第5話 悪の秘密結社、はじめてのたたかい
「セジン様から話は聞いてる。さっさと行け」
どういった内容を聞いたかは詮索しないが、話は既に通ってた。
だが、兵士たちの気味の悪いものを見るかのような目は初対面の時から些かも変わっていない。
それも当然だろう。真相はさておき、行ったら死ぬ道を今から通ろうという人間がいたならばそれはとんでもなく気味が悪いだろう。
噂の死の道! 本当に死ぬか検証してみた! ウェーイ! みたいなテンションならまだ多少は爽やかさが出るかもしれないが、それで実際に死ぬような事になれば、陰気な顔してまさに今から死にまーすって奴より気味が悪い。
どちらにしたって、自殺志願者を見送る側の気持ちは語るに及ばないだろう。せめて無事に帰ってくることが私に出来る最大のメンタルケアである。
森に入ってから五分ほど歩みを進めると、靄が立ち込め始めてきた。
夜はそこまででもなかったが、今朝はよく冷え込んでいる。水分を多く含んだ植物が生い茂っているこういう所では朝靄が発生すること自体は不自然なことではないだろう。
この靄が天然自然の現象であるのか、あるいは霊的な現象なのか一目で判断することなど私にはできない。でも、ここは死の道と呼ばれていて、初めてここへ来た時も道は靄かかっていたのだ。
セジンはきっとまた会えると言っていたが、再び首なし騎士に相まみえる確証など何処にもない。彼が現れることなく、この靄のかかる道を歩き続けたら私達は一体どうなってしまうのだろうか……。
歩みが徐々に重くなっているのがわかる。
もしもこれが、まさに死線をまたぐ一歩だったとしたら……。
もう二度と戻れないとしたら……。
私は思わず振り向いた。ミチがどうかしたかと言いたげに首を少し傾けた。そんな彼女の後方も靄がかかっている。どうやら今更、引き返すなんて選択肢もないらしい。
ええい、ままよ! ならば、ずんずん進むまで。これで死んだら洞人とやらになって戻ってきてやるぞ。
私が意を決して再び軽快に歩みを進めようとした時、ミチが前方を指さした。
「誰か来ますよ?」
その言葉を聞いて私の靴に羽が生えた。
まるで白鳥が舞うがごとく優雅で軽やかな歩調で、私は靄の中を進んだ。
靄と同じくこれも進研ゼミでやった内容である。こんなところを通る奴など可哀そうなお使いをくらった私たち以外にあの首なし騎士以外居るはずがない。早く言伝を伝えてこのおっかない道からはおさらばといこう。
ミチより劣る一般的な視力しか持たない私の目も靄の中のシルエットを捉えた。そして、おかしいなと思うのとほぼ同時に私の顔の横を眩しい何かが高速で通り過ぎた。
閃光は目の前のシルエットに直撃して弾けた。私は呆然として、光の塊の直撃を受けて倒れる人型をただ見つめることしかできなかった。
その人型は頭部に盛大な損傷を受けており、生命活動の維持は到底不可能に思えた。倒れている人物の身に着けている装備に見覚えがあった。傷つき古ぼけてはいるが、村の兵士たちの物と酷似している。
「大丈夫ですか?」
ミチがいつも通りの抑揚のない声で話しかけてきた。
振り向いてみると、彼女の右手から煙のようなものが出ているのが見えた。おそらく先ほどの光線はミチが放ったものだろう。
それ自体は驚くに値することではない。忘れがちだが彼女は恐ろしい破壊兵器であり、既に火を出したり、水を出したり、光を出したりしていたのだ。ビームぐらい出せるだろう。
今重要なのはそんなことではなく、ミチが躊躇なく人を攻撃したことである。しかも、人体の急所の一つである頭部を狙った無慈悲な攻撃を。
彼女は確かに悪の秘密結社が生み出した怪人である。悪いことをするのが彼女のお仕事である。私だって必要とあればミチを使って戦うことも考えている。その結果、死傷者が出ることもあるだろう。覚悟はしている。
ただ、ミチが制御不能となってしまったらどうだろうか。私はそれがふと恐ろしくなった。
Dr.メグロ氏はミチは通常時、完全な制御下に置かれており我々の命令に背くようなことは絶対にないと言っていた。仮に暴走状態になったとしても止める手立ても用意してあるとも。
本当にそうなのか? コイツは自分の意志で人間に攻撃を――――
「あぶない」
