第4話
結局、バックヤードで廃棄のケーキを食べ始めたのはチーフだけだった。
僕は2人に半ば無理矢理にパイプ椅子に座らされた。
先輩が紙コップに湯気の立ち上るお茶を人数分もってきてくれ、僕の前にチーフと並んで座った。
この3者面談みたいな雰囲気、何があったか話さなくちゃいけないのだろうか。
僕と美咲のことを知っている2人とはいえ、軽々とそういった事情について話すのは気が引けるし、美咲にも悪い気がする。
「ここで話してくれたこと、絶対に他言しないって誓うわ。ね、チーフ」
先輩は僕の心境を察したように言った。
「ああ。そりゃそうだ」
そりゃ僕だって2人がむやみに人のうわさ話をする人たちじゃないのは知っているのだけれど。
「私もチーフもあなたのことが心配なのよ。もちろん美咲ちゃんもね」
チーフも腕組みをしたまま頷いた。
そういえば先輩は、僕と美咲が付き合い始めたのを知ってなぜかすごく嬉しそうにしてくれていたんだっけ。
そう思えば、大まかに状況を話すぐらいだったら許されるのではないだろうか。という考えがむくむくと浮かんだ。
僕は美咲に心の中で謝ってから「単純に言っちゃえば、僕がフラれちゃっただけなんです」と吐露した。
2人はやっぱりか、という顔をして頷いた。
「陸くんがふられちゃったのね。何か理由があるの?」
「いや、それは……えっと、僕が美咲のことを大事にしてなかったっぽくて」
元カレのことは、話せば美咲の印象が悪くなるような気がして話さないでおくことにした。
「どういうこと?」
「そのまんまです、美咲に言われたんですよ。『大事にしてくれなかった』って」
「約束でもすっぽかしたりしたとかしたのか?」
チーフは食べ終わったケーキのパックをビニール袋に入れながら言った。
「いえ、そんなことはないと思うんですけど」
「でも、美咲ちゃんは陸くんが大切にしてくれないって感じてたのね」
先輩は頬に手をあてて考えを巡らせているようだった。
「フられてから連絡はとったのか?」
「いえ、しつこいって思われて逆効果かなって思って」
ついでに言えば、連絡をとって拒否されることの方が怖かったというのもある。
「うーん、確かにそうかもなぁ。俺のツレはそれで失敗してたな、確かストーカーって通報されかけたんだっけか」
やっぱり。よかった、すぐに連絡しなくて。
「でも陸くんとしては、フラれた原因がはっきりわからないのが辛いのね」
ことばにされて初めて、僕は自分が無意識にその原因を探していたことを知った。
なんだか漠然とした辛さの輪郭がはっきりした気がする。
でもその原因って本当に何なんだろうか。
またもや美咲との記憶を蘇らせている僕に気付いたのか、すかさずチーフが僕の肩を軽く叩いた。
「まぁ幸いこれから年末年始だ。明日のシフトが終われば5連休だろ? 実家にでも帰ってさ、地元の友達と楽しく遊んで、一旦美咲ちゃんのことを忘れちまうぐらいでちょうどいいのかもよ。なぁに、世界の半分は女なんだから、またいい出会いもあるかもしれないぜ」
「そう、ですね」
「私ができることがあったら何でも言ってね」
「はい」
真っ暗な道を、下宿に向かって歩く。
2人と話しても全く何かが解決したわけではなかったのだけど、自分の得体の知れない気持ちに整理がついた気はした。
でも僕はチーフが提案してくれたように実家に帰るということはしなかった。
どうするか迷った挙句、やっぱり未練がましくも美咲が下宿に訪ねてくる可能性が000000000001%でも残されている限りは帰ることができなかったのだ。
しかし休みでやることがないというのは本当に困ったものだ。これだったらレジ打ちをしていた方がまだましだった。
僕はただ、寝て、起きて、食べて、という最低限の生活を送った。一応風呂に入ったり歯を磨いたりしていたのは、もしかしたら美咲が家にやってくるかもしれないという有り得もしない望みにすがっていたからだ。
頭の中では絶えず美咲と過ごしていた頃の記憶が再生されていた。それこそ、出会ってから、付き合い始めて、別れるまでの間の記憶を無意識に反芻していたのだった。
時たま、ふと我に返って、こんなのストーカーみたいだと、すごく客観的に思ったけれど。別に行動さえしなければストーカーではない、と開き直って、敢えて美咲のことを思い出すのは止めなかった。
そして、夢を見た。
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