第12話 悪の秘密結社、お話を聞く

 知恵の子らについての調査と捜索を行っていたカロリアとニッチェが怪しいと目星をつけた極悪毛玉は、メイプルに彼女らの事を根掘り葉掘り尋ねた。

 その結果わかったことはメイプルが二人についてあまり知らないという事だった。黒毛玉が睨んでいた通りである。

 

 それでも彼女は失踪した姉の行方の手がかりを現状に見出して、あれやこれやと色んな話をしてくれた。

 その中には多くの身の上話も混じっており、当初毛玉は関係のない話だとそれを遮りもしたが、メイプルの必死さに根負けしたのか、あるいは意外な手掛かりをそこに見つけたか、今は口を挟むことなく幼い魔女の話に真剣な面持ちで耳を傾けている。 

 もちろん私とパランは初めから彼女の言葉には真摯な態度を取っていた。この場で唯一まじめじゃないのは毛に絡まったままいつの間にか居眠りしているミチだけだ。

 まあ、コイツには初めからこの手の聞き取り調査に参加することは求めていない。ミチは武力行使を回避できないような緊迫した状況下で活躍してもらえればそれでいいのだ。

 

 メイプルの話してくれた内容は概ね以下のようなものだ。

 

 お姉さんのカエデが忽然と姿を消したのが今から二年ほど前の事。

 その頃から知恵の子らと自らを呼称する連中が活動を開始し始めて、インバトやその周辺でしばしば破壊活動などに勤しんでいた。

 

 活動の場を徐々に広めてはいるようだが、知恵の子ら発祥の地はここで間違いないらしく、故にインバトに拠点を構える西魔女教会が主導で彼らの検挙を行っている。

 奴らは魔法めいた技を使用するが、今まで捕まえてきた知恵の子ら構成員には魔女はいなかったという。

 だがメイプルは何度も姉が使っていた強力な爆発の魔法が街を粉々にするところを目撃してきた。それは私たちがインバトで目の当たりにしたあの惨事を引き起こした爆発のことだろう。

 

 彼女曰く、メイプル一族が使う爆発の魔法は打ち金と火打石による火種を利用して大規模な爆発を引き起こすのが特徴らしく、魔法を使う際に金属同士がぶつかるような甲高い音がするのだというのだ。その為、元々魔女教会の一員であったメイプルのお姉ちゃんを知る者は、知恵の子らの裏側に暗躍する魔女の影を無視することは出来なかった。 

 魔女教会には裏切り者がいる。誰も声高にそのことを言ったりはしないものの、それは教会内の共通認識であることは間違いない。

 

 知っている事を全て話し終えたメイプルはぷるぷると震えていた。

 

「アタシは……アタシはお姉ちゃんに会って、話したいんだ。なんでこんなことをするんだって。それで……アタシは……」

 

 メイプルのお姉さんが裏切り者であることは、彼女含めて魔女教会は殆ど確信しているに違いない。だけど、メイプルはそれを信じたくはないのだと思う。

 身内が間違いに走った罪悪感と憤りに今まで培ってきた思い出が混ざり合って、彼女の幼い心は想像を絶するほどのストレスに見舞われている。

 実際に会って本当かどうか確かめたい。しかし、本当であったときは自分はどうするのか。気持ちの整理もできないままに、痛みから解放されるためにメイプルは闇雲に知恵の子らを追ってきた。

 

 できれば彼女の前途に救いがあることを祈るばかりだ。

 

「そうか。そうか。魔女教会も身内を疑っているのか」

 

 感傷に浸る私を尻目に毛玉はメイプルの悲劇的な身の上話から得た情報に唸っていた。

 自分らの身に危険が迫っているからといえ、こんな子供の可哀そうな境遇に心動かされないのは同じ知性ある哺乳類として許しておいていいことなのか。

 

「なら、俺たちに至れる結論に奴らが至ってないってのは少し間抜けな話だな。それとも魔女たちは身内によっぽど甘いのか?」

 

「どうだろう。西魔女教会を預かるビッグハットのサンザロナ様はお優しい方だから、あんましギクシャクするようなことはしないのかも。後は異端として教会を追い出された魔女も少なくないし、そういう奴らが黒幕だって考えてんのかも」

 

「つまり間抜けで甘いって訳だ」

 

