第6話 悪の秘密結社、ショートカットを試みる

 出発前に事件の詳細について私は聞き込みを行うことにした。事の仔細も分からずにあっちにうろうろ、こっちにうろうろするような目はゴメンである。


 全責任を私に投げつけているからか、村人たちは聞いたことには素直に答えてくれた。


 やって来た魔女教会の使者は二人。二人共に魔女らしく大きなとんがり帽子と分厚い紺色のローブを着ていたとのこと。

 それ以外の身体的な特徴については帽子とローブで隠されていたせいでか、村人ごとに証言がまちまちでイマイチ信ぴょう性に欠くのでここでは割愛させていただく。


 彼女らは村人たちの制止を無視してセジンさんのいるテントの中に入ると、数分後に彼女を連れて出てきたという。その際、全員に傷などはなく争った様子はなかったらしい。

 セジンさんを連れたまま入ってきたのと同じく村の北側の出口から出ていくと、魔女の一人が突如として村に火を放ったという。

 目的は追跡の手を緩めるためか、元魔女を匿っていた事への粛清のつもりか、それはわからないが、村人に話を聞く限り誰もセジンさんの事を元魔女だとは知らなかったようだ。ただし、薄々そうなのではないかと疑っていた人は何人かいたが。


 ついでにセジンさんがこの村でなぜ英雄扱いされていたか聞いてみたが、彼女は死の道から時折溢れてくる洞人を蹴散らしたり、村に近づかないように呪いを施したりしていたようだ。


 洞人は不定期に死の道からあふれ出しては並々ならぬ嗅覚で村などを探し当てて民を襲うようだ。ならば死の道の近くに村など作らねばいいだけの話だが、聞くところによるとあの村の近くの死の道が出来たのは五、六年ほど前のことらしい。そして、セジンさんが村にふらっとやってきたのもちょうどそれぐらいとのことだ。

 彼女は首なし騎士に深い思い入れがあるようだったし、この村に滞在していたのもそういった理由があるのだろう。追われている身の人物が一か所に留まるメリットもそうない。


 私は情報を集め終わると、食料などを受け取って村を後にした。目指す場所は魔女教会の支部が存在する町、インバトだ。そこはここら一帯を預かる領主の根城だそうだ。


 一応受け取った地図を眺めながら歩いているが、縮尺もいまいちわからないのでどれぐらいの距離なのか想像しにくい。村人たちは歩いて三、四日程度の距離と言っていた。

 ウィキ知識だが、人間が一日に歩ける距離は休憩なども含めて大体30キロ程度だという。単純に計算すると約120キロの距離にインバトはあると想定できる。

 ただこの世界の住人の言う三、四日程度が現代人に当てはまるかは甚だ疑問である。長旅は覚悟せねばならんだろう。

 幸い旅の資金として幾らかのお金と食料、水分をもらったので、草原のど真ん中で得体のしれない肉とミチの腕から出てくる生成原理不明の水分を啜る生活よりかはまとまな暮らしができるだろう。逆に言うと食料や水がなくともミチさへ居れば生きていけるということである。


 なので、


「おーい! ミチ!! どこ行った!!」


 この状況は非常にまずい。

 

 

 ◇



 事の発端は私の浅はかな提案からだった。


 村人たちからはインバトへは道なりに進めばたどり着くから迷うことはないだろうと聞かされていた。

 私は渡された地図に書き込まれたルートと草が禿げて土が露出することで出来上がった道を見比べながら、気づかなくていい余計な事実に気がついてしまった。


 我々の左手には森が広がっているのだが、インバトはその森を挟んだ向こう側にある。しかし、道はその周囲をぐるりと迂回するように伸びているのだ。


 当時の私は身軽な我々なら森を突き抜けていったほうが素早くインバトへとたどり着けるだろうと考えた。

 幸いミチは高性能高枝切りばさみとしての勇名も馳せている。得体のしれない獣類も彼女の前では食料も同然。森を突き抜けていくのに支障は少ないと判断した。


 それ自体は間違っていないだろうが、問題はそもそもなぜ森を迂回して道を作ったかは考えなかったことだ。


 幾ら文化的、技術的にこの世界が私の住んでいた世界よりも数千年ほど遅れているとしても、森を切り開いて道を作ったほうが近道出来ると気づくはずである。

 あえてそれをしなかったのは、何らかの障害がこの森に存在していたからではないだろうか。


 この世界に流れ着いたばかりの私であれば必要以上に警戒に警戒を重ね、何やらいわくつきの森ではないのかとか、化け物が潜んでおり危険であるとか、人間が侵入して通り抜けるのに適していない地形ではないのかとか、要らぬ想像力を総動員して、計画の実行について慎重なりすぎた挙句、結論を出すころにはインバトにたどり着いていたであろう。


 死の道で味わった恐怖、洞人との戦闘、そのどれもを乗り越えて自分が幾分かタフにでもなったように錯覚していたのだ。そのせいで私の持ち味である臆病者と誤解されることも厭わないほどの慎重さが殺されてしまっている。これでは中途半端に勇敢な臆病者のおバカだ。


