5時間目 遠くへ

その日の集合時間は午後6時。場所は近所の公園だった。何歳になったって5時55分に着いているのが翼、6時5分以降にやってくるのが翔。この構図はなんら変わっていない。


「なんで夜なんだよ」

遅れてやってきた翔に対して、開口一番に尋ねた。

「そりゃ、こういうのは夜の方がワクワクするだろ」

なんとなく言いたいこともわかるし、その方が涼しいので大人しく納得することにした。


金曜日の放課後、翔から届いたラインによって、この約束は突如結ばれた。

『明日自転車でどっか行こうぜ』


3秒で思いついたことをそのまま送りつけたような大雑把なラインはまさに、翔の性格をそのまま表しているし、そこから目的地なども一切話していないあたりもひどくあさましいものだった。


「まじ昨日の4限ほんとやばくてさ」

「それはお前が悪かった話だろ」

暗転しはじめる世界の中、2人だけで前へ前へと走る。前を見ると、河川敷沿いに土手がどこまでも続いていた。

他愛のない話をしながら、土手の上をまっすぐに進む。


辺りが暗くなったからか、いつもよりも自転車が速く進んでいるような感覚に陥る。太陽が沈み、見えるものがどんどん少なくなっていった。


そのうち、2人の口数も少しずつ減っていった。疲れたからではなく、段々と漕ぐことに夢中になっていったからだった。


漕ぎ続けて、どのくらいの時間が経っただろうか。翼達は既に来たことも見たこともないような場所を進んでいた。

河川敷の方を見下ろすと、野球用のグラウンドが多く並んでいる。照明をつけながら野球をしている団体も、まだちらほらいるようだった。


しかし、グラウンド群をひとたび抜けると、そこから先は再び暗闇に包まれた。

周りから見えるものが少なくなり、ただ暗闇だけががむしゃらな2人を穏やかに包み込んでいた。


「翼!」

前を進む翔が上を指さしている。翼は、その時上を見てはじめて、そこに強く光る満天の星に気づいた。

「わぁ...」

あまりに綺麗なその光景に翼は言葉を失った。プラネタリウムでしか見ることができないような、そんな景色が今、自分の上にどこまでも無限大に広がっていた。


「こんな綺麗に星が見えるところが近くにあったんだな」

「近くでは断じてないぞ、自転車をもう1時間は漕いでる」

「ばか、そのくらいの距離渋ってて冒険なんて出来るかよ!」

前髪を雑にかきあげながら翔はそう叫んだ。


何が冒険だ、と昔の翼ならそう言っただろう。高校で翔と出会ってから、翼は色々なものを否定的に見ることが少なくなった。

「無理に決まっている」から「無理かどうか気になる」へと、「みんな出来なかったし」から「自分なら出来るかもしれない」へと、翼の考え方は変化していった。


これも全て翔と出会ったからだ。あいつがいつも興味津々に食いつく、"ちっぽけな可能性"

は、いつもやたらと強烈な光を放っているように思えた。今だってそうだった。翔が抱いた純粋な好奇心が翼をこの満天の星の下に連れてきたのだ。


星の間を泳ぐように進んで、翼達はついに、土手の終着点に辿り着いた。

「おぉ!海だ!!」

土手を降りると、砂浜のような場所に行くことができた。砂の上ではしゃぐ翔の方へ少し遅れて翼も降りていった。


足に馴染んだスニーカーで砂を踏みしめると、強い達成感が波のように押し寄せてきた。


「向こう、すげえ綺麗」

少し右の方を見てみると、遠くに広がる都心の光がキラキラとここまで届いていた。

まるで地上の星のような、その景色はそこでの人々の生活の営みを語りかけてきているようだった。


しばらくの間、お互いに何も話さず海や街の光を眺めていた。

「...来てよかった」

翼がそう呟くと、翔は振り返って安心したように言った。


「俺もそう思った!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

空色教室 わちお @wachio0904

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