第9話 悪の秘密結社、また捕まる

 ミチにパラン、そして街の人々の懸命な救助活動により日が落ちる前には事態の収拾がついた。

 ショベルカーめいたミチのパワフルさには圧倒されたが、パランの身軽さにも驚かされた。

 街の人々も両名に惜しげもなく賛美を送っていた。彼らを除いては。


「魔女教会の者です。少々お話、よろしいでしょうか」


 様々な感情がしめやかに充満する広場に遅れてやってきた三人の魔女は、ミチとパランとは真反対に顰蹙の対象となった。


「今更出てきて何のつもりだ!」


「肝心な時には役に立たないくせに」


「お前らも酒場の冒険者崩れと同じだ」


「オブランの褥を温めるだけの連中が」


「どうせこの爆発もお前たちがやったんだろ!」


 言いたい放題の市民を軒並み無視して、魔女たちは私たちの前に立った。その中にはあの時、私に職質をしてきた中学生魔女の姿もあった。


「ここでは外野がうるさいので、場所を移しましょう」


 三人の魔女の中で最年長と思われる魔女が静かに提案する。後ろの二人の魔女は詰まんなそうに髪を意地っていたり、苛立った様子でつま先で地面を叩いている。

 周囲の人々は我々の味方だが、彼女の提案を跳ねのけた際の報復が一帯に飛び火しないとも限らない。せっかく救った命をわざわざ危険にさらすのは貧乏性の私には堪える。


 私はミチとパランを引き連れて三本の尖がり頭の後を静かに追った。

 パランとミチだけでも逃がしておくべきか否かで逡巡もしたが、どちらにしたって自分が足手まといになる。事態が私の思い通りになっていない可能性に賭けたほうが、幾分気が楽に思えた。


「パラン、すまない。なんかよくないことになったかも」


「ううん。気にしないで。いざってときはみんなで逃げよう」


 パランも現状が好ましくないことはわかっているようで、そわそわしているものの思慮に欠けた行動は取らないでいてくれている。ミチは絶対に今の状況を把握できていないが、危機的状況にならなければ何も行動は起こさないだろう。


 魔女たちに連れられてやってきたのは街の南のはずれにある小高い丘の上に立った立派な建物であった。これが噂に名高い魔女教会という連中の根城なのだろう。


 巨大な城のような建物からは魔女たちの尖がり帽子を彷彿とさせる尖った塔が幾つも飛び出しており、中央付近にはキングスライムの王冠みたいな形の塔が厳かに周囲を睥睨している。

 なんという威圧感だろうか。それでいて、ここに魔女が居ますよーと公言しているかのような潔さすら存在している。


 田舎者丸出しでキョロキョロと周りを見渡しながら我々三人は魔女たちに導かれるまま、建物の中へと足を踏み入れた。これで袋のネズミになったわけだが、こっちにはショベルカーネズミと狼ネズミが居るのだ。袋ぐらい簡単に破いてみせる。

 ドブネズミである私が前歯を輝かせている間に目的の場所までたどり着いたようで、開かれた巨大な扉の向こうの部屋には縦長の机にその周囲を取り囲むように椅子が設置されており、いかにも会議室といった趣であった。

 私は上座に座っている魔女に招かれて、おずおずと部屋に入った。


 バタリと音を立てて扉が閉まる。後ろを振り向くと私達を案内した三人の魔女っ娘も入室を許可されていたようだ。


「お好きな席に座ってください」


 物腰柔らかに上座に座る魔女が言う。

 私達をここまで連れてくるお使いをこなした少女たちより二回りぐらいお歳を召した彼女は、過ぎた時間に比例するかのように少女らよりもつばの大きな尖がり帽子を被っていた。

