第14話 悪の秘密結社、魔女と手を組む

 暗い森を捨てるという決断には大いに驚かされたが、更に今回の奸計を策謀する孔明気取りを頭からムシャムシャしてやろうと言い出すではないか。

 

 裏でたくらみをこねくり回して何やら良からぬことをしでかそうといているフィクサーの手により、生息地を追われる羽目になった彼らに同情の余地が全くないわけではない。

 しかし新天地を目指してエクソダスに勤しむというのであるなら、私としては血が流れることなく非常に平和的に終わるのでちっともやぶさかではなかった。

 言い出しっぺとしてはそれだけで終わっては、腹の虫がおさまらないようだが。

 

 あくまで流血沙汰を望む暗い森の王は同族の撤退をスムーズに指揮しながらも、数人の部下をインバトへ潜り込ませて魔女たちの動向を伺った。 

 暗い森を後にした獣たちはここより南東に位置する森へ一先ず退避したようだ。

 あそこには死の道があるので好き好んで近づく輩は私のような気の毒でやんごとない事情を抱える者だけだろう。隠れ家にするには持ってこいの立地である。

 

 日ごとに獣たちの毛深い気配が薄まる森の中、情報収集に駆け回っていたエージェントが有益な情報を齎した。

 

 計画実行はこれより三日後の正午。

 

 その鼻の良さを遺憾なく発揮して重要な情報を嗅ぎつけた部下を森へ逃がすと、その日の夜に極悪毛玉はインバトへ乗り込む算段を付けた。

 もちろん一人でそんな所に放ったら、市民も魔女もコイツもタダでは済まない恐れがあったため、我々も同行することにした。

 かなりごねにごねてあわやインバトへ向かうタイミングを逸しかけたが、最終的にはミチが握り拳を天高く掲げることにより解決した。

 〝困ったときは拳で解決しろ〟とはアメリカ合衆国初代大統領ジョージ・ワシントンの言葉である。……ジョージ・ワシントンはそんなこと言ってない? なら私の言葉である。

 

「この時の姿の俺はハラウスと呼べ」

 

 巨大な黒い毛玉は見る見るうちに萎んでいき、ハラウスという名前を持つ人型の筋肉の塊へと変貌した。

 

 別にそのこと自体は奴がパランと同じ生態の生き物であるからして驚くことに値しない事象だし、街中でバカでかい獣の姿のままではどうあがいても目立ってしまうから人の姿になることも変ではない。

 とは言え十メートルほどの巨体を人間の形へ圧縮した結果、まるで身体の中にダンプカーでも搭載しているかのようなゴリゴリマッチョで身長二メートル越えの巨漢になったのは少々驚いた。

 しかしそれ以上に驚かされたのは、あれほどふさふさであったにも関わらず人の姿の際は頭に毛一本生えていないことだ。

 

「こんなんハラウスじゃなくてハゲウスじゃん」

 

 思わず口をついて出たメイプルの言葉により、これから奴はハラウスではなくハゲウス、あるいは単にハゲと呼ばれることになるのだが、それは今は全く関係のない話だ。

 

 インバトへまんまと潜り込んだ我々は魔女教会で動きがあるまで息を潜めて待機した。

 その際に待機場所として宿を工面する必要があったが、そこはメイプルが魔女であることが役に立った。この街では魔女というのはそれほどまでに尊重される存在なのだ。

 

 しばしば街にまだ残ったハゲの手下が下手に動けない我々に情報を持ってきたが、作戦が決行されるまでこれといった動きは教会に見られなかった。

 

 部屋を男女で分けたせいで私は時が来るまでに訪れた三回の夜を震えて過ごす羽目になったが、何とか五体満足でその日を迎えることが出来た。これも日ごろの行いと、薄壁一枚挟んだ先にミチがいてくれたおかげだろう。

 

「さて、いよいよ今日な訳だが」

 

 一つどころに顔を集めて、最後の作戦会議を始めようとしたところでハゲがへの字の口を開けた。

 

「お前達は邪魔だからどっかに行ってていいぞ」

 

