第16話 悪の秘密結社、ひた走る

「ミチちゃん大丈夫かな」


 魔女教会から竜巻が上がるのを見てから我々は進軍の足を速めたが、徒歩ではどうあがいたって限界がある。

 そこで私はこの中で最も機動力のあるミチに魔女教会まで先に行ってもらうことにした。ミチは私が命じると背中から片方五本ずつ計十本の突起物を生やして、凄まじい速さで飛んでいった。こういう時は仕事が早くて助かる。

 アウナさんが言うには、もしかしたら狙いはビッグハットであるサンザロナさんで、それを行うのは同じくビッグハットの一人であった血のエアトリーチェなるなんだかおっかない人物だという。

 それを聞いてパランは先行したミチが心配でならないのだ。


「あの小娘は異常だ。俺が命の危険を感じたのは奴と対峙した時ぐらいのもんだ」


 ハゲが太鼓判を押してくれているが、正直私も不安でしょうがない。


「やはり心配ですか」


 私の暗い表情を見て、アウナさんが気にかけてくれた。ミチには魔法に対する抵抗があるようなので大丈夫とか、サンザロナ様がいらっしゃるとか、色々気休めの言葉をもらったが問題はそんなところではない。

 相手が何者なかの知らないがぶっちゃけミチが負ける未来は全く想像できない。

 心配なのはミチが私の命令をちゃんと理解して行動できているかだ。


 おバカなミチにもわかるように今回は命令を


「サンザロナさんを守れ」


「サンザロナさんを攻撃する奴がいるならそいつをぶっ飛ばせ」


 という、犬でもわかりそうな簡単な内容にしたが、犬にもわかりそうなことをわからなそうなのがミチのチャームポイントであり、ウィークポイントである。

 知能テストをしたら犬の中でも賢いと評判のボーダー・コリー辺りには負けるんじゃないかと冷や冷やさせる危うさすらあるのだ。自分で行かせといて、私が気が気でないのも納得いただけるだろう。

 うっかり間違えてサンザロナさんを攻撃したりしないとよいのだが。


 ミチがヘンテコなことをしていないか確認するためにも、私は出来る限り素早く足を動かすことに集中した。

 過酷な異世界の環境下に晒されることにより私の身体能力は知らず知らずのうちに春のタケノコよろしくメキメキと成長を遂げたようで、パランらに置いて行かれない程度の速度を維持しながら魔女教会までたどり着くことが出来た。


「大丈夫? あなたは休んでていいから」


「だから付いてくるなと言ったんだ」


「オジサンなんだから無理しちゃダメだって」


「疲労回復に利く魔法がありますから、そこでゆっくりと休んでいてください」


 にもかかわらず、異世界人どもは私を満身創痍のクタクタ中年かのように扱う。

 なんとも無礼極まる対応か。結構な距離を全力疾走したのだ。一般成人男性ならば息切れぐらいは起こすだろう。それに私はまだ二十七歳だ。中年扱いされるにはまだ若すぎる。


 パランやハゲがこの程度の運動で息一つきらさないのはわかる。彼らは通常の人間とは異なる肉体の構造を持っており、人型のその皮の中身にはギチギチに犬型の筋肉が詰まっているのだ。このぐらいの運動はウォーキング程度の負荷にしかならなくとも不思議でない。

 しかし、納得できないのはメイプルとアウナさんもまた、息一つきらしていない事だ。

 見た目も中身もおこちゃまのメイプルに、走るには些か大きすぎるお胸を持つアウナさんが私よりも体力があるとは到底思えない。バトル漫画の筋骨隆々の大男を片手で投げ飛ばす美少女ぐらい納得いかない。

 もしや魔女たちもまた、その華奢な皮の奥底にとんでもない化け物を飼っているのではないか。あるいは、よくある身体能力は魔法で向上させています設定か。どちらにしたって魔法も使えて身体能力も高いだなんてバランス調整に失敗している。早急にアップデートを入れるべきだ。私をやたらに強くしろ。


 しばし私の呼吸が整うまで教会への突入を延期していた一行であったが、ついに待ちきれなくなったのかハゲがくるりと回れ右をして教会へ向かおうとする、その時であった。突如として天高くから人が降ってきたのは。

 ファフロツキーズなる珍妙な現象のことを耳にしたことがある。日本語では怪雨などと呼んだりもするらしいが、ようするに通常降ってくるはずもないものが雨の如く空から降り注ぐ現象のことを指す言葉らしい。その要因についてはケンケンガクガクホンワカパッパと偉い学者から偉くない学生までいろんな人が日夜議論して暇をつぶしているらしいが、尤もらしい説は竜巻によって巻き上げられたものが降ってきた説だろう。

 そして丁度少し前に私は巻き起こる強烈な竜巻を目にしたばかりだ。となると、彼女はあの竜巻に巻かれて天高くに投げ飛ばされた挙句、数分にも及ぶ空中浮遊を経て石畳に投げ飛ばされたことになる。