 しかもあろうことか巨乳である。私は一瞬でこの魔女が只者ではないことを見抜いた。


 私は魔女が纏う母性に全く油断せず、窓際の席に二人を連れて座った。いざという時に窓から逃げ出せるようにだ。


「あきれた。窓から逃げようって訳? そんなこと出来っこないのに」


 生意気にも私の考えを見抜いたのは、一番最初に私たちに職質をしてきた魔女っ娘だった。

 彼女はあの爆発の時から何やら機嫌を損ねているようだ。初対面の時からあったクソガキ感が増している。


「メイプル。静かに」


 三人の魔女の中でリーダーと思われる女の子が彼女を制した。クソガキのくせにメイプルとはなんとも甘そうで可愛い名前をしてやがる。


「あのぉ……それで、魔女様たちが我々などに何用でしょうか?」


 メイプルのおかげで私は先手を取れた。人畜無害の一般人を装いながらこの場から速やかにおいとましたいものだ。


「今更そんな知らない振りなんて無駄よ。むーだ。第一、アンタらのことアタシ見てたんだから……」


「メイプル」


 ぴーちゃか口の軽いメイプルを一言で止めた上座の魔女の手際の良さには目を見張るものがあった。

 おそらくは長い月日をかけて、あのクソガキに上下関係を叩きこんできたのだろう。


 しゅん、と小っちゃくなったメイプルはぷつぷつ呪文めいたものを唇の隙間から飛ばしているが、あれには何の破壊力もないスカ魔法らしい。


「申し訳ありません。私の部下がとんだご無礼を。私、ミドルハットのアウナと申します」


 セジンさんもビッグハットなんて呼ばれていたらしいが、○○ハットという名称は魔女教会内で使われ役職名なのだろうか。我々の世界で言うところの部長とか課長とかそんな感じの。


 私も挨拶し返して会釈した。

 これでお互い敵意無し雑談して、はい、解散。なんてことにならないだろうか。メイプルの嫌に挑発的な発言は、奴がクソガキ故のものだと信じたい。


「さて、なぜ私たちがここにあなた方を招いたのか、大体察しはついていると思いますが……」


 アウナの口調から私の平和への願いが絶たれてしまったことは一目瞭然である。

 そうなると次に問題になるのは、彼らはどこまで知っているのか、だ。


 メイプルが我々を見ていたなどと口を滑らしていたから、少なくともミチとパランが特異な力を持っていることは知っているだろう。

 では、私とミチが別の世界から来たことはどうだろうか。

 救助活動の合間にそれとわかるような証拠はないし、服装だって知識がなければ変わった衣服だと思うだけだろう。

 本来ならそこまで知れているとは考えにくい。だが、彼女らはあの世界魔女の所属する魔女教会の面々である。セジンさんがそうであったように、世界魔女から別世界について教わっている可能性はある。


 力についても出身世界についてもバレたところでどのようなことが起きるのかはあまり想像できない。ただ、私がセジンさんを探していることがバレていると非常にまずい。こればっかしは容易に結末が想像できてしまうからだ。


 村のように火をつけられたらたまったもんじゃない。どうか知らないでいておくれ。


「単刀直入に聞きます。あなた方は【知恵の子ら】の一員ですか?」


「知恵の子ら……?」


 複数形だから団体名か? 死の道だの魔女教会だの暗い森だの固有名詞が幾つかできてきたが、コイツは初耳だ。


「おぉー、マジで知らないみたい。いや、ほんと、マジでなんも」


 机に顎を付けて自分の三つ編みをいじって遊んでいた魔女が突然驚いたような感動したような、そんな声色で喋りだした。しかもその内容は私の心を見透かしたようなものであった。


「それは、とんだご無礼を」


「えっと、かなり一方的で何がなにやら……」


「彼女はシャンテン。特定の事柄についてその人物が知っているか否かを知ることが出来る魔法を使えるのです」


 かみ砕いていえば人間噓発見器という訳か。先ほどのように質問をして、回答と魔法の結果が食い違うようなら嘘つきであるということだ。

 しかし、それはとんでもなくまずいぞ。バレたくないことだらけの私にとって、ここまで相性の悪い相手もいないだろう。


「えへへへ、私の魔法は、私の知ってることしか対象に出来ないからあ、そんなに怯えなくていいって」


 とろけて机と一体化しているシャンテンは、そのだらけ具合からは想像もつかない鋭い洞察眼で私の心中を見抜いた。

 その手腕があってこその相手の頭を覗き見るかのような魔法なのだろう。私は一人納得した。


 ともかくこれで一件落着という訳だ。焦って損したぜ。


 彼女らは私たちが知恵の子らとかいう連中の仲間だと考えていたらしい。

 街にいきなり現れた怪しい連中だから警戒するのは当然のことだ。私は理解ある人間なので名誉棄損等で訴える気などない。故に早々に退散させてもらうとしよう。


「なにやらわからぬことですが、とりあえず誤解が晴れたようで何よりです。それでは私たちはこれで失礼します」


「申し訳ありませんが、あなた方にはもう少しだけ付き合っていただきます」


 アウナが立ち上がろうとする私を見ずに言った。


「よろしいですね?」


 ここで私たちが部屋から退出するのは彼女の予定の中に組み込まれてはいないらしい。

 クソガキメイプルがアウナの一言に屈した意味が分かった気がする。これは長年刷り込まれた上下関係などではなく、きっとこの人を怒らせたら怖いことになると想像させる物腰柔らかな力強さが存在しているのだ。