 この期に及んでまだそんなことを言うか。まだグーが足りんと見えるな、このハゲ。

 

「ここまであっちこっちに首を突っ込んできたんだ。私には最後まで事の顛末を見届ける権利がある」

 

 無駄な問答を行わずに最初はグーで黙らせてもよかったが、紳士的な私は決戦前にチームの和が乱れることを懸念して平和的な解決を試みた。

 

「それにさ、アンタが色んな人に酷いことしないか見張っておかなきゃ」

 

 パランが私の平和的意思に続く。それを聞いたハゲはフンと忌々しそうに鼻を鳴らした。

 

「奴らが俺たちに気づいてるって可能性は低いんだ。好きにしろ。でも邪魔はするな」

 

 いざとなったら嬉々としてミチに邪魔をさせる訳だが、ここは一先ず頷いてやろう。

 私の快い返答の中に邪な考えがあることを見抜いてか、奴はしかめっ面のまま目線をメイプルへ動かした。

 

「お嬢ちゃんもそこんところを弁えれば、お家に帰るなり、お仲間のところに行くなり、好きにしていいぞ」

 

「私もアンタ達と一緒に行く」

 

 懐の深さをこっそりアピールしつつ、邪魔者を退けようとするハゲの浅ましい計画はメイプルの据わった覚悟によって即座に粉砕される。

 どいつもこいつも言う事聞かずに奴は低く唸るばかりだ。

 

「メイプル、いいのか? 私たちと一緒に居ればもしかしたら教会側から敵と見なされるかもしれない」

 

「大丈夫。それに皆を騙して酷いことさせようとする奴らは絶対許さないんだから!」

 

 私の心配にもメイプルは即答する。

 よっぽど覚悟のほどは硬いらしい。少し前までは単なる生意気なクソガキかと思っていたが、それは彼女の単なる一面に過ぎなかったようだ。

 

「ふふ。頼もしい限りです。メイプル」

 

 メイプルの心意気に頼もしさを感じたのは私だけではなく、いつの間にか現れたアウナさんも同感らしい。

 

「って、アウナさんがどうしてここが?!」

 

 脈略もなく急なことだったので、私は驚きのあまりどっかで耳にしたことのある構文を口にしてしまった。

 メイプルが驚愕の声を上げるそのすぐ隣でハゲが暗黒の本性を露わにする。

 

「やっぱりお前らは邪魔だったんだ。まあいい、一匹ぐらいならすぐにやればいいだけだ」

 

 岩のような筋肉で武装した腕が徐に毛むくじゃらに変貌していく。

 他の箇所には変化が見られない為、コイツは部分的に身体を人と獣で切り替えることが出来るようだ。

 なら頭皮を毛で覆えばいいのに。

 

 問答無用でアウナさんを引き裂こうとする気が、毛と共に身体から溢れ出していた。

 このまま放置することは得策ではないと私は即断し、手を挙げてミチに合図を送る。ミチはすかさずハゲを止めるために間に割って入った。

 ミチには煮え湯を浴槽いっぱいに飲まされてきた奴は、せめてもの抵抗で隠していた爪を出すが、ミチの向こう側のアウナさんには手を出せずにいる。

 

「安心してください。私はあなた方の敵ではありません。むしろ味方です」

 

 彼女の言葉が友和の為に発せられたものではなく挑発の為に発せられたものと判断したのか、ハゲはミチを押しのけてアウナさんの下へ近づこうとしたが、ミチはまるで地面に深く打ち付けられた杭のようにビクともしない。

 

「アウナさん! ごめんなさい! 私、心配かけちゃって!」

 

「いいんですよ。少し見ないうちに大きくなりましたか?」

 

 ハゲの醜いおしくらまんじゅうをよそに、メイプルとアウナさんの感動的な再開の義が執り行われていた。

 多分メイプルはちっとも大きくなってないけど、余計なことは言わないでおこう。

 

「茶番はやめろ。虫唾が走る」

 

 この男は余計なことばかり言う。少しは私の気配りというのを見習ってほしいものだ。

 

「そちらの方は?」

 

