第11話 悪の秘密結社、尋問をする

 物語は魔女たちの会議が終わる少し前にまで遡る。

 定期的に客人の、特にミチの様子を気にかけろと命令されていたメイプルは、食器を片付けるついでに我々の悪事の尻尾を掴んでアウナに報告してやろうと企んでいた。

 油断なく扉を開けたメイプルの目に真っ先に写ったのは、床でもぞもぞのたうつ私の情けない姿だった。

 

「なにバカやってんの?」

 

 明らかな罠の気配を察したメイプルは声をかけるものの私に近づこうとはしなかった。

 私は出来る限り苦しそうに呻いては、死にかけのイモムシみたいにもぞもぞすることに徹底する。そうやってメイプルの言葉に返答せずに床掃除を続けていると、彼女の関心は他の二人に移った。

 ミチは相変わらず布団の中でグースカやっている。パランは部屋の隅っこで膝を抱えてぐったりとしていた。チラリとテーブルの料理に目をやると一人分は皿が空いていたが、それ以外には手がつけられていないようだった。

 

 メイプルが観念して私に近づいて会話をしようと試みたのは、クソガキらしからぬ彼女の優しさゆえだったのかもしれない。その優しさを利用することになってしまったのには少しばかり罪悪感があるが、私も悪の秘密結社の構成員の端くれだ。時には心を鬼にしなければ。

 

「は、腹が……急に……く、薬を……」

 

「あー、ハイハイ。わかったわかった。アウナさんに伝えてきてあげるから」

 

「お、お願いします……早く、ほんとに早く……」

 

「わかってるってば! もう、ほっんとウザいおっさんだな!」

 

 私がメイプルの両手を握るのが作戦決行の合図になっていた。

 気配に気づいてメイプルが後ろを振り向いた時には、彼女の前に白い毛で出来たもふもふな壁が屹立していた。

 

 彼女の顔面から血の気が引いていくのが間近で見て取れる。これからどのようなことが起きるか想像できてしまったようだ。その様子を見つつ、彼女の足止めの任を完璧に果たした私は悦に浸っていた。

 ここまで自分の考えた作戦がうまくいくなんて正直期待していなかった。後はこのまま獣の姿になったパランがメイプルを押しつぶせば作戦完了だ。

 …………あれ? それってつまり私も下敷きになるのでは?

 

 私は私の顔面からも血の気が引いていくのを感じながら、観念して目を閉じた。


 

  ◇ 


 

  我々の派手な脱走劇はすぐに魔女教会の周知するところとなった。それも致し方がないだろう。大きな狼が窓ごと周辺の壁を突き破っただけでは飽き足らず、成り行きとはいえ人攫いまでしてしまったのだ。

 獣の口の中でぐったりとしているメイプルと私を見て、魔女たちの幾つもの悲鳴が上がったのを覚えている。その悲鳴の中にはトトンのものも混じっていたことだろう。

 

「それでお前はわざわざこんな所までそれを伝えに来たわけだ」

 

 魔女教会が森を焼き払う計画を企てていることを我々から聞いた極悪毛玉の言葉には、感謝のニュアンスは含まれておらずどちらかというと嘲笑に近い感情が込められていた。

 奴からすれば苦労を背負ってまでこの森のために駆け回るのは理解できないことなんだろう。私も博愛主義者という訳でもないので、パランの為ではなければここまではしなかった。

 

「それで知恵の子らって連中に心当たりは?」

 

「ないな。この森は俺の庭だ。仮にそんな連中が紛れ込んでいるんだとしたら、すぐにでも俺の鼻に付くだろうな」

 

 そう言った後、極悪毛玉は広場に集まった獣たちを一瞥する。

 その眼光にこもった刃物のような冷酷な鋭さが、どのような意味を持っているかを彼らは瞬時に理解して一斉に毛を逆立てさせた。この森の縮図が濃縮された光景だ。

 

「まあ、今は人狼探しに躍起になるより、忌々しい魔女共の対処について考えるべきだろうな。お前たちが持ってきてくれたこの美味そうな土産にも利用価値はありそうだ」

 

 もしも奴の胸毛にミチが絡まっていなければ、らしからぬシリアス一辺倒になってしまい、そのいつもとの温度差により読者の皆々様の心臓によからぬ負荷がかかっていたことだろう。

 あぶないあぶない。この小説のせいで健康を害したとの問い合わせが殺到して、政府から公式に有害図書として指定されては目も当てられない。

 

「さて、知ってることは教えてくれるよな? 美味しそうな魔女のお嬢ちゃん」

 

 私の要らぬ心配をよそに、腹の中まで黒い毛玉は未だにシリアスな雰囲気を漂わせている。

 鋭い槍のような爪先が、メイプルの柔らかい頬を撫でた。

 可愛そうなことに幼い彼女の顔からは完全に血の気が引いており、今にも泣きだしそうに顔を歪めている。

 

