第13話 魔女教会、身内を疑う

 暗い森の頭目が極悪非道の仕返しを企てるのと時を同じくして、魔女教会内でもやり返す準備をしている者がいた。

 

 アウナはシャンテンを連れて、とある魔女の下を訪れていた。

 

「カロリア。少し時間いいかしら」

 

「ああン? なンの用だ」

 

 暗い森を焼くように情報を操作したのではないかと我々が疑っていた二人の魔女、その中でもあからさまに怪しい見た目をしているカロリアにアウナも目星をつけたようだ。

 

 右目に眼帯をし、教会で支給されたローブと帽子に著しく改造を施した彼女のファッションセンスはあからさますぎてむしろ迷彩の役目すら果たしている。

 そこらにあった椅子を雑に引っ張り出して、カロリアは大げさに腰を掛けた。

 手入れなど碌にしていなそうな跳ねに跳ねて棘みたいになっている髪をかき分けて、挑発的な笑みを浮かべている。

 

「てめェの後ろにいる奴、知ってるぜ。アタシがしょっ引いて来た連中を尋問してるときに会ったな。記憶の魔法を使う奴だろ」

 

 シャンテンは嫌のことを思い出したようで、顔を青くさせながらアウナの後ろに隠れた。

 その様子を見て、カロリアは呵々と笑う。

 

「てめェ、ルーとは親戚かなんかか? ああ、でもアイツは霧の魔法だから、全然違うか」

 

「カロリア。もういいでしょ。シャンテンの魔法を知ってるなら素直に協力してくれるわね」

 

「アタシを疑ってるわけだ。でもよォ、アタシは奴らを狩ってる方だぜ? それにさァ、身内を無暗に疑うなってのは、サンザロナ様の意向だろ」

 

「私は別にあなたを知恵の子らの一員だなんて考えていないわ」

 

「じゃァなにを考えてそのチビを引っ張ってきた」

 

 カロリアは腰にぶら下げたカバンから刃物を取り出す。

 一般的なイメージの鉈のように片刃の太さがあり、刀身は切っ先が平らになっている。しかし刃渡り六十センチにも及ぶ刀身を持つそれは、木材を切ったり動物の解体に使うようなものとは違う用途を持っているように思われた。

 

 そんな恐ろしいものを見せびらかすのには、威嚇の意図があることはその場の誰もがわかっていることだ。

 シャンテンはアウナにそそのかされて、こんなところにやってきてしまったことを激しく後悔していた。

 カロリアの隻眼がまっすぐにアウナの顔を睨みつける。アウナも彼女の一つだけの瞳を見つめ返す。

 

「知恵の子らとは別に魔女教会に攻撃を行う者がいるのだと私は考えてるの」

 

 先に口を開いたのはアウナだった。

 シャンテンには会話と鉈の行方がどうなるか、ドキドキしながら成り行きを見守ることしかできない。

 

「それがアタシだって言うのか?」

 

「違うわ」

 

「じゃア、誰だ!」

 

 叫び声をあげながら鉈の頭で床を叩いてカロリアが立ち上がる。

 

 もはや万事休す。シャンテンのネガティブな頭脳は死を悟って、少々早めの走馬灯をその脳裏に映していた。

 しかもその大半がベッドの上でぐーたらと寝て起きてを繰り返し、意識がある間は本を読んでるだけのものである。歳月を経ても似たような驚くほどしょうもない内容しか映らないために、シャンテンは自らの人生の薄さを儚む結果となった。

 

「血のエアトリーチェ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、カロリアは不意を突かれたように目を見開いた。しかし驚きはそう長続きせずにすぐに嘲笑めいた笑みに変わった。

 

「そりゃァ、どういう根拠があって言ってんだ? まだ知恵の子らの手先だろって言われる方が納得できるぜ」

 

 なんだかわからないが、今にも鉈を片手にこちらに襲い掛かってきそうな剣幕は鳴りを潜めている。

 一応助かったっぽいがまだまだ予断を許さぬ不安定な状況であることは間違いない。脳裏に未だ流れ続けるしょうもない人生を振り返りつつ、シャンテンは自らの無事を天に祈り続けることに従事した。

 そんなシャンテンに目配せをしてから、アウナは話を続けた。

 

「サンザロナ様がルーと何をしているか、あなたは知っている?」

 

「知らない。なんか大変そうだけど……」

 

 喋ってる途中でカロリアは何かに気づいたようでアッと声を上げた。アウナがそれに頷く。

 

「いや、でもよォ……てか、なんでアタシなんだ? オマエはなんで知ってんだよ。なんで知恵の子らじゃないと断言できんだ?」

 

 一気に吹き上がった疑問への対処の前に、アウナは椅子を二つ引き寄せると腰を下ろして一息ついた。シャンテンも勧められるまま着席する。

 焦らすような態度に歯がゆさを覚えながらもカロリアも二人を見習って椅子に座った。

 こうして全員が着席して、落ち着いて会話ができる雰囲気になったところでアウナは疑問の解消を開始した。

 

「そもそもなんで暗い森を焼く計画を早めることになったの」

 

 関係ない話をしだした、とカロリアの目が暗にそう語る。

 他の人より一つ少ないのに人一倍に雄弁な彼女の目を見つめ返すだけでアウナは要望を呑むことはしなかった。

 カロリアは降参して、問いに答えることにした。

 