 奴の身体に現れた変化を見れば素性はなんとなく知れるだろうが、アウナさんにとっては初めましての人物だ。まずは自己紹介から始めるのが筋というもの。

 あのハゲにはそんな気はなさそうなので私が代わりに他己紹介してあげよう。

 

「えっと、この大男はですね」

 

「いいか。お前達がどう思おうが、俺に味方なんていない。殺す理由がない生き物と、殺す理由がある生き物、俺にあるのはその二種類だけだ」

 

 私の言葉を途中で遮るばかりか、殺す殺さないと物騒なことを言いだすではないか。このハゲ野郎は血生臭いことを息するように言いやがる。

 

「そしてお前にはあるぞ、理由が。魔女のお嬢ちゃん。俺の庭を焼こうって奴がのこのこ姿を現すなよ」

 

「その口ぶりからすると、あなたは暗い森の獣人たちの王ですか」

 

「獣人ではない人獣だ。お前達にとってはただの言葉だろうが、俺達には深い意味がある。まあ、これから死ぬ人間にはあまり関係のない話かもな」

 

 暗い森を仕切る統領の存在は魔女教会も周知していたらしい。

 しかしミチにがっつり取り押さえられた状況で、なんでコイツはそんな攻撃的なことを言えるんだろうか。普通に恥ずかしくないのかな。

 

「アウナさんが味方という事は、やはり森を焼く計画を裏で操ってるのは」

 

 地面に押し付けられて拘束されているハゲの事は無視して、私は状況の確認に尽力することにした。

 

「魔女教会とは別の者です。それが具体的に知恵の子らなのか、他の第三者なのかはわかりませんが」

 

 やはりそうだったか。我々の考えは間違ってはいなかったようだ。

 

「ねえ、そこまでわかってるなら森を焼くのは止めてよ。みんな避難はしてるけど、あそこは故郷なんだ」

 

 パランの懇願は尤もなものだ。だが、帰ってきた答えは実に残酷なものだった。

 

「申し訳ありません。パランさん。それは出来ないのです」

 

「なんで?!」

 

「確固たる証拠がありません。それに……」

 

「それに……?」

 

 アウナさんは思わず付け加えてしまった言葉の続きを言い淀んだ。

 私はなんとなく察してしまった。それに続く言葉がどれほど残酷なものかを。

 

「都合がいいんだろう。俺たちがいなくて」

 

 そしていつもこういう時に察しの良さを悪い方向で発揮するのだ、このハゲは。

 

「確固たる確証がないから、事を止められないなんていうのは理由の一面でしかない。今更綺麗でいようだなんてちょっとズルくないかい?」

 

 雑巾代わりに床に押し付けられている奴に言われると不思議な説得力があるような気がしてくる。

 

「味方なんだろ? 隠し事はよしなよお嬢さん」

 

 相手の立場を利用して優位に事を運ぼうとするハゲの話術には、極悪毛玉たる所以が滲みだしていた。

 アウナさんは考え込むように目を閉じた。

 

「そうですね。フェアではなかったですね。……森を焼くことで知恵の子らにしろ、他の黒幕にしろ、その尻尾を掴めるならそれは大した犠牲ではないと考えています」

 

 しばし瞑想していた彼女は観念したように目と口を開いた。

 

 残忍な話であるが、彼女たちの立場からすれば当然な話でもある。

 自然保護組織も動物愛護団体も存在しないこの世界で、森の一つや二つ焼いたところで魔女たちが失うものは多くはない。特に抵抗が予想されていた獣たちがそそくさとどっかに行ってしまったというのならば、損失は限りなくゼロに近いだろう。計画を決行しない理由を探す方が難しい。

 

「だから、私たちは怪しんでいても計画を実行に移しました」

 

「そんな……」

 

「一々こんなことで傷つくな。何かを得るために何かを犠牲にする、それが自分たちとは関係ないならなお良し。そう思うのはごく自然の話だ。犠牲にされる側としちゃムカつくことこの上ないが」

 

 色々ややこしい話も出来るが、ハゲのこの言葉が一番シンプルで適切に思えた。

 この世界中に幾ら溢れかえってようが、どれだけ正当に見える理由があろうが、誰も彼もが当然のようにやってようが、踏みつけにされてムカつかない奴のが珍しい。

 