 私が上げた腰を再び椅子に降ろすと、アウナはニッコリと笑ってこちら顔を向けた。いろんな意味でドキンとしてしまう。


「あなた方の身柄は魔女教会で保護させていただきます」


「何故か理由をお聞きしても?」


「あなたのお連れの方々はとても珍しい力をお持ちのようですから。奥の方に座ってらっしゃる方は人獣ですか? 暗い森の」


「なんて呼ぶのも勝手だけど私はその呼び方好きじゃない」


 パランがムッとして言った。アウナは申し訳ありませんと小さく頭を下げた。


「彼らが森から出てくる事はここ最近ありませんでしたから、森を焼き払う計画を行う前に健全な方とお話しできるのはありがたいことです」


「焼き払う?! 今、焼き払うと言いましたか!?」


 私が驚きのあまり立ち上がり、パランも立ち上がってアウナを睨んだ。

 私たちの正面に座っていた魔女たちがそれに反応して動きを見せようとしたが、アウナがそれを制した。


 向こうに事を荒立てる気が今はないようならば、我々から動くわけにもいかない。

 怒りを露わにして気持ち狼っぽさが顔に現れているパランを落ち着かせると、私はアウナとの会話を再開させた。


「暗い森を焼き払うなんてそんな恐ろしいこと何故行うのですか?」


「純粋に流通の関係です。森を迂回するように現在は道が作られていますが、大変遠回りになっています」


 そりゃ私だってぐるっと外を回っていくのを億劫に思って森を突き抜けたが、それにしたって森を焼き払うのはあまりにやりすぎだ。

 ……そう思うのは、あそこで生きている彼らと言葉を交わした故の思考だろう。彼らに合う前の私は「なんで森を開拓しないんだろ。異世界マジあほすぎw」と思ったものだ。

 それに森を開拓して自らの生きる環境を整えるなんてのはビーバーだってやることだ。出っ歯の哺乳類がやる事を出っ歯じゃない哺乳類である人類がやらない理由がない。


「それにあの森には知恵の子らが潜伏している様子もあります。もしかしたら、獣たちの中にも彼らの同調者がいるのかもしれませんね」


「そんな話聞いたことあるか?」


「ないよ。知恵の子らなんてしんないし。でも、森を焼くなんてそんなの酷いよ!」


「確かに少し残酷ではありますね。でも、森に潜む彼らは我々人間に時折牙を向けてきました。今まで駆除されてこなかったのは、ある種の情けのようなものでした」


「ふざけんな! 偉そうなこと言いやがって!」


 パランが吠えて、椅子を蹴飛ばした。

 素早く三人の魔女っ娘も臨戦態勢を取って、いよいよ一触即発の様相を呈したが、ここで口を開けたのは意外なことに今まで静観を通して、そして終わるまでそのままであると思われていたミチであった。


「大丈夫ですよ。そんなことさせません。絶対に。私がさせません」


 仲間である私たちでさえ、未だにミチの力量の底というのを図れずにいた。だから遠くから眺めていただけの魔女たちにもそれはちっともわからないはずだ。

 なのに口を開いただけでミチはこの空間を完全に掌握した。

 それは緊迫するこの状況にあまりにも似合わないのほほんとした雰囲気に、こいつは只者ではないと想像力が余計な働きを見せただけかもしれない。でもミチが凄まじい性能を誇る破壊兵器だと知る私には、彼女らがなにやら本能的にミチが秘めているパワーを察知したように思えた。


 パランが蹴っ飛ばした椅子を静かに立ち上げてちょこんと座った。

 それを見届けると三人の魔女っ娘も同様に椅子に座った。

 アウナが少し厳しい目でミチを見ている。


「お言葉ですがお嬢さん。させないとは、我々の邪魔をするということですか?」


「はい。あの森には可愛い犬がいます。燃やしたりはさせません」


 そういえばミチにとってはあそこはわんわんパラダイスであった。傍から見れば悍ましい獣たちの巣窟であるが。


「可愛い犬……博愛主義も度を越えると耳にするだけで痛ましいですね」


 今まで威圧したりはするものの、そのふんわりとした優し気な態度を崩すことのなかったアウナであったが、ミチの言葉はよほど腹に据えかねたのか、明らかに不機嫌である。


「感情抜きに事実だけをお答えください。奴らが人を襲い殺したことはありますか?」


 パランは目線からその質問が自分に対して投げかけられている事を察した。

 少しだけ間をおいて、


「あるよ。生きるためだもん」


 そう答えた。

 最後に付け加えた言葉にはせめてもの抵抗のようなものを感じられた。


「ちなみに、あなた自身は?」


「ない。少なくとも、自分で人を殺したことは一度もない」


「そうですか。あなたの言うこと、信じますよ」


 アウナがニコリと笑った。


「中には罪のない獣たちもいるでしょう。ですが、我々に牙を剥くものがいるのも事実。魔女教会は人々の安寧のために力を振るうのです。知恵の子らと自らを呼称する、不埒な輩も現れた今、これ以上獣たちの活動を看過してこの地に生きる人たちのリスクを上げることは出来ません」