 ……生きているはずがない。


 私はとっさに手を合わせてうろ覚えのお経をなむーっと唱え始めた。

 メイプルがぎょっとしてこちらを睨むほどの怪しげな妖力を秘めた私のお経には、一種の神通力めいたものが宿っていたようで落下死体がむくりと起き上がった。

 それにはさすがの私もぎょっとして、さっきからぎょっとしっぱなしのメイプルと共に動く死体を睨んだ。


「あのババア、弱ってたのになんちゅう威力の魔法を使いやがるんだ」


 本来ならば原型を留めていることはあり得ないはずの彼女の顔面は全く傷ついていないようで、チャームポイントのいかつい眼帯も健在のようだ。


「カロリア! なんであなたが?!」


「……よォ、アウナ。ちゃんとみんなを連れてきてくれたみたいだな」


 そう言うとカロリアは何事もなかったように立ち上がる。

 ローブを叩いて汚れを落としながらキョロキョロと辺りを見渡しているが、何か落とし物でもしたのだろうか。魔女特有のあの三角帽子を彼女は被っていないが、おそらく近くを探しても見つかりはしないだろう。


「カロリア、ねえ、何があったの。あなたサンザロナ様の部屋に行っていたのよね」


「あァ。助けに行こうと思って部屋に入ったのが間違いだった。巻き添えくってぶっ飛ばされた」


「……巻き添えを?」


 カロリアは落ちてきたばかりの人間とは思えぬほど元気溌剌に私たちを従えてサンザロナさんの下へ助けに行こうと提案した。

 もちろんその為に息を切らしてここに来たのだから異論は全くないが、アウナさんはそうでもないらしい。

 アウナさんは足を止めて、なにか思案している様子であった。心配したメイプルが彼女の側に近づいた。


「どォーしたよ、アウナ! 早く行ってサンザロナ様を助けようぜ!」


「あの部屋にはルーがいたわよね。ルーはどうしたの?」


「知るかよォ! 私と一緒にぶっ飛んだんじャねェーか?」


「あなた、本当にカロリアなの?」


 その言葉で時が止まった。


 何やら気まずい空気が辺り一帯に立ち込めて、私は視線を二人の間で行ったり来たりさせる以外出来なかった。

 ハゲがこれ見よがしに大きく舌打ちをした。「喧嘩なら後でやれ」


「おォ、そうだ。このオッサンの言うとおりだ。何が気に食わねェか知らねえが、今はそういうのナシで頼むわ」


 ハゲの言葉により時は動き出して、カロリアはづかづか先に進む。

 パランもハゲもそれにつられて歩き出したので私もサンザロナさんの救出に向かうために足を動かそうとしたが、いつの間にやら今度は私の側に来ていたメイプルがズボンを掴んでいて上手く足を動かせなかった。

 あっちにこっちに意味なくうろちょろするのは子供の特権であるが、今回の場合は好奇心に端を発する落ち着きのなさではなく、一番信頼して落ち着ける場を提供してくれる筈のアウナさんの様子がおかしいからだ。そういった視点から考えると、メイプル的に私はこのメンバーの中では二番目に頼りになる存在という事になる。大人なのに弱っちいというポイントが、子供ながらに親近感を抱かせたのかもしれない。


 安心を求めて右往左往するメイプルに少しでも気を休めてもらおうと、私はなにか気の利いた言葉でもかけてやろうと試みた。その際に、子供と話す時は同じ目線の高さで目を合わせると良いと、どっかで聞き及んでいたので私はズボンを掴むメイプルまで視線を落とした。

 視線を落とすまでに至ったのであれば、次には腰を落とすべきなのだが、私は然るべき次の動作に移行する事はなかった。メイプルの視線が全く違う方向に釘付けになっていたからだ。私も釣られて視線をメイプルの見ている先に動かした。

 メイプルが元々大きい目を更に大きくして驚いて見つめていた先はアウナさんだった。私も彼女の方を振り向いて驚いてしまったが、アウナさんは杖と小瓶を取り出してカロリアを攻撃したのだ。

 小瓶から飛び出した香りを放つ粉末はまっすぐにカロリアの方へと飛んでいったが、途中で何かに叩き落とされるように彼女に届く前に飛散した。

 私の目には何が起きたのか様態が知れなかったが、どうやらアウナさんの攻撃を迎撃したのはカロリア自身であるようだ。


「おい。なんのつもりだ? おい、何のつもりだよ……。アウナァ!! なんのつもりだァ!!」


 振り向きざまに叫ぶ彼女の形相は怒りに満ちており、今すぐにでもアウナさんに飛び掛かっていきそうな剣幕である。


「あなた、本当にカロリアなのね……」


 その様子を見てアウナさんは呟いた。

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