第2話
7月1日
朝ごはんを食べ終えて、ランドセルを背負った。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
ドアを閉めて、階段を降りて集合場所の団地前へ向かった。東京と違って、集団登校なので数人のグループで学校に行く決まりになっている。早く出たつもりなのに背の高い2人が待ち受けていたように団地前に居た。目が合うと、
「おはよう。今日からよろしくな」
班長だろうか、握手する形で手をさしのべられた。坊主頭で日に焼けた肌だった。すごい笑顔。
「初めまして。4年生の藤田
握手に応じる。大きな手だった。用意していたセリフを噛まずに言えて一安心した。
「うん。この辺のガキにしては礼儀正しいやん」
隣の大きな人が笑った。
「いや、おめーもガキや」
「うるせえ!5年が生意気言うな!」
朝から元気なことだ。愛想笑いした。
「おっと、自己紹介がまだやったな。俺は6年の中村翔太。こっちが」
「5年の田中亮平。よろしく」
言わせねーぞ。そう言わんばかりに翔太さんを睨んでいた。視線に気付いていない振りをして翔太さんは自分の頭を掻いた。
「まあいいや。あと3人来るから集まったら行こか」
数分待つと、僕と同じくらいの背をした女子が1人と、その妹さん?が並んで来た。その後ろからまたもや僕と似たような背の男子が眠そうに歩いてきた。
翔太さんがスマートフォンで時間を確認した。
「よし、みんな集まったな。3人とも、軽く自己紹介して」
「4年の
そばかすがある。
「妹の
栗色の髪。
最後に、ずっとあくびをしている子がだるそうに首を掻いて
「4年。大野哲哉。よろしく」
眼鏡が白斑。
それぞれの特徴を記憶して、自分も先程と同じように名前を言った。
「ほな、行こうか」
歩き出した。翔太さんが先頭であとは学年順に前から並ぶ格好で、一番後ろは亮平さんだ。副班長は一番後ろらしい。翔太さんが休んだときは先頭になるとか。
住宅街を出ると、田んぼが目に入った。生命力のある緑を伸ばしている。
またしばらく歩くと海が見えた。日光を反射して眩しくて、明日からは帽子を持っていくことに決めた。教科書でしか見なかった植物や生き物に目をやりながら歩調を合わせて歩く。意外とこれが難しい。
小指くらいの大きさで学校が見えてきたとき、哲哉君が音程の取れていない、でも、どこかで聴いた覚えがある曲の口笛を吹いて彼の前の凛さんが振り向いた。
「あのさ、それ嫌いって毎日言ってるよね。何より、下手くそ。FACTが可哀想」
「おお、韻強いー」
思わず口に出してしまった。同時にあの口笛はFACTの「a fact of life」のイントロだったと理解する。たしかに可哀想に思えた。
哲哉君が振り向いて僕を見た。
「良いやん。その視点のツッコミ」
目が覚めたような、くっきりとした表情だった。
何故か褒められた。困惑で愛想笑いしかできない。
すると、凛さんが諦めたように呟いた。
「無敵かよこいつ」
思わず笑った。麗華ちゃんも小さく笑う。クールぶりたいのか亮平さんは笑いを堪えているのが伝わった。
哲哉くんはそれからというもの無言で圧を感じた。
そして、気付けば学校の前に居た。広いグラウンド、体育館も大きい。
東京とは違う、利便性の無い田舎。不便の対価で、広大さと自由を手にしたように感じた。
心を晒して生きていけるかもしれない。
「今後、また辛い目にあっても自分を無くすなよ。配慮は大事だが本心で話せ、それも礼儀だ」母が入院しているとき面倒を見てくれた、顔黒キャバ嬢の言葉を思い出した。
玄関で待ち受ける年配の先生に挨拶した。生徒が少ないので、僕の顔が初見だとすぐ理解したようだ。
「おや、君か噂の転校生は。今日から頑張れよ」
グータッチを求められた。シワが見える手を上から右手で包む。彼の手がとても大きくて包んだとは到底言えなかったが
「僕の勝ちですね」
「いや、ジャンケンのつもりやない」
後ろから哲哉君が「お前、センスある」。僕にしか聞こえない声で通りすぎて下駄箱に靴を突っ込んだ。
彼は、僕が見る限り今日一度も笑っていない。
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