第17話 悪の秘密結社、悪と戦う

 鬼の形相を見て確信を得るという事は、どうやらこの尋常じゃないキレっぷりは彼女のデフォルトらしい。

 私では友達になれそうにないタイプだ。だって怒られるの怖いんだもん。


「そうに決まってんだろォ! なんのつもりだって聞いてんだァ!!」


 怒り心頭に発しているカロリアのキレっぷりは周りすらひやひやさせる程で、彼女たちの間に立っていた私とメイプルなどはその憤怒の余波に中てられて、嫌な気分になってその場から逃げ出すこともできなかった。

 比較的距離のあるパランもおろおろとするばかりだ。どう収拾をつけて良いものか見当もつけられないようで、見るからに狼狽している。

 この場で唯一冷静なのはハゲだけだが、珍しく口出しせずに成り行きを静観しているようだった。奴にも何やら考えるところでもあるのだろう。


「じゃあ、なんであなたが敵になるのよ……」


 アウナさんの口調は今にも泣き出しそうな弱弱しいものだった。


「敵……? 敵ってアタシが? ハハっ、なんでだよ。なんでそうなんだよ」


 それを聞いてカロリアは、むしろ少しばかし楽しそうな調子で言う。


「あなたが竜巻に巻き上げられたからよ」


 その発言にカロリア含め、この場に居る全員がポカンとしている。

 サンザロナさんの魔法に巻き込まれることがイコールで敵であると証明できる方程式には些か疑問がある。

 あれほどの規模の竜巻だ。部屋に足を踏み入れているのならば、巻き沿いくってうっかり宙に巻き上げられてもおかしな話ではないだろう。


「……あァ、そういうことね。マジか。お前ってそんなにバカだったのか」


 どうやらカロリアには思い当たる節があるらしい。ただし、それは実にバカバカしい内容であるようだが。


「サンザロナ様はお優しいから、味方を巻き込んで魔法は使わないってかァ? バカかてめェ! 相手はあの血のエアトリーチェだぞ! アタシ達の安否なんて気に掛ける余裕もねえんだよォ! そんぐらいピンチなんだよ!」


 サンザロナさんの人物像については私も道すがら聞いていて、実にお優しいおばちゃんといった物に仕上がっていた。

 確かにそのプロファイルからすると我が子のような魔女たちを構わず竜巻で打ち上げるような非道をするような人物ではない。

 しかし、カロリアの指摘する通り、血のエアトリーチェなる強力な敵を目の前にして博愛主義者を付きとおすことは現実的ではない。

 幸いカロリアには物理的な損傷に対して強い抵抗力があるらしく、竜巻でぶっ飛ばすには適した人材である。

 アウナさんの疑いはどうも的外れな、いちゃもんめいたものに思えて仕方がない。


「なァ……どうすりゃ信じてもらえんだ? なァ……」


「信じてもらう必要なんてありはしない」


 困ったちゃんのわがままを宥める様なカロリアの言葉へ、予想外に返答したのはハゲだった。

 コイツはしばしば関係ないところから急に口を挟んで我が物顔の持論を展開するが、手も同時に出したのはこれが初めてだったため私は大変驚いた。

 一瞬にして獣の前足となった右腕でカロリアを叩き潰したのだ。

 幾ら奴の手のひらにはぷにぷにの肉球が存在しているとしても、石畳を砕くほどの圧力でぺちゃんこにされたカロリアが人間としての原型を留めているとは思えない。


「これで満足かい? お嬢さん。じゃあ俺は行くぞ」


「待てよ。オッサン」


 前足に変形した腕を人間の形に戻しながら踵を返すハゲを止めたのは、ぺしゃんこになって一ミリほどの厚さになっているはずのカロリアであった。

 彼女は上空うん十メートルからの自由落下にも生身で耐えきる鋼の肉体を所持している。だから、この攻撃にも人間の形を保つことが出来たのだろう。でも私はやはり大変驚いた。


