4時間目 先生、あいつが...
「へぇ?それで?」
「もう、ほんっと脈なしなんですー...」
授業が全ておわり、ほとんどの生徒が帰宅した1組の教室の中で、
恋愛相談だ。
優奈からしてみれば意中の相手がこちらを見ていない気がする、ということは一大事なのだが、担任の身からしてみれば、こういう時間も少し楽しくワクワクする時間であった。
生徒用の机を二つ、向かい合わせ、頬杖をつき、微笑みながら優奈の話を聞く。
「この前だってLINE送ったのに、返事返ってきたの1日経ってからなんですよ?
もう、諦めた方がいいのかな...」
まったく、あいつは...罪な男だな、と思いながら西野は相槌を打つ。
優奈の好きな人もまた、1組にいる。
少し意外だったが、まあモテるのはわかる。
底なしに明るく、誰にでも優しい。
しかも顔もいい方だとは思う。
「先生も無責任なことは言えないけど、伝えるだけ伝えてみればいいじゃない」
「そうだけどさぁ...」
言いたいことはわかる。
想いを伝える、というのはすごく怖いものだ。しかし、教師の身である西野としては、生徒が馳せる想いを心にしまったまま大人になることの方が心配だと思ってしまっていた。
「ほんと、どうしよ...」
机に突っ伏すようにぐったりとした優奈を、窓から差し込んだ夕陽がオレンジ色に染めている。
脈なしと本人は言っていたが、そこまで悲観的にならなくても良いくらいには優奈は可愛い見た目をしていた。もちろん見た目だけが恋愛を左右するわけなどない。正直あとはあいつ次第でしかないのだろう、と西野は頭の中では思って、口に出さないのだった。
「てか、先生はそういうのなかったの?」
傾いた陽によってオレンジと黒の二色になった教室を優奈の疑問が包んだ。
「えー?先生のはいいよ」
「なんでよ!聞かせてよ」
そう言いながらも西野は自分の高校時代を思い返していた。
『好きです、付き合ってください』
あの時もこんな色の教室だっただろうか。
おぼろげな高校時代の鮮明な記憶が、この教室から思い起こされた。
どこまでも青くて、きらきらとしていて、そして苦い、そんな記憶。
痛烈に振られたのを覚えている。
あの日からその男の子とは少し疎遠になってしまった。
けれど、すごく清々しかった。
あんな痛烈な振られ方をされたらそうなるのも無理はないだろう。あの日ほど誠実さが痛く突き刺さった日はない。
あの日、あの子のおかげでひとつ大人になった。だからこそ、西野は優奈の背中を強く押す選択を取る。
「ありったけを伝えなさい!忘れ物は過去には取りに帰れないのよ」
そう言ったその時、がらがらと教室のドアが音を立てて開いた。
「あれ?先生?優奈もいるし、どうしたんですか?」
西野も優奈も、その声の主に驚いて少しの間動きが止まってしまった。
それも無理はなく、まさか優奈の想い人がこの場に来ようとは思っても見なかった。
「何話してたんですか?」
そう言って前髪を雑にかきあげる。
「何話してたかって?さあねぇ?」
西野はわざとらしくあしらって優奈の方を向いた。優奈は頭が真っ白になっているらしく、「あ」の一文字ですら発せない様子だった。
「なんすかそれ。意地悪ですね、優奈、何話してたの?」
詰まりながらも優奈は真っ直ぐに目を見て一言告げた。
「なんでもねーよ、ばーか!」
西野はあいも変わらず頬杖をついて、2人を見ながら微笑んでいた。
1日の最後のチャイムが鳴り、正面の黒板に映る影が、その姿を伸ばしていった。
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