 アウナの演説に非の打ちどころはなかった。

 もちろん現代社会であったら、動物愛護がどうとかー、自然破壊がうんたらー、人権団体がかんたらー、と様々な勢力が黙っていないだろうが、この世界では命を脅かす存在にまで気を使って君と私は同じだから好きに殺してね、なんて言ったりはしない。

 パランが苦し紛れに「生きるため」といったことは丸っとこちら側にも言えることなのだ。


 人類に害を及ぼす敵がいる。故に倒す。この単純明快な理屈を覆す事は生半可なことではない。


「知りません。可愛いからダメです」


 唯一出来るとしたらそれは愛だろう。愛は不条理で理不尽で絶対的だからだ。愛する奴がいっちゃんつえー。


 まるで話の全てを聞いていなかったかのようなミチの言葉に魔女側全員が怒りと呆れを同時に顔に浮かべた。


「ア、アンタ、話聞いてたの?」


「聞いてました。森を燃やしてはダメです」


 メイプルの問いにそう答えるが、さてはコイツ聞いてただけで理解はさっぱりしていないだろう。言葉を情報としてではなく単なる音として聞いていただけだ。話が通じるわけがない。


「あなたのスタンスはわかりました。どうやら話し合っても無駄なようですね」


 ミチが人の話を聞かないくせに頑なな、典型的な会話にならないタイプの人間と見抜くと、アウナは最後の手段に出た。


 素早くローブのポケットから杖らしきものと小瓶を取り出して、こちらに向けてきたのだ。

 JRPGならここから長ったらしくてカッコいい意味の分からない単語の羅列があったり、アブラカダブラニクマシマシとか呪文の名前を高らかに叫んだりするのが相場だが、この世界ではそういうことはしなくていいらしい。


 小瓶の蓋を杖で突くと、中に入っていた薄ピンク色の粉末状のものがみるみるうちに我々を囲んでいく。そのスピードは異様に素早く、脱出のためパランが獣に変身する余裕すら与えてはくれなかった。


 ほのかに甘い香り。それを感じた時には四肢に力が入らなくなっていた。


 アウナの魔法は派手さに欠くが確かな効力を持つものであった。骨格を支える筋肉全てが弛緩してしまったかのように上体を起こしていることするらままならずに、私はシャンテンと同じように机に頬を付けて項垂れるような格好になる。

 パランはいち早く危険を察知して椅子から飛びのいたが、その野生の勘を以てしても魔法から逃れることは出来ないらしく、効力も私に対するものと遜色ないようだ。四肢に踏ん張りがきかずに床に伏してしまっている。


 私はもちろんのことパランすら戦闘不能に陥ってしまった以上は頼みの綱はミチだけだ。奴ならば不思議と魔法が気なくても驚きはしない。

 私は満腔の力を振り絞り、首をミチの方へと傾けた。残念ながらこんな僅かな動きすら今の私にとっては重労働なのだ。


 ミチは変わらず背筋を伸ばして椅子に座っている。どうやら魔法は利いてはいないらしい。


「すぴー」


 だが、寝ている。何故だ。


 ミチにとってはこの力の入らなくなる魔法は少し脱力する程度の効力しか及ぼさなかったのだろう。ほのかな甘い匂いと程よい脱力が加わってアロマセラピー的な効力を発揮して、彼女を安らかな眠りの世界にいざなってしまったのだ。

 そんな馬鹿な。と、読者諸兄も驚かれているだろうが、何も驚いているのは我々だけではない。魔法を使った張本人であるアウナも驚愕しているようだ。


 人間の動きを制限できるほどの脱力を強制する魔法だ。心臓の弱い者ならそれだけでも死んでしまうかもしれないし、あんまし考えたくないが排泄物が垂れ流しになったっておかしくもない。それほど強力な効力を発揮しているのだが、それを受けて気持ち良くなって寝ちゃったなんて事例がそう何件もあるとは考えにくい。

 初めての事象を前に戸惑うのは魔女でも同じようで、ミチの寝顔のおかげで数秒の時を稼げたが、残りの二人が動けないので意味がなかった。

 アウナはすぐに正気を取り戻して、ろくに身動きが取れなくなった我々を部屋から運び出した。

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