「本当に……ごめんなさい」

 

 奴の言葉がどれほどこの場に居る全員の心情にケリをつけるものであったとしても、アウナさんは謝罪を口にする以外なにもできなかった。

 

「そろそろ降りてくれ。毛のない俺の上に乗ってたって面白くないだろ」

 

 ハゲが覇気のない声で言うが、それも無理からぬ話だろう。自分で毛がないと認めるのにはかなりの胆力を要したはずだ。

 ミチが確認の意志を込めてこちらに視線を寄越すのを認めて、私は静かに頷いた。

 

「さて、ムカつく魔女のお嬢さん。俺は根に持つタイプだが、意外と冷静な一面もある。命が惜しいんで今回はあんたらを皆殺しにするようなことはしない。ただ、今回のくそったれの計画を企んだ阿呆を引き裂くことは、許してくれるんだろう?」

 

 身体を叩きながら立ち上がると、ハゲはアウナさんの近くへ歩み寄った。

 奴が本当に冷静かどうかはわかりかねるが、手を伸ばせばすぐにでも細い喉へ指が届きそうな距離まで接近を許してしまった時点で止めに入るのは間に合わなさそうだ。

 

「ええ。もちろん」

 

「なら今はそれで十分だ」

 

 アウナさんの回答に対してハゲは手を伸ばす。

 それは彼女の腹部あたりで止まり、相手の手を受け入れるかのように手のひらを開いた状態で停止した。

 どうやら冷静さを欠いて顔を青くしたり赤くしていたのは私一人のようだ。

 暗い森の王と魔女が手を取り合った歴史的瞬間を目の当たりに出来たのは大変名誉なことだろう。

 

「さて、これでお前たちの心配事はなくなったよな。本格的に消えてくれて構わないぞ」

 

 だからと言って、奴の言いなりになる気はない。

 

「なんでそんなことを言うんだ」

 

「ほんのちょびっとでも戦力は必要だったから貴様らでも当てにしようと思ったが、魔女教会が協力するなら用済みだ」

 

 もしかしたら奴の言動は私達の身を案じているのかもしれない。

 そう思うことにしても、二メートルを超す長身のハゲに典型的ツンデレのような思いやりをされてもちっともうれしくなったりはしない。

 

「ヤダね。私だって黒幕野郎にはムカついてるんだ。最後までやる」

 

 パランも私と同感らしく断固として戦い抜く姿勢のようだ。

 奴がこちらを向いたので私は力強く頷いた。

 

「お前らには本当に敵わん」

 

 そう呟く奴の口角は少しばかり上がっているようだった。

 その一笑に含まれるニュアンスが肯定なのか否定なのかは私にはわかりかねるが、凶暴性ばかりに目が行きがちな奴の振る舞いから考えると私達の関係は殺す必要の有無よりは健全なものに仕上がってきているように思える。


 かくして魔女獣連合と愉快なおまけ達は結成されることと相成った。

 目標は裏でこそこそいやらしく策を弄する黒幕の討伐。

 魔女教会と獣たちの身を削るような覚悟により、その尻尾は掴んだも同然といったところである。

 

「ところでなぜ私達のいる場所がわかったのですか?」

 

 宿をチェックアウトして魔女教会へと向かう道すがら、私は突如として現れたアウナの手腕に疑問を呈した。

 

 見つからぬようにとこそこそやっていたが、恰も居場所を最初から把握していたかのように良いタイミングで彼女が我々の前に現れたのには、何らかの魔術的要因が関わってくるのではないかと私は推察していた。そして、その推理は概ね当たっていた。

 

「カロリアという魔女の魔法です。彼女は傷の魔法を使えます。その魔法で傷をつけた場所から周囲を見ることが出来るのです。それであなた方を見つけました」

 

 カロリアと言えば私たちが怪しんでいた魔女の片割れではないか。彼女がアウナさんと手を組んでいるとなると、黒幕側の人間ではないようだ。

 