「てめェ、あのガキがいないからって本性表しやがったな。あァ、いいぜ。解体は得意なんだ。特にてめェみたいな獣のなァ!!」


 カロリアは威勢よく啖呵を切って腰につけていた革製のバッグから大きな鉈を取り出した。

 臨戦態勢を整えるカロリアに反してハゲは非常に冷静だった。


「お前の使う魔法は傷の魔法だったか。すごいな。さっきもそうだが、血すら流すことなく一瞬で傷を塞ぐことが出来るのか。その様子じゃ骨とか内臓も修復できてるようだな」


「はン! そうだよ! アタシは不死身のカロリア! てめェみたいな殴る蹴るしか能のないバカ獣じゃあ、アタシに血一滴流させることもできやしねェ!」


「では、なぜ血の匂いがする?」


 自らの不死身っぷりを自慢するかのように意気揚々だったカロリアがハゲの言葉で凍り付いたかのように固まった。


「それが、どうした」


「どうした? どうしただと? 不思議なことを言うな、お前。お前から血の匂いがするってのはそんな程度のことじゃないだろ。なあ、不死身のカロリアさん」


 私はようやくハゲの一連の奇行の意味を理解することが出来た。

 口を挟むのが大好きなコイツがアウナさんとカロリアとの喧嘩を静観していたことも、そして突然に暴力に訴えかけてきたことも、全ては獣特有の嗅覚でこの事態の不可解な点を嗅ぎ付けていたからだ。

 そのことにようやく気付いたのはカロリア本人も同じようで、咄嗟に出た言葉が全て失言であったことを悟ったようだ。

 あからさまな脂汗を顔に浮かべながら彼女は一言「返り血だよ」そう負け惜しみのように呟いた。


 確かに彼女の獲物は魔女の持つべき物とは思えぬ巨大な鉈である。あんな物で人を殴ったとあれば返り血の百リットルぐらい浴びそうなものだが、そのことについてはハゲになぜ血の匂いがすると問いかけられた時に話題にするべきだ。

 今更言っても後出しじゃんけんのようで信用を得ることは出来ない。それにもう一つこの供述には重大な問題点がある。


「その返り血は誰のだい?」


 まさにそうである。

 カロリアはのこのこサンザロナさんのいる部屋に向かって巻き沿いくってぶっ飛んだと述べていた。

 その通りであるなら戦闘に関わることなどなかったはずだ。故に返り血を浴びることもない。


「知恵の子の連中だよ! 奴らこの教会にまで忍び込んでやがったんだ! だからぶっ殺して、サンザロナさんがあぶねェと考えて部屋に向かったんだ! どうだ! おかしな所なんて一つもねェだろうが!」


 返り血に関して弁明する彼女は、もはややけくそ気味である。

 追い詰められた犯人が豹変するのはサスペンスものの中でも比較的コミカルな作品ではありがちだが、彼女の場合は隠していた素が表に出てきたという訳ではなく一周回っていつもの態度が表面にまで浮き出てきた様子だ。

 けったいな態度は非常に印象は悪いが、言ってること自体はおかしなことではない。

 元々知恵の子らには魔女が関わっており、奴らが教会の膏肓にまで潜り込んでいるのでは? という懸念はあった訳だ。派手に作戦をやらかしている今、潜り込んでいた工作員が顕在化して暴れ散らかしていても不思議じゃない。

 ただ、問題はそこではないようでハゲは「連中、奴らね……」なんて名探偵気取りでカロリアの発言を吟味している。

 全く揚げ足取りを楽しむとはなんとも嫌な奴である。


「ちなみに何人ぐらいと戦った?」


「知るかよ! 覚えてねえよ! てか、関係ねェだろ!」


「あるんだよ。だから慎重に思い出せ。こっからの言葉には一つ一つ、細心の注意を払え。何がお前を裏切り者だと確信させる材料になるかわからんぞ」


 逆ギレの勢いに任せて歯切れよく癇尺玉を破裂させていたカロリアだが、ハゲの意味深長な言葉に再びブレーキをかけざるを得なかった。

 思い出しているのか、どう嘘を吐くべきか考えているのか、彼女は顔を難しそうに歪めている。

 この魔女裁判の判決のほども気になるが、先に行かせたミチの様子も気になる。こっそりこの場を抜け出して私だけでもミチの下に行き監督としての使命を果たそうとも考えたが、私のズボンを掴んだまま行く末を見守っているメイプルを一人ぼっちにさせるのも忍びない。

