第36話 逃げた先に



「うわっ」


 まだ女性じゃなくて良かった。

 気を遣わないが、大怪我をさせたいわけじゃない。


 部屋の中に倒れ込んだ使用人。その腰にかかっている鍵が、偶然目に入った。

 ラッキーだな。俺は自分の幸運を感じながら、その鍵を奪った。


 これは早く動いた者が勝つ。

 騒がれて誰かが集まる前に、俺は使用人を閉じ込めて逃げた。

 ドンドンと扉が叩かれる音。それを背後に聞きながら、全速力で走った。


 監禁されたのが家で良かった。

 逃げるルートが頭に入っている。最短ルートを走りながら、俺は誰にも会わないように祈った。

 兄や弟、特に父には絶対会いたくない。


 こういう考えを人はフラグと言うのだろう。

 俺は曲がり角で、誰かとぶつかった。


「っ」


 転ぶほどじゃなかったけど、体勢を崩す。

 誰とぶつかっても、俺にとって良くない。

 しかしここで、この人とぶつかるなんて俺はとことん神様に嫌われている。


 俺は顔をあげられず、相手の胸の辺りに視線を向けた。

 さっさとこの場から立ち去ればいいのに、体が言うことを聞かない。そのせいで、地面に足がくっついたように一歩も動けなくなっていた。


「……ここで何をしている」


 どこからどう見ても、逃げている以外に考えられないだろう。

 それなのにわざわざ聞いてくるなんて、意地が悪い。


 どうしてこの状況で、一番会いたくない父に出くわしてしまうのだ。


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