 予めこの街にはカロリアの覗き穴にするための傷が様々なところにつけてあるらしい。

 私たちの時代で至る所に監視カメラがあるような感覚だろう。彼女のこの索敵範囲の広さこそが神出鬼没なテロリストである知恵の子らの捜索係に任命された大きな要因らしい。

 

 私の疑問に答えてくれたアウナさんは続けて、私達を迎えに行く前にカロリアから聞かされていたことを話してくれた。

 カロリア氏曰く、今朝から怪しい奴らを多く見かけるようになったという。それは即ち知恵の子らの連中のようで、森を焼き払う作戦だけでは飽き足らず、おそらく派手に大暴れすることで教会に残った数少ない魔女たちにも陽動を仕掛けようという魂胆なのだ。

 

「陽動とわかっているなら無視するだけでいいんだがな」

 

 そういう訳にはいかない事をわかっていながらハゲが冷淡な笑みを浮かべる。

 森は燃やしてもいいが街は燃やしてはならない。

 森の住民としてはなんとも納得しがたい理屈であるのは理解できるが、それから先をわざわざ言葉にしないだけ奴にしては気を遣った方なんだろう。

 街中で悪意ある者がうごめいている事を見て見ぬふりは出来ないので、既に魔女教会は知恵の子らの陽動にまんまと引っかかることにしたようだ。教会の方角から幾つかの人影が飛んでいく姿が見えた。

 

 そういえば魔女なんだから、ああやってほうきとかに跨って飛べるはずでは。えっちらおっちら地面を蹴って移動するのは非効率だ。

 

「すみません。ほうきの飛空術は限られたものにしかできないのです」

 

 私が尋ねるとアウナさんは非常に心苦しいといった表情で謝った。

 なんだか夢が壊れる話であるが、そういった事情ならば彼女たちを責める訳にもいかない。

 私たちにはお母ちゃんからもらった立派な二足があるのだから、今は遮二無二に魔女教会の立派な建物まで走るだけだ。

 

 知恵の子らの陽動により魔女たちが動いたとなれば、敵はそこをすかさず狙うだろう。

 ここまで策を弄して教会から人払いをしたがっているのだから狙いは魔女教会にある何かであることは想像がつく。しかし、その何かとはなんだろうか。

 

「魔女教会には何か貴重な物とかあるのですか?」

 

「ええ。沢山ありますよ。魔女教会は魔法的異物の保管、研究、開発に余念がありませんから。知恵の子らが関わっているのならそういった類のものが狙われる可能性は大いにあります」

 

 アウナさんはだけど、と言葉をつなげる。つなげるが、その続きは中々出てこない。あの時と同じくあまり口にしたくない事柄なのだろう。

 

 ミチを除く全員がそのことを察して、静かにアウナさんの言葉を待った。あのハゲですら空気を読んで沈黙を決め込んでいるのには少しばかし驚かされる。

 暫くして覚悟を決めてようにアウナさんは言葉の続きを紡ぎ始めた。

 

「だけど、もし、彼らの狙いがビッグハットならば……」

 

 ビッグハット。私がその単語をどこで聞いたか思い出そうと記憶の引き出しを確認し始めた時であった。

 我々の前方、具体的には魔女教会で凄まじい局所的暴風が炸裂したのである。

 

 特徴的であったキングスライムみたいな塔が一瞬に粉々になり、建物の残骸が辺りに飛び散ったのが見えた。

 その凄惨な光景を目の当たりにしてアウナさんが悲鳴にも近い声を上げた。

 普段物腰柔らかで、感情的にならなそうな彼女がヒステリックな声を上げるのだからよっぽどあのキングスライムに思い入れがあったのだろう。可愛そうに。まさかバギクロスで一撃で倒されてしまうだなんて。

 

「サンザロナ様!」

 

 彼女はそう叫んだ。

 今の私は知らぬことだが、すぐにその名前がこの街の魔女教会を仕切るビッグハットと呼ばれる大物魔女の名前であることを知る。

 そして、ビッグハットとはゼジンさんと同じ肩書であることも、ほぼ同タイミングで思い出した。

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