 そう吐き捨てると奴はまた思考に耽っているようだった。

 なんとなく今回の事件の様子がわかってきたが、この森でうごうごしてるだけの獣や我々に出来ることはあまり多くはなさそうに思える。

 メイプルのお姉ちゃんや槍玉に挙がったカロリアとニッチェという魔女もどうにかしたくとも手を出せるような場所にはいないし、今更魔女教会と仲良くもできなさそうだ。

 そのことは巨大な頭目毛玉もわかっているようで、冴えた結論に至ることは出来てはいないようだ。

 

 暫くして、

 

「森は、諦めるべきかもしれんな」

 

 極悪毛玉がそう言った。

 

 今までおとなしくしていた獣たちがここに来て騒めき始めた。

 天下の極悪獣であるこいつがすんなり負けを認めるような発言をしたのだ、暴動の一つや二つ起きたって不思議じゃない。事実、我々の周囲を取り囲む獣たちからは攻撃的な気配がただよい、結論を覆す為には暴力も辞さないという彼らの獣らしいスタンスが見て取れた。

 

「結局死ぬなら俺の腹の中に入りたいってのは殊勝な心構えだな。気に入ったぞ。なあ、お前たち」

 

 しかし、それはコイツも同じことだ。

 同胞であっても仲間ではない。ただ、食料にする優先順位が低いだけだ。そう言いたげに見るだけで血の気が引くような、恐ろしい牙を持ち上げた唇から見せびらかす。

 獣たちの声が少し弱まった気がする。

 やかましい連中が声のボリュームを小さくしたところで、極悪毛玉は先ほどの残忍な牙をしまって冷静な口調で語りだした。

 

「仮に俺たちが森を焼かれまいと必死になって魔女たちと戦ってみろ。その時は全面戦争だ。どちらかが絶滅するまで戦いは収まらないだろう。そして俺たちより人間の方が数が多い。単純な話だ。俺はそんな不利な戦いをする気はない」

 

 残忍。凶悪。暴力的で攻撃的。容赦情けのない極悪モンスター。私が奴に抱いていたイメージは、自然界に生きる動物の印象からは少し離れた所に位置していた。見た目がイヌ科っぽいだけで、コイツはやろうと思えばパラン同様人間の姿にもなる化け物なのだと。

 しかし化け物であっても生き物だ。知性があっても獣なのだ。彼は人間ほど好戦的な生き物ではないらしい。

 

「この森が焼かれるかもしれないという情報を得たことは幸運だった。被害を少なく巣を移動するチャンスを得たのだから。魔女がこの森を取り囲み、火の手が上がってからでは死体の数が増えていた事だろうよ」

 

 その時は群れの統率も利かなくなる。奴は周囲を見渡しながらそう付け加えた。

 獣たちは自身の浅はかさを少しばかし反省しているようで、先ほどまでの萎縮とは違った意味合いで縮こまっている。

 

「ならアンタはこの森を捨てるってこと?」

 

 口を開いたのはパランだ。

 この森と皆の事を心配してここまで何とかしようとやってきた彼女にとって、この決断はやはり納得いかないものなのだろう。

 

「嫌か?」

 

 所詮は縄張りを変えるだけ。そう言いたげに黒い獣は短く言葉を発した。

 パランと彼は同種だが、考えの基準点が異なる。彼は獣寄り。パランは人と獣のちょうど中間だ。

 

「ううん。誰かが死ぬよりずっといい」

 

 だから皆が心配なのだ。それは獣も人も区別なく、生きている皆が。

 

 パランの優しさが垣間見える言葉に私は自然と笑みを浮かべていた。

 この騒動にかこつけて知恵の子らの正体を暴きたかったメイプルには申し訳ないが、この場は穏便に済ませることに徹しよう。

 私も誰も死なないことに越したことはない。

 

「なら悪いことになる。何故なら死ぬことになる奴がいるからな」

 

 そんな我々の平和的志を一瞬で踏みつぶす奴の嫌な笑みは、私が深い毛の中に感じた野性味溢れる知性が単なる勘違いであったと考えを改めざるを得ないものであった。

 

「それってどういうこと?」

 

 不安げにパランが尋ねると、薄らに上がった口角がよりあからさまに角度を増して、あの悍ましい牙がチラリと顔を覗かせる。

 

「ムカつくだろ。裏で糸引いて俺たちが魔女と殺しあうことを楽しもうとしてる奴らがいる。許せねえな。一泡、いや、泡では足りない。血と臓物を口から溢れ出させてやる」

 

 やはりコイツは、極悪非道のモンスターのようだ。

 

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