第5話

 そこは行きつけのラーメン屋だった。

 狭い店内にはキッチンを覗ける赤い色のカウンターがあり、年季の入った丸椅子が並べてある。


 ガラスの戸をガラガラと開けて、僕と美咲が入ってきた。

 それまでに思い出していたような僕目線の記憶じゃなくて、1歩引いた俯瞰的な視点の夢だった。


 しかもこれは実際にあった出来事じゃないだろうか。

 この時は、そう、一番端のカウンター席に座ったんだった。

 そしてやっぱり思った通りになった。


 僕は過去の自分たちを、ドラマの登場人物でも見るように眺めていた。


 湯気の立ちあがったとんこつラーメンがお盆にのって運ばれてくると、おもむろに美咲が割り箸を取って僕の眼の前でぱきっと上下に割った。


「あー残念、今日は小吉だね。しかも水難の相あり」


 彼女は残念そうな顔を隣に座る僕に向ける。

 反応をみたいのか、じっと顔を見ている美咲に「何やってんの?」と過去の僕が尋ねる。

 

「占いだよ。割り箸が上手に割れたら統計的に良いことがあるんだよね」

 美咲は割りばしの付け根についたささくれを指でつまんで取りながら言った。


 僕が少し呆れながらラーメンの麺を箸ですくって「どこの統計だよ」と突っ込んだ途端、麺が箸から滑ってスープに落ちてスープの飛沫が手にかかった。

「あちっ!」


 美咲は、ほらね、とでも言いそうな顔で「私の中の統計」と言った後、上品に両手を合わせてラーメンを食べ始めた。


 そしてしばらくして、いいことを思いついたというようにして「ねね、今の占い、やり方教えてあげようか」と提案した。


 しかし美咲の隣に座る僕は面倒くさそうにして顔も上げずに「いいよ、別に」と答えただけだった。


「えー。そう? 当たるのになー」

 何かを話したそうに、不満げな顔をする美咲だったけれど、過去の自分はふてくされたようになにも言わない。


 しばらくしてまた美咲が話しかけてきた。

「ねぇねぇ、そういえばさ、こんどチョリソーマンのアニメ始まるの知ってる?」

「ん? あぁ、なんかどっかで宣伝見たかも」


 チョリソーマンというのは、前に美咲がハマっていて、珍しく単行本を集めてるということで僕に見せてくれた漫画だ。


 美咲が面白いと感じた物なのに、どうにも僕にはあまりその面白さがいまいちわからなかった作品でもある。


「今日から配信開始なんだってさ。一緒に見ようよ」

 僕はラーメンをずぞぞとすすってから「あー、おー、うん」と返事をしていた。


「陸ってさ、私のこと大事?」

「大事だよ?」


 昔の僕は「なんでそんなこと聞くんだ?」というような顔をしている。というか、実際そう思っていた。


 ただ、この場面を見ただけでも分かった。

 第3者目線で見た僕は、彼女のやることなすことにあまりにも反応が薄い。

 美咲が僕に合わせて話しかけてきてくれているのに、僕は美咲の興味のあることを蔑ろにしている。

 思えば結局チョリソーマンも見ずじまいだった。


 バカだ。

 バカバカのバカ。底抜けのバカ。


「ううん、大事に思ってくれてるなら、それでいいよ」

 と言う美咲の表情は、諦めも含まれていることに今の今まで気がつかなかった。


 思えば、僕は今までちゃんと美咲の話を聞いていただろうか。

 どこか他人事で、聞き流していやしなかっただろうか。


 よくラーメンを食べに行ったけど、美咲って本当にラーメンが好きだったのだろうか。

 よくゲームも一緒にしたけれど、美咲の好きなゲームのジャンルじゃないものばかりだったんじゃないだろうか。


 実は美咲と僕の好みが似ていると思っていたのは自分だけで、ずっと美咲が僕に合わせてくれていただけなんじゃないだろうか。


 そう考えると、思い当たる節がたくさんある気がした。


 しかし果たして僕はその分何かを美咲に合わせてあげられていただろうか。

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