本編:美味しそうな匂いがするねぇ
本編:
【Point1 商店街入り口:ロバ】
チリチリ〜ン。キキキーっ。
自転車のベルと急ブレーキの音がして、僕は慌てて振り返る。この時間の商店街は自転車渋滞が激しいから歩く人の方が気をつけなければならないのだ。
「危ねぇ〜な」
怒鳴る男の声が聞こえ、不愉快になる。歩く人の身になれよ! 僕は思わず声が出そうになるのを必死で堪えた。だってここは僕の住む街じゃないのだから、郷にいれば郷に従えだ。
「はぁ…。今時の若いものは」
ため息と共にお婆さんの声がする。
僕はさっきの自転車とぶつかったんじゃないかと思い、声のする方向へ急いだ。
「よっこいしょっと。あらあらリンゴはどこに行ってしまったのかしら」
お婆さんがこぼれたリンゴを探しているから、僕も手伝ことにした。だってこの婆ちゃん、亡くなった僕の婆ちゃんにどことなく似ていたから。腰も90度曲がって辛そうだし、皺皺の手が年齢を物語っていた。
「あらあら、手伝ってくれてありがと。あなたお幾つ? そう…、若いのにお優しいのね」
お婆さんは、ゴソゴソとボロボロのエコバックに拾ったリンゴをしまう。
「この辺りもだいぶ変わってしまったでしょ? お店の雰囲気もあの頃とは全然違うし。気をつけなされ。この時間は怪しいモノが多くなる時間。あなた、美味しそうだから、変な大人に気をつけるんだよ。ククク」
リンゴを拾う僕の耳の側でお婆さんが囁く。
僕は急に気持ちが悪くなった。関わっては駄目だったのかもしれない。そんな危険信号が頭の中で点滅している。
振り向くとお婆さんの姿はなく、商店街のBGMの太鼓の音がやけに耳に響く。
カシャっ。
どこかでスマホのカメラ音が聞こえた。
【Point2 商店街コンビニ1:イヌ】
気を取り直し、僕は商店街を真っ直ぐ進む。すると左手にコンビニが見えてきた。喉も乾いたしコンビニでジュースでも買おうと思った時、入り口で膝を抱えて座っている男がいることに気づいた。
「うぅ…」
どうやら泣いているらしい。大の大人がコンビニの目の前で座り込んで泣いているなんて、どう見てもおかしい。無視するに限る。
すると、何やらブツブツ言っている声が聞こえてきた。
「うぅ…。たかが1度、間違えただけなのに…シクシク」
なんだよ。怒られて泣いているのかよ。こういうのは無視するに限る。僕は足速に男の前を通り抜けようと速度を早めた。
プープープーっ。
猛烈なオモチャのトランペットの音が、後ろから聞こえてきた。なんなんだ!?
「そうやって…何でも無視しようとするの、よくないなー。きっとロクなことにならないぞ。ヒックっ」
やっぱり酔っ払いか。僕は無視をして前に進む。
「ちょっと、
後ろから女性の声が聞こえた。さっきの男、
プープープーっ。
遠くでまたあの音が聞こえた。
カシャっ。
うん? またどこかでスマホのカメラ音が聞こえた。
【Point3 商店街振興組合前:ネコ】
少し歩くと、右手に商店街振興組合という文字が見えてきた。何だか賑やかな音楽が聞こえる。
何かイベントでもやっているのかな? 僕は中を覗いてみた。
「ふんふん~♪ ここでターン!」
猫耳に、猫尻尾をつけた怪しい女の人が腰をフリフリ、ダンスの練習をしていた。
うん、これもヤバいやつだ。僕は黙って前に進むことを決めた。
「ちょっとそこの人。無視することないんじゃない? ここはブレーメン通りよ。音楽に合わせて楽しまなくちゃ」
後ろから追いかけるように女の人の声がする。
「ほらほら、無視すると祟られるわよぉ~。ま、もう手遅れだけどね。あなたは~呪われて~。後悔しても手遅れで~、私たちの忠告無視して、歩いていくのぉぉぉぉ~♪」
女性の声は、まるでミュージカルのように歌っている。手遅れってなんだよ。
にゃ~にゃ~。にゃぁ~。
沢山の猫の声が、女性の歌声に重なる。
カシャっ。
なんなんだ? またどこかでスマホのカメラ音が聞こえた。
【Point4 商店街コンビニ前2:ニワトリ】
ここまで来ると、人通りはまばらだ。あんなにいた人たちはいったいどこに吸い込まれていったのだろう?
今度こそコンビニで飲み物を買おうとした時、甲高い声が聞こえてきた。今度はなんだ?