 私はミチに【暗い森】と呼ばれるその森を突き抜けてインバトへ向かうルートを提案した。

 もちろんミチも私と同じくおバカなので意見に反対することなどなく、おバカ二人は意気揚々と森へ向かった。


 森の中は名前通りに暗かった。幾つも重なった緑が天井となって太陽の光を遮ってしまっているのだ。

 辛うじて前方が見える程度の視野の中、私はずいずい進んでいくミチの背中に手を付けながらおっかなびっくり進んでいた。


 おバカな私でもこの時点で提案に対して少し後悔していた。

 別に急いでもいないのに横着して近道なんてしなければよかったと。その少しの後悔もすぐに大きなものへと膨らんでいくことになる。


 心細さで今にも踵を返しそうになるのを堪えていた私の弱った心にとどめを刺したのは、突如として聞こえた獣の鳴き声であった。


 獣の鳴き声はそれはもう尋常ではないほどの大きさであり、森全体が声の振動に騒めいているこのような錯覚を受けるほどだ。少なくともその振動で私の軟な心は砕けたようだ。

 キョロキョロと辺りを見渡したのち、私は撤退を進言しようと前方で森林伐採を行っていた高枝切りばさみの服を掴もうとした。


 しかし、掴めたのは葉っぱだけであった。


 高性能高枝切りばさみこと星野ミチは忽然と姿を消していたのだ。私が鳴き声にビビッてキョロキョロとしていたほんのわずかな時間に。


 私はミチに置いて行かれたのだと思いすぐに後を追いかけようとした。

 だが、木々の隙間からタイミングよく真上から差し込んだ太陽光により、辛うじて詳細が見えるようになった草木の様子に違和感を覚えて足を止めた。

 ビビり散らかしたことにより、芽生え始めていたタフさというのが鳴りを潜めて、持ち前の慎重さが戻ってきたようである。些か手遅れな感は否めないが。


 ミチは高枝切りばさみの権現かの如く鋭さをもって草木を断裁しながら進んでいた。しかし、私の前方にもさっり生い茂る緑たちには切られた様子はなく、新品同様だ。これはミチがここから先には進んでいないことを示している証拠である。

 私は他の方角の草木の様子も確かめたが、我々が進んできた後方以外は、草木を切った形跡は見られなかった。

 そうなればミチが自らの意志で移動して私を置いて行った可能性は低くなる。考えにくいことだが、何者かに連れ去られたと考えるのが妥当だろう。


 先ほどのバカでかい鳴き声。声の大きさと図体のデカさの相互関係に科学的な根拠は存在しないかもしれないが、あそこまでおっきな声を出せる奴は恐竜並みにおっきな獣か、合唱部のソロパートを任せられていた奴ぐらいのものだろう。

 合唱部ではミチを攫えないだろうが、恐竜並みに大きな獣であればもしかしたら可能かもしれない。


「おーい! ミチ!! どこ行った!!」


 私も精一杯の声で叫んでみた。合唱部には負けるが、それなりの距離にまで届くはずだ。


 私の声は草木に吸収されてしまったようで、森はしんと静まり返っている。

 森の愉快な音楽会が今まさに開催中であることを祈りながら、私は暫くその場で待機することにした。ミチがひょっこり帰ってくる可能性もあるし、視界も碌に利かない状態で動くのは危険であると判断したからだ。

 しかし、私の忍耐はそこまで強いものではない。限界と感じたらすぐにでもここを離れ、森を脱出する心機であった。


 二度目の鳴き声は私が待機し始めてから、すぐに聞こえてきた。

 再び森全体が揺れ、私の忍耐も大いに動揺した。

 限界を感じ取った私はすぐに来た道を戻ろうと走り出した。が、すぐに何かにぶつかって転んでしまった。


 何やら硬いのに柔らかい不思議な感触のものに道を塞がれたようだ。

 私は目を凝らして、行く手を阻む不届き者の姿を確認した。


 犬だった。


 ペットとして猫と二大巨頭を築いているあの犬である。

 その可愛らしい生き物の代表格である犬が私の前に立ちふさがっていた。

 でも、私の知っている犬はこんなに大きくない。

 だから狼なのかもしれない。狼ならばでっかくとも安心である。

 安心したので暫く気絶することにする。

 だって、私よりも遥かに大きい狼なんだもん。こんなのジブリ映画でしか見たことないもん。



 ◇



 私が次に目覚めたのは驚くことに天国でも狼の胃の腑でもなかった。普通の木造住宅であった。

 どうやら狼的に私などは餌にすらならなかったらしい。


 私は自分がまずそうに生まれてきたことに感謝しながら寝かされていたベッドから起き上がった。


 ワンルームのこぢんまりとした小屋。部屋の中央にポツンと丸テーブルと椅子が二つ置いてある。それ以外の家具は小物でも入れるのであろう私の腰ほどの高さのタンスめいた物、それに私が寝ているものを含めて二つのベッドがあるだけだ。