「街のどこかで置いてくればよかったね。焦ってたせいで全然気が回らなかった」

 

 パランが私に耳こする。

 彼女にとって魔女は森を焼こうとする大悪党だ。メイプルの身を気にかけるような道理はないが、この状況はあまりにも気の毒なのだろう。極悪毛玉がうっかりメイプルを引き裂かないか、ハラハラしているようだった。

 

「こうなってしまったのも私の責任だ。メイプルの身は私がなんとしても守る」

 

 いっちょ前に言ったものの、バカでかい獣相手に私が出来ることはそう多くない。奴が癇癪を起した挙句に私の腸を引きずり出そうなんてことは無いと信じて、少女と野獣の間に割って入ろうとした時だった。

 

「ふ、ふふふ、ふざけんなよ! アンタなんかに教えてやることなんて一つもないんだから! ばぁーか!!」

 

 なんとここに来てメイプルが持ち前のクソガキっぷりを遺憾なく発揮したのだ。

 身体の大きさに反して見事な肝っ玉の大きさには感服するが、死期を早めるような無謀な振舞にはちっとも感心出来ない。

 ふらふらと狙いを定めるように、長い爪がメイプルの眼前で円を描いている。それはこれ以上、彼女がヤケクソめいてなにか喚こうものなら、その息の根ともども言葉を止めてやろうとして飛びかかる機会を伺っているように見えた。

 私は鋭い爪が軟な身体に食い込む前に、メイプルを庇う様にして毛玉と彼女の対角線上に立ちはだかった。

 

「待て待て待て待て! どっちも早まるな!」

 

「どっちも? 妙な物言いだな。俺はこんなに落ち着いているのに、どっちもってのは妙だよな。宥めるべきはその震えて可哀そうなお嬢ちゃんだけのはずだ。違うか?」

 

 そう言いながら、長い爪が私の眼前の地面を抉っていく。

 学生時代の現代文のテストは比較的良好な点数を取っていた私であるが、この所作から奴の心情を読み解くのには慎重にならざるを得なかった。なんせこの問題に間違った場合は答案用紙にペケが付くのではなく、私の身体にペケ印が付くかもしれないからだ。

 

「今は弱い者いじめしてる場合じゃないでしょ。あんたらの森が燃えちゃうかもしれないんだよ。まじめにやりなよ」

 

 後方からパランの声が聞こえるが、今はそんな火に油を注ぐような事は言わないでほしい。弾けた怒りの炎で火傷を負うのは、おそらく爪先に最も近い私なのだから。

 

「どいつもこいつも……同じことを言わせるな。俺は至って冷静だよ」

 

 当てなく地面を滑っていた爪がピタリと動きを止めた。

 

「俺は今回の魔女教会の動きについてどうも胡散臭いと考えている」

 

 赤い二つの眼光が、三日月みたいに細くなり、我々を見下す。

 事実、奴は自分で言うように冷静であるようだ。

 手持ち無沙汰に爪をゆらゆらさせていたのは、むしろ私達が冷静さを取り戻すまでの間を保つために無意識に行っていたのだろう。

 冷静でいても落ち着きなく指をそわそわさせる癖を持つ人は珍しくもないが、奴の場合はその指には凶器じみた恐ろしい爪がついているのだ。私達がおっかなびっくりするのも無理はない。

 

「お嬢ちゃんは教えないなんて意地悪言うが、お前なんかが知っている事は高が知れているんだろう?」

 

「どうだろうね。好きに妄想すればいいじゃん」

 

 フン、とメイプルがそっぽを向く。

 これは私の推測だが、メイプルの知っている事柄は私の知っている事と大して差はないだろう。

 改めて前を向き直して私を見下ろす二つの赤い月を見上げると、奴は目を閉じて少し疲れたように鼻を鳴らした。

 

「今までほったらかしにしていたこの森をなぜ今更焼くなんて言い出すんだ」

 

 アウナから聞いた限りでは森を焼く理由は大きく分けて三つ挙げられる。道の整備、獣の駆除、知恵の子らの対処だ。これらには倫理的な問題はあるにしろ、計画を実行する道理にはなり得る説得力はある。

 しかし、理由に挙げた三つのうち、前者の二つは昔からこの森の周囲で生きる人々の悩みの種だったはずだ。最近になって増えた理由は知恵の子らとか言う怪しげな連中が、人の寄り付かないこの森を隠れ家にしているとの懸念だが、魔女たちが何らかの確証をもって潜伏個所を暗い森だと断定しているとは思えない。なんせこの森を仕切る頭目ですらそれを把握してはいなかったのだ。それとも摩訶不思議な魔術を操る魔女にはそれすら可能なのだろうか。

 

「魔女たちがこの森に来るようなことはあったのか?」

 

「お前も少しは冷静になったようだな。……少なくともここ最近は一度もない」

 

