2 なりすまし

 VLビューワー・ウインドウの左上には、現在地を地図のように映し出すミニマップがある。今、2人のアバターがいる場所に、遠くの方から誰かが近づいてくるのがわかる。

 ミニマップでアバターは、それが他人なら青い点、フレンドの契約を結んでいるアバターは黄色い点、自分自身は赤い点で表示される。ミニマップの端に黄色い点が一つ現れて、それが二人が居る赤と黄色い点の場所に近づいてきたのだ。

 近づいてきたその点の主はすぐにビューワー画面に登場した。マドカと名乗る女性アバターに負けず劣らずの派手な外国人美女アバターが舞い降りてきた。

 マドカはすぐにキーボードを打つ仕草。同時に、今現れた彼女もすぐにキーボードを打つ動作を始めた。


『めぐ~ナノくんがVL辞めるって言うの;;』

『マドカさん、こいつ偽物だよ。騙されちゃだめ』


 チャットテキストが同時に2行繰り上がった。

 今来たアバターは『めぐ』っていうのか。え? 偽物? 兄貴のアバターのことか? まぁ、そりゃそうだろうな。こいつが兄貴になりすましているのは明らかだ。

 二人はまた同時にキーボードを打つ動作を始める。


『もういい加減にしてよ! あなた誰?』

『え~? めぐちゃん何言ってるの?』

『なんでナノのログインパスワードを知ってるの? いったいどういうつもり?』

『へっ? どういう意味?』

『マドカさん、こいつナノじゃないよ! なりすまし! ナノのIDとパスワードを使ってVLにログインしてるのよ』

『えーうっそ! ナノくん? ……あらぁ? 中の人(現実世界のそのアバターのユーザー)はナノくんじゃないの?』

 

 凄まじいチャットの応酬! 二人ともキーボードを打つのが速い。だけど話の内容は相当切羽詰まっているようだ。何しろ死んだ兄貴のアバターでVLしているやつがいるんだから。

 ナノを名乗る兄貴の偽物アバターは無言のまま。この状況でどう言い訳する気なのか? 僕も部外者ながらだんだん腹が立ってきた。兄貴のアバターを無断で使うコイツに悪意さえ感じてくる。


「うわぁぁーーーー!」


 僕はパソコンデスクの前から悲鳴をあげて飛びのき勢い余って倒れそうになった。

 ひとりでにキーボードがカチャカチャと音をたてて連打されたのだ。

 僕は本棚いっぱいまで後ずさりして独りでに勝手に叩くキーボードを凝視!

 驚きのあまり逆に目が離せない。

 気づくとVLビューワーの中のナノがキーボードを叩く仕草をしている。

 おそるおそるパソコンに近づいてチャットウインドウを読んだ。


『理由はそのうちわかるだろうけど、もうすぐログインできなくなるんだ』

『だから~なんで? ナノくん? どうしてなのよ~?』

『いい加減にして! あんた誰なのよ! あなたがナノのわけないじゃない』


 ビューワー画面の中の3人がキーボードを打つ動作は続く。チャットウインドウの文字列の行が次々と繰り上がっていく。誰も触っていないキーボードが勝手に連打される音がカチャカチャと部屋中に鳴り響いていた。


『めぐって妹のめぐだろ? こないだ知って驚いたよ。お前も性格悪いな~VLしてるならしてるって言えよwww、しかも俺たちのギルドのメンバーだったなんてさ』


 何を話しているのか検討もつかない。めぐって妹? 姉貴なの?

 ビューワーに映るナノと名乗るアバターが話し終えると連打していたキーボードの動きも止まった。しばしの沈黙。するとめぐがキーボードを打つ動作を始めた。


『どういうこと? 私の事、どうして知ってるの?』


 するとマドカがキーを打つ動作。


『何の話? 妹?』


 またしても目の前の兄貴のパソコンが勝手にキーを叩きだした。独りで勝手に叩くキーボードの音が再び部屋中に響く。一体どう言う仕掛けなんだ? だけどVLビューワー画面にいるナノの動きとリンクしているように叩いてるし、何が起こっているのだろう? 不気味過ぎだ。

 チャットウインドウを見た。


『めぐは俺のRL(リアルライフ=現実)の妹なんだ。マドカごめん、また来るよ、今日はもう落ちる』


 ナノがそう言った途端にVLビューワーが勝手に終了した。僕は何が起こったのか理解できなかった。キーボードが勝手に動いたりビューワーソフトが勝手に終了したり……。

 驚きのあまり言葉も出ずその場に立ちすくんでいると、いきなり姉貴が部屋に入ってきた。僕が振り向くより姉貴が詰め寄る方が早かった。


「元輝? あ、あんただったの? このなりすまし! どういうつもりよ」

「え? い、いや、僕は……」


 突然モニタがシャットダウン! 電源が勝手に落ちた。モニターが消えて部屋が真っ暗になると姉貴が部屋の明かりをつけた。


「昨日からナノが……兄貴がVLにログインしているって今日聞いたのよ。まさかと思ってインしてみたら、元輝! あんただったのね……」

「違うよ! 僕じゃないよ! キーボードが勝手に、独りでに動いて……」

「はぁ~? 何バカなこと言ってるのよー!」

「嘘じゃないよ! 斗真が言ってたよ、あれは兄貴の……」

「ばか!」


 パシッ!


 姉貴に平手打ちを食らって僕は尻餅をついた。僕は打たれた左頬を押さえて上目遣いにそっと姉貴を伺う。姉貴は顔をくしゃくしゃにして俯いていた。


「どうして? ……どうしてそんなこと……するのよ……」


 姉貴はかすれた声で途切れ途切れに声を振り絞る。足下にポツポツとしずくが落ちた。


「姉貴……姉貴もVLやってたの? 今の『めぐ』っていうアバターは姉貴なの?」


 キッと顔を上げた姉貴が真っ赤に晴らした目で僕をにらんだ。僕は相変わらず卑屈に上目遣いで姉貴を見上げていた。

 なんとなくだけど、姉貴の言いたいことはわかる。僕も本当のなりすましの犯人が憎たらしく思えていた。事情を知らないVLユーザーの兄貴の友人たちを騙し、僕と姉貴を愚弄するなんてとんでもないヤツだ。

 だけど、姉貴の悔し涙を見ているウチに、まさかとは思うけど、さっきの怪現象は本当に兄貴が? ……そうあって欲しいというあり得ない期待感で胸が締め付けられてくる。


「そうよ、私もずっと前からVLやってたわ! いい? もう一度ログインして! 兄貴のアバターでいいから! そしてみんなに事情を話すの」

「え?」

「このままでいいわけないでしょ! 兄貴が死んだこと今までみんなに黙っていたけど、今日これから話す。いいわね、こんなことしたんだから、なりすましてごめんなさいって、そうみんなに言って謝るのよ」


 いやだから僕じゃ無いのに……だけどさっきのキーボードが勝手に叩く怪現象はなんなんだ? それを姉貴に信じろと言ったって今のこの状況では無理そうだ。


「早くパソコン立ち上げなさい!」


 吐き捨てるようにそう言い残し姉貴は部屋に戻った。僕は仕方なく兄貴のパソコンを起ち上げてVLビューワーを起動した。

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