呼吸を荒立てている。まるで内から湧き上がる衝動のようなものを無理やり抑え込んでいるかのようだ。


「初めて人間を噛み殺した気分はどうだ?」


 頭てっかてっかのハゲモードに変身しながら奴はパランに問いかけた。いつもの嫌味めいた口調とは異なり、かなりシリアスな調子だ。この質問が彼らにとって重要な意味合いがある事が窺える。


「すっっっごく嫌な気分!」


 表情の少ないはずの獣の姿でもわかるぐらい嫌そうな顔をしてパランが答えた。

 よかった、いつものパランだ。私は少しばかり安心した。

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