思考を遮って、私の身体は後方へ吹き飛んだ。
ミチの声が聞こえて、制御の利かない身体を何とかこわばらせて彼女を視界に入れようと試みた。
目に映ったのは一瞬だったが、頭部を大きく損傷しているにも関わらず立ち上がり武器を振るう兵士と、その兵士を飛び蹴りで吹き飛ばすミチの姿を確認することに成功した。
次の瞬間には私の視界はぐるぐると回って地面、草、木、一回りしてまた地面、そしてようやくミチを再び映し出した。その時には靄の中から四人の兵士がぬっと姿を現していた。
ここまできて私はようやく事態を飲み込めた。おそらくあの兵士たちこそ、件の洞人なのだ。
洞人はセジン曰く生きる死体であると言う。ならば本来なら死ぬような攻撃を受けなお立ち上がるのも不思議ではない。
ただ、洞人とやらは私のイメージにある所謂ゾンビなどとは少し違うようで、ある程度の知性が残ってるらしい。
彼らは手に武器を持っており、それを使用して戦う素振りを見せている。あー、あー言って噛みついたり引っかいたりするだけではないようだ。
槍を持った洞人がミチに向かって槍先を突き立てた。ミチはそれを避けることなく手刀で柄を切断して止めてみせた。洞人も自分の武器が破壊されたことをわかっているようで短くなった柄をミチに投げつけると、腰にさしていた剣を取り出す。
ある程度の知性と言ったが、戦闘に関して彼らはかなり知的だと言える。お互いに剣を振り回しても当たらないように間隔を保って、ミチを囲もうと動いている。
リーチのある槍による牽制から始まり、剣による包囲からの攻撃。戦術が成立しているのだ。
ただ、そんな戦術では太刀打ちできないほどの戦闘力の差が洞人集団とミチとの間にはあった。
奴らが必死に傷つけようと剣を振るっても、ミチのすべすべな鋼鉄の柔肌を裂くには至らず
、その下に隠されている華奢な金剛の筋肉にへし折られてしまう。そして、その隙を見逃さず、ミチの手のひらから放たれるビームが洞人の頭部をことごとく砕いていく。
……正直、かなりショッキングな映像だ。
頭部を砕かれた洞人は、さながら頭部を失っても動くバッタのようにふらふらと立ち上がるが、健在時の知性などは感じられず、それこそ私の知っているゾンビのように緩慢な動きでこちらに襲い掛かってくるだけだ。
ミチはそれも容赦なくビームで打ち抜いていく。
どうやら洞人は急所などを潰しても活動はできるものの、一定の損傷を身体に受けると動けなくなってしまうようだ。
元から死んでいるとの事なので、これ以上殺すことはかなわないだろうが、動かなくなればいずれは微生物の活動などにより土に還ることだろう。
伝言を頼まれただけなのにまさか化け物退治をするはめになるとは思わなかったが、これで村人たちが洞人を警戒していた気持ちに共感することは出来た。
殊に戦闘面で見せた彼らの知性は、生前と遜色ないように思えた。それに加えて、致命傷を受けても動き続けるタフな肉体を持つ。極めつけに知性はあっても理性はないというなんともはた迷惑な行動アルゴリズムを搭載しているのだ。
ミチとの戦闘力の差が余りにも顕著であった為に、今回は私のたんこぶ以外に特に被害なく制圧出来たが、四人の洞人がここから這い出てきたとしたら入口を見張っていた兵士達は無事では済まなかっただろう。
こいつらの進行を食い止めることが出来ただけ良かったとしよう。あと、洞人になって甦るって話もなしにしよう。死んだ後でこんな悍ましい存在になって生きるのは耐え難い。
「死の往く道を遮る者よ。洞持つ者への対処、見事である」
聞き覚えのある声がして私は飛び跳ねるように振り向いた。
そこには首のない騎士が同じく首のない馬に乗って鎮座ましましていた。
「ああ! 騎士様! 騎士様! お会いしとうございました」
「洞持つ者を馬車へ」
喜びを爆発させる私のことなど眼中にないようで、首なし騎士は洞人の回収を命じた。
ミチはなんの文句もなく今しがた自らの手で破壊の限りを尽くした洞人を運び始めた。私だけ置いてけぼりである。寂しい。
ことが終わった後にひょっこり出てきていきなり命令しだすこいつもこいつだが、そんな命令を素直に聞くミチもミチだ。死体を運ぶ陰湿な命令なんて、私だったら絶対に駄々をこねるし、お駄賃も要求するだろう。