「あんたが新入りか。全く団長も節操がないぜ」
振り向くと、骨と皮だけなんじゃないか? というほど痩せ細った男が、じっと僕を見ていた。
「そんなにジロジロ人のことを見るもんじゃないぜ。俺は危うく五右衛門風呂に入れられるところだったんだ。五右衛門風呂ってなんだって? ググってみろや」
また酔っ払いかと思った。だから無視して歩き始める。
「おい、ちょっと待ちな! そんなに急ぐこともないだろ? 今夜のご馳走について熱く語り合おうじゃないか」
この痩せっぽちの男がそう言った途端、バタバタバタっと何人もの人の足音が聞こえてきた。
「もう、鳥居さん。帰りますよ。この方もお困りじゃないですか。大人しくしていないと、釜茹でされますよ」
「それは困る!」
「では帰りましょう」
女の人と痩せっぽっちの男。この組み合わせがなんとも不思議で、僕は彼らのやりとりに耳を傾けてしまった。
「お前、若鶏のスープはめちゃくちゃ美味しいぞー。ジュルルルっ」
男は耳元で涎をダラダラ垂らしながら叫ぶ。あまりの気持ち悪さに、僕は目を塞ぎ耳を手で覆った。
「クククク。今夜はご馳走だ〜♪ クククク」
遠ざかっていく男の声。
カシャっ。バサバサバサバサっ。
鳥が羽ばたく音と、スマホのカメラ音が聞こえた。
【Point5 商店街ケーキショップ】
変な大人たちばかりに声をかけられる…。だいぶ疲れた僕の目に、赤い色をしたお店が見えてきた。
それはとても懐かしいケーキショップ。お婆ちゃんがよく僕のためにシュークリームを買ってくれた。ここのシュークリームは絶品だ。
カラーン。
ドアが開く音が聞こえ、中から小綺麗な初老の女性が出てきた。やっと普通の人と会うことができて、僕はホッとする。
「あら? どこかで会ったことがあるかしら?」
僕があまりにもガン見をしていたからだろう、その女性は声をかけてきた。
「まぁ、老婆に、
穏やかな女性の声に、僕はホッとする。
「そう、これからお爺さんのところへ。優しいのね」
僕たちは駅とは反対方向に向かって並んで歩いていた。
「この辺りは古から栄えていてね、この先にある『井田神社』は平安時代末期には既にあったものなの。この辺りの人々を守ってくれていたの」
子どもの頃遊びに行っていた神社が『井田神社』という名前だったこともなんとなく思い出していた。
しばらく歩いていると、賑やかな太鼓・ラッパ・歌声が聞こえてきた。商店街のBGMとはちょっと違うようだ。
「あら、彼らはあなたの事をよっぽど気に入ったみたいね。追いつかれると食べられちゃうわよ。ほら…この掲示板を見てご覧なさい」
そばにある掲示板には、『本日のメニュー』というタイトルで僕の写真が何枚も貼られていた。
「気付いてなかったの? みんなあなたの写真を撮っていたみたい。うふふ。ほら、過去に食べられちゃった人たちの写真もこんなに」
僕はその掲示板を見て驚きを隠せなかった。隠し撮りをしたようなそんな写真がいっぱい貼られていた。
そういえば、シャッター音を何度も聞いた記憶がある。
ブレーメン音楽隊の音楽はさらに大きさを増す。
「早くお爺さまと合流なさい。その手に持っている耳をつけてね」
そう言うと、女性はスーッと消えてしまった。
音楽は更に大きくなっていく…。
【Point6 井田神社】
僕は振り向くことなく早足で井田神社まで向かった。爺ちゃんの家はすぐそこだ。
早く早くっ。
「おぉ、待ってたよ」
井田神社の鳥居の前で見知った顔が声をかけてきた。
「駅まで迎えに行けなくてすまなかったね。元気そうじゃないか。来てくれてありがとう」
それは紛れもなく爺ちゃんだった。
安心した僕は急激に涙がこぼれてきて、ここまでに会った大人たち、不思議な女性ついて詳しく話た。
「そうか、そうか。その女性は、きっと井田神社の神様かもしれないな。時々こっそり我々のことを見ていらっしゃる」
そう言うと爺ちゃんは、腰に手を回し歩き始めた。
「そうそう、今夜はご馳走が振舞われるらしいぞ」
僕はドキっとする。彼らが言っていたご馳走は僕のことだったから。
「お前も、うまく化けれるようになったの〜。どこから見ても人間だ。今夜は久しぶりに人間が食べられるからな、楽しみにするといい。いひひひ」
僕は慌てて駅前でもらった猫耳カチューシャをつける。
いつの間にか目の前の爺ちゃんのお尻の辺りから、大きな尻尾が生えていた。
【エピローグ】
ここはブレーメン通り。動物たちが活躍できる場所。
彼らと仲間になれば幸せが訪れる。
仲間にならなければ…。
今日もブレーメン音楽隊が、元住吉の商店街を見守っているのだ。
「お前も仲間になるかい? イヒヒヒ」
END
喰うか喰われるか!? これぞブレーメン 桔梗 浬 @hareruya0126
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