第2章 VLの残留思念

1 漂う気配

「よ!元輝(もとき)おはよう」


 校門を入ったところでクラスメートの有賀斗真(ありがとうま)が声をかけてきた。

 今更だが自己紹介をすると、僕の名前は奈野見元輝(なのみもとき)、斗真も僕も近所の公立高校へ通う2年生。

 斗真とは中学も一緒だったのだがその頃は顔見知り程度でほとんど付き合いはなかった。同じ高校に通うようになって同じクラスになってから急激に親しくなったんだ。

 そうなったきっかけは不純極まりないもので、高校1年の時にグループで研究する夏休みの課題をするために何人かのクラスメートがウチに集まったことがあった。その時たまたま家にいた姉貴を見て斗真は一目惚れしたそうだ。以来何かと理由をつけては僕の家に遊びに来るようになり、話しているウチに意外とウマが合うことをお互いに悟ったわけだ。


 姉貴は女子大生だし僕らの年齢の男子から見れば魅力的なお姉さんに見えるのだろうな。

 姉貴はたまに大学の友達を家に連れてくることがあるんだけど、その友達が多分トイレに行こうとしたんだろう。僕が部屋に戻ろうと階段を上りかけてふと上を見ると、ミニスカートからのぞく素足の太腿もがまぶしい巻き毛ロングヘアーの素敵なお姉さんが降りてきて鉢合わせになり「あらぁ、弟クン? お邪魔してまーす」ってにっこり笑ったその笑顔に目が釘付けになった。部屋に戻ってからも、あんな美人が今家に来ているのかと思うとソワソワして落ち着かず心なしか胸もドキドキしていた。


 客観的に見て、姉貴もまぁ顔は可愛い方かもしれないしスタイルもいい方なのかもしれない。斗真もたぶん、僕があの時、姉貴の友達にのぼせそうになったのと同じ印象を姉貴に持って一目惚れしてしまったんだろうな。そう考えればわからないでもないけれど……。姉貴とはあまり仲がいいとは言えない僕にしてみれば複雑で、ある意味迷惑な話だと言えなくもない。


「ん? 元輝? どうしたの?」

「え?」


 斗真はなにやら怪訝そうな顔で僕を見た。

 昨夜はあれから疾風の勢いで部屋に戻りベッドでふとんを被ってガクガクと震えっぱなしだった。

 確かに音を聞いたはずなのに、自信を持って聞いたと断言できるのに、なのに部屋には誰もいないどころか電気もパソコンすらついていなかったのだ。だったらあの時ネトゲをプレイしていた音はいったいなんだったのだろう。寝ぼけて聞いたソラ耳? それとも夢でも見たのか? 結局あれから寝付けないまま朝になり寝不足で登校してきたもんだから、きっと顔じゅうむくんで目つきもうつろに間延びしていたに違いない。


「やっぱわかる? 昨日あまり眠れなくてさ、超寝不足なわけ」

「あっそう? でも、そういうことじゃ無くて」

「え?」


 パシパシと瞬きをして今度は僕が斗真の顔をまじまじと見る。


「なんていうかなぁ、お前『死臭』ってわかる?」

「刺繍? って針と糸で……」

「いや『死臭』、死の匂い」


 藪から棒に、しかも朝っぱらからこいつ何を言い出すんだ?


「なんだよいきなり?」

「いや、葬式に出たり墓参りにいったり死者に近づくと、わずかに染み付く気配なんだけど……」

「兄貴の葬式は1ヶ月以上も前に済んでいるのに?」


 僕は制服のブレザーの袖の匂いを嗅いでみた。


「いや、そんな長い期間じゃなくて、ほんの数日ぐらい染み付くんだ」


 斗真が呆れた顔で苦笑する。


「匂いっていっても鼻で感じる匂いじゃ無くて気配だって」

「気配?」

「寺の坊さんや霊場の管理人とかさ、ちょっと独特の雰囲気を感じないか? あの人たちは日頃から死者に近づくことが多いから死臭が染みついていて独特のオーラを出している。『死臭』なんて言うから人聞き悪くも聞こえるけどさ、冥途の入り口に漂う気配っていうのかな? 寺や霊場では死の世界へ入る門が開くことがよくあるんだよ」


 斗真が一般人に感じられない何かを敏感に感じ取る第六感が異常に優れていることは知っていた。霊感が強いとでもいうか、幽霊やUFOを何度も見たことがあるそうだし。

 前に初めて行った友達の家で、斗真はいきなり仏壇の裏に手を伸ばして、何やら古い巻物を取り出したことがある。それをその家の人に見せたところ「あ! それはうちの家系図よ! えーどこにあったの? お祖父さんが亡くなってからずっと探していたのよー」と友達の母親に驚かれていた。斗真が仏壇の前を通りかかったら80歳ぐらいのおじいさんが仏壇の後ろを指差している姿が見えたんだとか。そんなこともあった。

 だからこいつが言うこの手の話はあながち的外れということもなさそうな気がする。『死臭』ってやつも昨日の一件と何か関係があるのかな?

 僕は昨日の兄貴の部屋のことを話した。


「へー、それはまた奇妙な体験をしたなぁ」

「うん、すげー怖かったよ」

「寝ぼけたんじゃなくて、本当に聞いたのか? そのネトゲで遊んでる音」

「うん、絶対に聞いた。その死臭って気配が俺についているなら、居たのはやっぱり兄貴の幽霊?」


 顔面蒼白で僕は斗真にすがるような視線を向けていた。肉親の幽霊には恐怖を感じないものだと聞いたことがあるけど、昨日の事件を思い出すと、途端に背筋に強烈な悪寒が走って身震いしてしまう。


「どうだかなぁ、浮遊霊や地縛霊でもない限り肉親の幽霊なんてそう滅多に現れるもんじゃないと思うけど。お兄さんはまだ完全に成仏していないのかな」


 そんなしょっちゅう現れてもらっても困る。兄貴の幽霊がまだ家の中をさまよっているとでもいうのだろうか。


「今日さ、お前んち行って兄貴の部屋を調べてやろうか?」


 斗真は興味津々な顔でうっすらと笑った。その笑顔の意味が姉貴に会うことがお目当てなのは周知の事実だけど。

 斗真の不思議な能力を僕も信じてはいるが、それだけにもし何か怖い事実でもわかったりしたらそっちの方が恐ろしい。だけどこのまま放置しておくのもやっぱり怖い気がする。


「今日来ても姉貴がいる確率は低いぞ、大学に行ってるかもしれないし」


 僕がそう言うと斗真は「ぷっ」と吹き出して笑う。


「まぁ、それも目的だけどさ~、でもそういう超常現象にも興味があるんだよ。お兄さんは亡くなったばかりだしな……あ、ごめん、気を悪くした?」


 何も気なんか悪くしていないぞ。でも、兄貴の話をしていると、今だに無意識に悲しい気持ちが顔に出ちゃったのかな。

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