だが、ミチにだけこんな嫌な仕事をさせる訳にもいかない。お駄賃は出ないだろうから、心の中で駄々こねながら従事するにしよう。
できる限りグロイものを目にしないように、目を細めながら動かなくなった洞人に近づく。
血らや内蔵やら変な液体やらが辺りに散乱していないか用心もしないといけないので、この作業は中々にテクニックを要求するものであった。
そこであることに気づいた。
洞人の傷口からは血や内蔵物などが垂れ流しになるようなことはなく、貫通しているのにも関わらず大きくあいた風穴から向こうの景色は見えなかった。
洞人の中には臓器の類は詰まっておらずに、代わりに真っ黒な何かがみっちりと詰まっていた。
洞人とは動く死体と聞いていたが、その様な自然の摂理に反する悍ましい現象が起こった原因はこの不可解な身体の構造にありそうだ。お土産として動かなくなった奴を持ち帰ったらDr.メグロ氏辺りが大喜びするだろう。
「死してなお死にきれぬ者たちは、洞から全てが零れ落ち、空虚になった身体は暗いもので満ちる」
首なし騎士は言葉にしてもいない私の疑問に答えるように語りだした。
「満ちぬもので満たされ、失くしたものを取り戻そうと満たされる者を襲い、奪う。しかし、一時の飢えを凌いだとて、洞は広がるばかり。惨めなものだ」
顔もない相手が心なしか悲しそうに思えたのは、私の豊かな想像力のなせる業だろうか。
ミチが最後の一人を馬車に乗せ終わった。結局私は洞人を一人も運べなかった。
「彼らをどうするのですか?」
私は自然とそう聞いていた。
「せめて安らかな場所へ」
騎士はそう答えると、ゆっくりと馬を走らせ始める。
ゆっくりと霞の中へと消えていく馬車を見ながらうっかり感傷に浸ってしまって、言伝の件をすっかり忘れていた。
「すみませーん! あなたに伝言があるんでーす! セルジェーニンはついに時計の針を逆さに動かしました。だそうです!」
私はセジンから頼まれた言付けを大声で首なし騎士に伝えた。しかし、彼がその言葉に何らかのリアクションを取ることはなかった。
◇
死の道からの二度目の生還を目にした兵士は、驚きというよりかは恐怖を顔に張り付けていた。
私だって中で散々怖い目にあったのだから、貴様らも存分に怖がるがいいや。
死の道を後にして、村までの四十分ほどかかるウォーキングコースを爽やかな早朝の風を楽しいながら優雅に進んでいると、村の方角から血相を変えた兵士が走ってくるのが見て取れた。何やらやんごとなき事情でもあるのだろうか。
私は興味本位で話を聞こうとも考えたが、彼らの事情に異邦人である私が遊び半分で首を突っ込むのはいかがなものかと思いとどまった。
それに厄介事にこれ以上巻き込まれては身も心も持たない。ここは一先ずスルーすることにしよう。
私は極力無関心な素振りで走ってくる兵士とすれ違った。彼も最初こそこちらを気にするような様子は見せなかったが、二、三度振り返ると考えを改めたように近寄ってきた。彼らには一泊の恩義もある。無視するのは道徳に反するだろう。
「どうかされましたか?」
「いや、村に戻るならあんたらにも話しておかなくっちゃって思って。魔女教会の連中が急に表れてセジン様を連れて行くわ、村に火を放つわでもう大騒ぎだ」
我々がお使いに行っている間にそんなどんちゃん騒ぎが起きていたとは予想だにもしなかった。しかも、元の世界に帰る為の手がかりを持っているセジンさんまで連れていかれたとは、これは他人事を決め込むわけにもいくまい。
「村の火災はそんなにひどい状態なんですか?」
「火災自体は大したことじゃない。火だってあらかた消し終わってる。それよりもセジン様が連れていかれちまったほうが騒ぎの種さ。ともかく俺はもう行くよ。あんたら、村に戻ったってあんまし意味ないと思うぜ」
彼は早口で言い終わるとせっせと走り出した。
きっとあの人は村の中でも比較的柔軟な思想の持主だろう。わざわざ異邦人の厄介者に声をかけ、忠告までしてくれたのだから。
私にお使いを依頼したセジンさんがもういらっしゃらないとなると、彼の言う通り村に戻る意味はさほどないだろう。
むしろこの度の厄介事を裏で手引きした悪役として吊るしあげられるかもしれない。