 あの竜巻以来目立った動きもないことだし、一先ずはこちらが決着がつくまではここにいることにしよう。


「一人だ。一人ぶっ殺した」


「一人だけだな」


「あァ、一人だ。一人ぶっ殺して、後は他の奴らに任してアタシ一人でサンザロナ様のところに向かったんだ」


「そうか。わかった」


 長丁場になるかと思いきや魔女裁判は比較的早めに決着がついたようだ。

 ハゲはそれ以上カロリアの揚げ足を取ることは止めて教会へと足を動かし始めた。どうやら判決は無罪のようだ。

 この結果はアウナさんにとっては不服だろうが、臭いという重要だが我々には確認しようがない証拠を持つハゲが今回の判決を下す裁判長である。奴が無罪とすればそれ以上の追及を私たちが行う余地はない。

 カロリアは一安心したようで、チラリと後方のアウナさんの様子を伺った。私も彼女の様子が気になって、自然と視線をアウナさんの方へ向けていた。

 だから、突如としてカロリアの身体を毛深い腕が握りしめた時にはびっくりしすぎて「ぎょええ」と声を出してしまいそうだった。私はギリギリのところで我慢して「うわっ」と言うのに止めた。


 もはやこの毛深い腕の持主については一々言うまでもないだろう。

 奴の根性のひねくれ方は相当なもののようで、相手が安心しきって油断するのを虎視眈々と待っていたのだ。全くとんでもない悪党っぷりである。


「なんで……てめェ……!」


「お前に説明する意味はない。おい、お嬢さん。コイツを動けなくする魔法でもかけろ」


 説明を要求したい気持ちは私とて同じだが、カロリアがかなり胡散臭いことは先ほどまでの裁判で十分に判明されていることだ。彼女が天性の勘違いされ体質にしろ、一先ずはアウナさんの骨抜きにする魔法で動けなくなっててもらうことにしよう。

 アウナさんも説明は後回しでよいようで、ローブの中から小瓶を取り出した。ピンク色の粉が入ったあの小瓶だ。

 カロリアもその粉が持つ効力は知っているようで、ハゲの腕から脱出するためにジタバタ足掻くが、幾ら傷のつかない無敵のボディを持っていようとも膂力に優れる訳ではないらしく単純な腕力による拘束を解くことは出来ないでいる。

 いよいよカロリアも万事休すに思われたが、その時甲高い金属と金属がぶつかり合うような音がどこからともなく聞こえてきた。

 微かな音だったが、それに敏感に反応したのはメイプルだった。


「あぶない!!」


 メイプルの全力の警告もむなしく、ハゲの腕が何の脈略もなく大爆発した。全くさっきから驚かされるようなことばかりだ。

 私は咄嗟に爆風からメイプルを守るように彼女を抱きかかえたが、彼女は爆発を引き起こした張本人の顔を一目見たいようで私の胸の中で暴れまわった。


「だからあなたは思慮に欠くと言うんです」


 カツン、カツンと靴底が石畳を叩く音を響かせながら、声の主は教会の巨大な扉を潜って外に出てきた。

 その手には何やら不気味な形状の赤黒い杖めいたものを持っていた。


「ニッチェ。あなた、その魔法……」


 黒色の長髪に眼鏡をかけたインテリ的雰囲気を醸し出しているこの魔女こそ、我らが裏切り者の第一候補に挙げていたニッチェである。


「あなたに説明する意味がありません」


 アウナさんの言葉にニッチェが眼鏡をクイっと持ち上げながら厭味ったらしくハゲのセリフを引用する。

 その言葉を聞いて私の腹の中でもぞもぞしていたメイプルが、叫び声と共に大暴れを始めた。でたらめに動かしている手足が私の急所に直撃して、うっかりメイプルを外に出してしまった。


 メイプルは声がかれそうなほどの悲痛な叫び声と共に懐から取り出した杖をニッチェめがけて思いっきり降った。その際聞こえてきた金属同士がぶつかり合うような音はまさしくハゲの腕が爆発する前に利いた音と一致する。