「それは知恵の子らがあの森に隠れてやがるらしいから。あー、あとアレだ。アイツ。領主のデブがなんかうっせーから」

 

「じゃあ、その知恵の子らの居場所を突き止めたのは誰?」

 

「それはニッチェが……あン!?」

 

 先ほどと同じようにカロリアは喋ってる途中で何かに気づいて思わず声を上げた。

 

「先に言っておくけど、私は元々ニッチェを疑っていました。でも情報を集める過程でシャンテンを巻き込んでしまったから、今回は少しまどろっこしいけど安全な手段を取ったの」

 

 ちっとも安全な心地はしなかった。

 シャンテンはエンドロールを迎えた走馬灯を脳みその奥深くにしまいながら、心の中で口を尖らせた。

 

「あなたにも手伝ってほしかったしね」

 

 それを知らずにアウナはカロリアに寄せる信頼を口にする。

 

「アタシもグルっては考えなかったのか?」

 

 照れくさそうに顔を掻きながら彼女は意地悪な質問をした。

 アウナは回答の代わりに、後ろで胡散臭そうに二人の会話を聞いていたシャンテンに視線を移した。

 彼女の抜け目のなさにカロリアは笑うしかなかった。

 

「ニッチェも狩る側だ。そうなりゃ知恵の子らとは別の奴が動いてるって考えても不思議じゃねェか」

 

「もちろん知恵の子らと繋がってる可能性はあるけど、今はそれほど重要じゃないわ」

 

 カロリアは背もたれに大きく体重をかけて、椅子の前足を浮かせた。ギシギシ音を立てつつ、突っ張った足でうまいことバランスを取っている。

 しばらくの間そうやってロッキングチェアのように前後に揺れて、カロリアは考え込んでいるようだ。

 

「森を焼くのにレイを向かわせて、知恵の子らどもの始末はアタシが担当してる。なるほど、ここで戦闘向きの魔法を持ってる奴らを上手く散らしてるわけだ」

 

 揺れながら情報を整理していたカロリアは、黒幕の魂胆に少なからずの賛美を送った。

 

「特に暗い森の方は面積もそうだけど、獣たちの反撃も予想されるわ。人員を裂かざるを得ない。サンザロナ様が森を焼く計画を渋っていたのは、なにもあの方がお優しいだけではなかったわけよ」

 

 再び大きく椅子をきしませて、カロリアは飛びのくように椅子から立ち上がった。

 その大げさすぎるアクションにシャンテンは何事かと、身体をびくつかせる。

 

「よし! もうわかった。アウナ、オマエはもうあんまし余計なことはすんなよ。相手が攻めてくる時がわかってンなら、それに越したことはねェ」

 

 巨大な鉈をくるりと回してから、背中のバッグに収納する。周りに人や物がないことを確認してからしか行えないパフォーマンスだ。

 

「ねえ、カロリア」

 

「ン? なんだ」

 

「このこと、レイやサンザロナ様にも伝えたほうがいいかしら」

 

 敵がどこまで魔女教会に潜り込んでいるかわからない以上、慎重にならざるを得ない状況である。サンザロナやレイが信用にたる人物であると考えていながらも、行動するかどうかをアウナ一人では決めかねていた。

 

「ンー。サンザロナ様はもうとっくに色々知ってそうだしなァ。レイはレイで教えたって、森を焼くのはやめねェと思うぞ。アイツはそういう奴だし……まあ、それとなく伝えといてやれ。ニッチェについてはアタシに任せとけ。なァに、この右目からはヤツだって逃れられねェよ」

 

 カロリアが歯を見せて笑うのに、アウナは安心したように頷いた。

 

「くれぐれも無理はしないでね」

 

「無理はしてなんぼだぜ」

 

 最後にそう言葉を交わして二人はカロリアの部屋を後にした

 

「あの……アウナさん」

 

「なんですか?」

 

「アウナさんとカロリアさんは昔からのお知り合いなんですか? なんだか親しげでした」

 

 普段のアウナはもう少し丁寧な口調であることと、どっからどう見ても信用できる人物像ではないカロリアにこの重要な話を伝えたのは何やら昔からの縁による贔屓があるのではないかとシャンテンは疑ったのだ。

 その疑いは正しかった。

 

「シャンテンは流石に目ざといですね。幼馴染なんです。彼女とは」

 

 ニッコリと笑うアウナにシャンテンは色々言いたいことを飲み込んでいつも通りのぎこちない笑みを作った。

 

「ああ見えて、カロリアは昔はすごく女の子らしかったんですが……いつからかあんなんになっちゃいました」

 

 一緒にままごとをして遊んだこともあったと話すアウナの顔は本当に幸せそうだった。

 彼女との思い出は幸福な記憶なのだろう。その点、走馬灯で見たしょうもない映像の数々ときたら、シャンテンを落ち込ませるのに十分な出来栄えであった。

 

「でも今も大切なお友達と思っています。だから、少しだけ罪悪感があります。巻き込んでしまったと。……慰めてくれます、シャンテン?」

 

「えっと、ふへへ、私でよければ」

 

「ふふふ。ごめんなさいね。あなたも巻き込んでしまって。森を焼く作戦はもう三日後と迫ってます。それまでは私の下を離れないように」

 

「あっ、はい」

 

 危険なことに巻き込まれたことよりも人生の濃密さにおいて、ありありと差を見せつけられたことの方がシャンテンにとっては悲劇的なことであったという。

 

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