村民が我々に向けていた奇異の目は、何かやらかすのではないかという嫌な期待も含まれていたように思える。単純に縄で縛られている滑稽な姿に眉を顰めていただけの可能性もあるが。
だが、セジンさんを連れ去ったのが魔女教会というのが気になる。
魔女教会と言えば我らを元の世界に返してくれる可能性を秘めた世界魔女様が所属すると思しき組織。この事件にかこつけて、魔女教会に接近するのも手だろう。
しかし、セジンさんは自らを元魔女と言い張り、追われているとも語っていた。あげくに火を放つような蛮行を鑑みると、教会と彼女との間にある遺恨はかなりのもののようだ。
のこのこセジンサイドとして首を突っ込もうものなら、私も彼女と一緒に魔女教会から追われかねない。
ひとまず村に戻ることにはするが、事件に首を突っ込むかはしばし冷静に成り行きを伺ってからにしよう。
私が村に到着した時には煙すら立っていなかった。
だが、火の手はそれなりのものであったらしく、炭化した家々が痛々しい。
村民たちは村の中央に集まり何やら会議の最中である。
私の存在には気づいているようだが、こちらに注意を向ける様子はなかった。私が最初に危惧していたような事態はどうやら杞憂であったようだ。
私は無視されていることをいいことにしれっと会議の輪に入った。
「しかし、相手はあの魔女教会だぞ」
「セジン様は村の恩人だ。助けねば」
「俺たちだけでどうにかできるものか」
「領主様に助けを求めるしか……」
「馬鹿を言え。奴こそ教会の笠を着る豚野郎だ。今回の事だってどうせ奴のしでかしたことだろう」
喧々諤々の論争は魔女教会に喧嘩を売るか否かを主な議題として進められているようだ。
様付けされて崇められることもあってか、助けに行くべきだという意見が比較的多い。しかし、力の差を自覚している者も同じく多いようで意見に同調を見せるものの具体的な方法については中々慎重である。
「なあ、あんた。あんた、何かいい方法がないのか?」
議論に交じって、どうしたものかと首をかしげていた私に突如としてスポットライトがあてられた。照明を動かして脇役を突如として目立たせる大胆な演出をしたのは私と電車ごっこを楽しんだり、死の道から二度の生還を遂げたことに驚いたりしていたあの兵士である。いつの間に村に戻ってきたのだ。足速いね、君。
「え? な、なぜ、私に」
「あんたはセジン様に何やら気に入られていたようだし、死の道から帰っても来た。そうには見えないが、ただ者ではないことは確かだ」
まさか彼の中でそこまで評価が高くなっていたとは意外であった。周りの村民も好き勝手にざわつきもはや収拾はつかなそうだ。
「いや、私にはそれほどの力は」
「頼むよ! あんただけが頼りなんだ!」
ついには頼りの綱にまで仕立て上げられた。
兵士が頭を下げるのを見ると次々と村民が頭を下げ始めた。
この村はよほどセジンに乗っかってきたのか、私に頼ることが出来ると思うや否や一斉にのしかかってきた。
ざわつきの方向性は主に私に一任することで固まっているようだ。よそ者に危険を押し付けられるならばそれでよいという汚らしい考えが見え隠れしているものの、この人数に取り囲まれて懇願されては断りようがない。
「わ、わかりました。何とかしてみます」
平和的な暴力に屈して私が承諾すると、村人は口々に「あんたは村の英雄だ」だの「頼りにしてるぜ」だの好き勝手言いはじめ、各々が気が済むだけ褒めちぎったら村の片づけやらなんやらに散っていった。
彼らがセジンさんを助けたいという思いは本物みたいだが、それ以上に大切なのはここでの暮らしらしい。
久しぶりに人間社会らしい歯がゆさを感じて、気が重くなってしまった。
「す、すまない。その、俺達でも出来ることは探すから」
私を最初に頼った彼もまさかここまでみんなが他力本願だとは思わなかったようで、私に何度も頭を下げた。
しかし、決して一緒に行くよと言わない辺り、やはり彼の中では私はおっかない生き物なのだろう。
こうなれば仕方がない。魔女教会とは接触してみたかったし、できる限りの事はしてみよう。無理そうならばほっぽりだして逃げ出すだけだ。ここの村人のように。
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