第9話 変態?



 なんだこいつ。

 今なんて言った? 俺の聞き間違いか?


 ご主人様なんて、普通の生活をしていて聞く言葉じゃない。

 空耳であってほしい。そうでなければ、暴力よりも怖い状況になる。


 ご主人様と言ったきり、向こうはこちらを見つめている。俺の反応を待っているみたいだ。


 命令か。ご主人様として命令するべきか。

 相手の機嫌を損ねる前に、何か言うしかない。


「もっと近づいて」


 やはり命令を待っていたようで、いそいそと近づいてきた。

 心なしか顔が嬉しそうに見える。

 さらには頼んでもいないのに、目の前に跪いた。


 本気で止めてほしい。

 誰か違う人が見たら、絶対に勘違いされる。


 現実逃避しかけたが、相手は次の命令を待っている。

 こうなったら、期待に応えてやろうじゃないか。


 俺は男の顎に手をかけ、顔を近づけた。

 呼吸が分かるほどの距離だ。

 目と目を合わせて、ゆっくりと言葉を口にする。


「お前は、自己紹介もろくに出来ない駄犬なのか?」


 そして、最後にするりと頬を撫でた。


 ――ご主人様というのは、これでいいんだろうか?

 なにぶん初めてのことだから、全く自信が無い。


 不安を表に出さないように、口角を上げたまま待っていれば、相手の目がとろける。


「……俺のことは、ポチと呼んでください」


 どうやら正解だったらしいが、全く喜べなかった。


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