第9話

「ラーメン屋に一緒に入ってくれるような彼女は大事にしろ」だ。


 誰が言ってくれたのはもう思い出せない。

 酔っ払った父親だったかもしれないし、バイト先の人だったかもしれない。


 でも未だにその言葉が記憶に残っていたのは、きっとその言葉を発した人がそれほど僕に注意するようにと強調したからだったからだと思う。


 恋人として相手を大事にするということはどういうことなのか。単純に、それが僕には全くわかっていなかった。


 ただ自分の心の内で好きになるだけでも、ただお金を工面したり贈り物をするだけでもなく、ただ怒らずに優しくいるだけでもない。


 相手のことを知ろうとしたり、相手が好きだと言うものや楽しいと思っているものを共に楽しもうとしたり、「好きだ」とか「愛してる」とかをちゃんと口にしたり、しなくちゃいけなかったんだ。


 美咲に別れ話を切り出されるまでは僕はそんなことを考えることすらしていなかった。

 思えば自分は誰かに愛をもらうことには慣れていても、与えることには慣れていなかった。いや、実際のところ単純に自分から愛を与えるということを、なんとなく恥ずかしいと思い込んでいたのかもしれない。


 もしかするとあの「ラーメン屋に一緒に入ってくれるような彼女は大事にしろ」と言った人は僕のそういった部分を見抜いていたのかもしれない。もしかするとその人の体験談が元だったのかもしれない。

 どちらにしろ、僕はその言葉を受け継いだ身としてもっと美咲のことを大切にすべきだったのだ。

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