 質素というよりは貧相な内装である。


 家探しをして探偵ごっこに勤しむのもいいが、一先ず私をここまで運んでくれた人物が帰ってくるまで待つことにした。


 悪意ある者が私を拾ってここに押し込んだとしたら、丁寧にベッドに寝かせておくとは思えない。腕とかを縛り上げて動けなくしておきたいのが、悪人情ってものだろう。そこら辺についてはそこまで心配しなくてもいいはずだ。

 暫く待ち続けてうとうとし始めた頃、扉がぎぃぎぃと鳴いた。


「あっ。目が覚めたんだね」


 家に入ってきたのは女の子だった。


 パッと見はミチと同い年ぐらいに見える。背は少し高めだが、顔に幼さが残っていた。

 ボサボサの寝癖のついた髪は雑に首元より上の長さで揃えられている。頭のてっぺんで大きくはねた二つの髪が耳のようであった。

 大きなフードのついた着丈の短いベストを着ていて、これまた丈の短いタンクトップが見えていた。腰にスカートのようなフリフリとした装飾が施されている布を身に着けているが、丈が非常に短くスパッツ状のパンツが見えてしまっている。背中のほうには動物のしっぽを彷彿とさせる大きなファーがついていて非常に特徴的なファッションだ。


 全体的に露出が激しいが歳のせいだろうか、いやらしさより活発な雰囲気のほうが勝る。

 なんとなく陸上部って感じだ。


「よかった。よかった。死んだんじゃないかとビックリしちゃったよ」


 彼女は抱えていた籠をテーブルに置くと、気さくな笑みをこちらに向けた。

 籠の中身は何かの草と果実である。私の具合が心配でわざわざ効用のありそうな物を採ってきてくれたのだろうか。なんと心根の清らかな少女であろう。


「倒れていたところを介抱していただきありがとうございます」


 私が深々と頭を下げると彼女は気恥ずかしそうに頭を搔いた。


「ところでさ、こんなところで何やってた訳?」


 彼女は照れ隠しついでのように訪ねてきた。


「それがインバトへ向かう途中だったのですが、森を突き抜けていったほうが早くたどり着けると思いまして、それで少々横着を」


「ええ?! それでこの暗い森に入ってきちゃったの!?」


 なにやら私はまた知らず知らずのうちに恐ろしいことをやっていたようだ。死の道から出てきた時と似たようなギャップを感じる。


「私たちは旅人でして、まさかここがこんな恐ろしい場所とは知らずに」


「私たち?」


「あっ」


 そこでようやくミチが行方不明になっていたことを思い出した。

 別にこれは薄情だとかそういうのではなくって、ミチがそんじょそこらの大きなだけの犬に食べられたりはしないだろうという根拠のない信頼故のうっかりである。大切だからこそ大雑把に扱う矛盾が、人と人の親睦の表れであると私は思う。


「えっと、実は私の連れが行方不明でして、あなたと同い年ぐらいの少女なのですが」


「うっそ! 大変! すぐ探さなくっちゃ!」


 彼女は事情を知るとすぐさま小屋を飛び出した。私も彼女だけに任せてはおけないので後に続いて飛び出した。


「ちょっと、ちょっと! あなたはあそこで待ってていいから!」


「いや、でも、君一人に任せるというのも責任者としていかがなものかと」


「意味わかんないこと言ってないで戻って! また獣を見て倒れてもしんないぞ!」


「また……?」


 彼女の発言に違和感を覚えた私であったが、そのことについて言及する余裕はなかった。三度目の森を揺るがす咆哮が響いたからである。

 それを聞いた彼女は「まさか……」とシリアスな口調で言うものだから、私の中のミチへの信頼が揺らいでしまった。

 もしものことがあったら迂闊な提案をして彼女を危険のど真ん中に放り込んだ私のせいである。


 咆哮の発生源と思しき森深くへ私が向かう素振りを見せると、彼女の手が私を引き留めた。


「ちょっと、バカなの?! 戻って!」


「わ、私は確かに碌な戦闘能力は持ち合わせていませんが、上司としての責任感は持ち合わせてます! ミチを助けなければ!」


 彼女が居なければどっちみちこの世界で生き延びることなど叶わないだろう。ならば今は危険に腰を抜かしている場合ではない。


「でも、あなた一人じゃ」


「ならお願いします。力を貸してください。どうやらあなたはただの少女ではないとお見受けします。私に力を貸してください」


 私が懇願して首を垂れると、彼女は二つの意味で驚いたようで狼狽していた。

 しかし、すぐに意を決したように頷いてくれた。


「じゃあ、何があってもあの時みたいに気絶しちゃダメだからね!」


 彼女が言うのに私は頷いた。

 それを確認した瞬間、彼女の身体が大きく内側から膨れ上がり、小麦色に日焼けした皮膚からは白い毛がびっしりと生え出した。そして、見る見るうちにとっても大きな狼へと姿を変えた。

 それはあの時、私がぶつかった狼であった。


「さあ、行くよ!」


「はい!」


 狼ながら流ちょうに言葉を話す彼女の背中に乗って咆哮の主の下へと急いだ。

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