「じゃあ魔女には実際にここに訪れなくても、件の連中を探し出せる魔法を使えたりするのか?」

 

 後ろに目線をやりつつ疑問を口にした。

 私の視線からその質問が暗に自分に投げかけられていることを察してか察してないかはわからないがメイプルは真剣な顔をして俯くばかりだ。

 

「魔女共の小賢しい術などについては知らんが、もしそんな方法があるなら街の方でドンパチやってんのは不思議だよなあ?」

 

 疑問に答えたのは極悪毛玉であった。

 この黒い獣の鼻が街まで届くのかどうかの議論はひとまず置いといて、離れた場所でコソコソやってる連中の居場所が掴めるのならば街なかでど派手な爆発など起きる前に止められそうなものだ。

 となると、誰かがこの森を燃やす口実に理由をでっち上げた可能性も考えられる。

 

「なあ、メイプル。知恵の子らって奴らはどういう連中なんだ?」

 

 今度こそは間違えて毛玉が答えないようにしっかりと振り向いてメイプルに質問をした。

 私の質問に対して彼女は引き続きムスッとするばかりで口を開けようとはしない。

 それもしょうがないことか。ここまで拉致してきた挙句に、我々の質問に素直に答えてくれる酔狂を期待するのは幾ら何でも図々しい。

 

「やめとけ。そいつから何かを得ようとしても時間の無駄だ。強情な娘だ。痛めつけたって喋らんだろうよ」

 

 またして毛玉が口を挟んだ。案外お喋りな奴だ。

 端から魔女教会の行動に疑念を抱きつつも、意地悪な悪役狼に徹してきたのは、メイプルがどういう類の人間か腹を探る為だったらしい。

 全く獣らしからぬ悪知恵を働かすものだ。流石は極悪毛玉といったところか。

 

「……知恵の子らは魔女教会が魔法とかの知恵を独占することに反対してる連中の事」

 

 メイプルがポツリと言った。

 私と毛玉は予想外のメイプルの裏切りに暫し固まってしまった。

 

「魔女教会でそいつらの素性を調べてたのは、ミドルハットのカロリアとニッチェだよ!」

 

 しかも、今度は聞いてもいない事まで喋りだすではないか。

 この短時間で一体何が彼女の中で起きたのか、私に想像できるのは精々命の危機を感じて観念したとかだが、我が身大事さ故に仲間を売るならもっと早い段階で大安売りしているはずだ。特に危害を加える可能性の高い極悪毛玉が拷問の必要なしと太鼓判を押してくれたのだがから、このタイミングで喋りだす理由としては不適切に思える。

 だとしたらいよいよ私には彼女の心境がわからない。学校で習ったことなどは肝心な時に役に立たないのだから困る。

 

「ねえ、なんで急に私たちの質問に答えてくれたの?」

 

 パランはこの謎について単純明快な方法で解決しようと試みた。

 本人の気持ちは本人に聞くのが最も手っ取り早いのは小学生にもわかることだが、とうの昔にくたばった偉人やこの世には実際には存在しない小説の登場人物の心情をあれやこれやを用いて読み解く訓練をさせられてきた現代人たる私には、その方法はまさしくげ法に思えて実地に試すことが出来なかった。

 それに私の分析によれば彼女にはよほど複雑な心情があるに違いない。そういったものは他人に聞かれたからといっておいそれと喋るようなものではないのだ。

 

「知恵の子らにはアタシのお姉ちゃんが関わってるかも知れないんだ」

 

 まあ、今回はそれとは別らしいが。

 

「お姉ちゃんが関わってるってどういうこと?」

 

 パランがプライベートなことにづかづか踏み込むと、明らかに興味なさげに極悪毛玉はあくびをかました。

 私だって今はそういう話は関係ないと薄情なことを思ったりもするが、そこまであからさまな態度をとるのは如何なものか。

 これが天をも恐れぬ無法者の為せる技か。

 

「お姉ちゃんは二年前から行方不明になってて……アンタら街なかで爆発があったの覚えてるでしょ?」

 

「うん。覚えてる」

 

「魔女の使える魔法ってのは人によって決まってるの。幾ら勉強したって使えない魔法を使えるようになったりしない」

 

「じゃあ、その爆発の魔法はメイプルのお姉ちゃんの魔法ってことか?」

 

「うん」

 

 身内がテロ組織に所属しているというのは、一体どういう気分なんだ。息子が悪の秘密結社の一員になってしまった、私の両親に話を伺えば多少はメイプルの難解な心情を理解する助けになっただろう。ここが異世界なのが悔やまれる。

 

「お嬢ちゃんが急にベラベラ喋りだした理由はわかった。が、そこまでだ。先に俺の知りたいことに答えろ。お喋りはその後にたあんとすればいい」

 

 毛玉の心無い言葉に非難の声があがったが、奴がそれを聞き入れることはなかった。

 メイプルは覚悟を決めたように立ち上がった。

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