 私がもしやと思って振り向いた時には堂々たる登場を果たしたニッチェは大爆発している最中であった。

 さっきから私が振り向くと誰かに不幸が訪れているように思えるが、これは私に秘められた能力か何かだろうか。


「おい! もうやめろ!」


 私は立ち上がった煙も止まぬ間に再度杖を振ろうとするメイプルを抑えた。

「やめろ! 放せ!」とメイプルは杖を振りぬこうともがくが、どれほど体力自慢のメイプル少女であれ、力自体はそこら辺の女子中学生並みである。大の大人の私が本気で動きを止めようと思えば容易なことだ。


「そうだぜ。やめた方がいい」


 煙が晴れると同時に聞き覚えのある声が鼓膜を震わせた。

 ハゲが爆破された腕の調子を探るように人の形に戻した手を閉じたり開いたりしている。


「てめェ、誰に向かって魔法使ってんのかわかってんのか? あァン?! ガキだからってただじゃおかねェぞ!!」


 ニッチェに向かって放った渾身の爆発を受け止めたのはカロリアであるようだ。

 彼女の衣服は爆発により所々ロックな感じになっているが、カロリア自身の身体には損傷はないように見える。

 爆発という物理的な現象を引き起こすメイプルの魔法ではどうやらカロリアには傷をつけることは出来ないらしい。


「お姉ちゃんを、お姉ちゃんを返して……」


 ついに私に抱きかかえられるようにして身動きの取れなくなったメイプルが涙ながらにそう言った。

 先ほど喉への負担を無視した大声を出したせいで、声は痛々しくしゃがれている。


「なんだァ~メイプルゥ~お前も欲しいのかァ~? そうだよなァ、お前の姉ちゃんの方が魔法上手だもんなァ!!」


 カロリアもニッチェが手にしていた禍々しい杖と同じような形状の杖を取り出してヒャッヒャッヒャと馬鹿笑いをした。

 私はその癇に障る態度にご機嫌を斜めに傾けたが、アウナさんとメイプルはそれ以上の感情が沸いていたようだ。


「あなた達! カエデに、カエデに何をしたの!!」


 これまで見たこともないような激情を露わにするアウナさんにカロリアの笑いが一オクターブ高まった。


「何って、杖にしたんだよ! バラバラに解体して! あいつの魔法、使ってみたかったからさァ!! チョーいいぜ! サンザロナも一目置くわけだァ!」


 カロリアの衝撃的な言葉に私の斜めに傾いてたご機嫌は、姿勢をどうしたらいいのか分からずグルグルと激しく回転を始めた。

 とりあえず私は嗚咽を吐くばかりでもはや喋ることもできなくなったメイプルを地面に降ろして宥めるように抱きしめた。

 彼女にはいつもの強気な様子は微塵もなく、誰でもいいので拠り所を求めて私の胸の中で号泣し始めた。その時に私のご機嫌のありどころが決まった。


「どうやら、一番悪い奴、見つかったみたいだね!」


 パランがそう言い、戦闘態勢を取る。軽やかなステップワークを取りつつ、指先のナイフのように鋭い爪を立てる。

 パンツについてる獣のしっぽめいたファーが意思を持つように逆立った。パランもハゲほどではないが身体の一部を獣の姿に変えることが出来るようだ。


「邪魔はするなよ。一先ず奴らを引き裂く」


 もともとデカかったハゲの身体がさらに内から膨張を始めた。

 その姿は人と獣のちょうど中間、人狼とも言うべき姿に変わった。奴のチャームポイントであった不毛な頭部もふさふさの獣フェイスに変わってしまい、もはやハゲと呼んでいいかも危ぶまれる。やはり王様、パランよりも年季が入った変貌ぶりである。

 臨戦態勢を整えたパランと元ハゲの二人に続いてアウナさんも戦いに加わるべく前に歩き出した。


「メイプルをお願いできますか」


 私の前を通り過ぎる際にアウナさんはそう言った。メイプルは泣きやみそうにない。


「本当に、あなたって……思慮に欠くわね。余計なことを言わなければ相手の士気を無駄に高めることもなかったのに」


「アホか。せっかくやるならブチギレた相手を叩きのめした方がスカっとするだろうが」


「これならずっと影武者の方にあなた役をやらせればよかった」


「そう言うな! 楽しもうぜ!」


 こうして戦いの火蓋は切って落とされた。

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