3時間目 課題見せろ!!

「待って…」

「ん?」

「長文の日本語訳プリント、提出明日じゃね…?」

「あ」


あれほど騒がしかったカラオケルームが、一瞬にして水を打ったように静まり返った。

安っぽい音色のカラオケ音源だけが、空気を読むことなくひとり歩きしている。


当然、この場にいる3人の男子高校生は、誰一人としてその課題に手を付けてはいなかった…と思われたが

「俺は知ってたけどな」


名乗り出たのは1組きっての優等生、星川 健一けんいちだった。

健一は勉強のできる人気者だった。定期考査は毎回必ず学年10位以内には入っている。その上バスケ部に所属しており運動神経も抜群で、おまけに高身長でイケメンだ。女子にもモテる。完璧男子だった。


「健一…お前マジでナイス!」

「いつもお世話になってます…」

課題で絶望しかけていた翔となぎが救われたかのように言った。


「いやいや、前言ったじゃん。次は絶対見せないって」

「え?」

「え?」

「なんか最近お前ら俺のこと都合よく利用しようとしてるきらいがあるからさ」


「いやいや!なわけねぇだろ」

「おう、大事な友達だよお前は」


「じゃあ、それを証明してみてくれよ。」

「え?」

「俺により良い条件を提示してくれたほうにだけ課題見せるよ」


唐突な申し出に困惑する二人だったが、文句を言えるような立場でないことは理解できた。

そもそも課題は自分のためにやるもの、と言っても二人のようにまじめにやらない人間のそばにいれば課題なんてばかばかしく思えてしまうというものだ。


「飯おごる!」

翔が間髪入れず提案する。

「それ、いうと思った。けどそういうのはいらないんだよ、俺あんま外で飯食いたくないし」


「課題次から俺がやる!」

今度は凪が提案する。

「あんまりこういうこと言いたくないけど正直俺がやったほうがよくね?」

「そんなこと間違っても言ったらだめだろ」

笑いながら翔が煽る。


そこから数々の対して刺さりそうもないような提案がカラオケボックスで飛び交った。

「新作のゲーム買うよ!」

「今も結構持ってるからいい」

「お前のゲットしてないポケモンあげる!」

「図鑑コンプリートした」

「綾の連絡先!」

「プライバシーって知ってる?」

「肩たたき券」

「母の日かな?」


一通り提案し尽くしたところで翔と凪は顔を見合わせた。降参である。

タイミングよく訪れた沈黙に合わせたかのように店員がフライドポテトをもって入ってきた。


一瞬の気まずい空気が店員とともに外へ出ていくのを確認すると、健一が意気消沈している二人に笑いながら告げた。

「冗談だよ。課題くらい見せるって」

「いやいや、別にお前がいやなら断ってくれていいんだぞ」

「うん、いつも見せてもらってるし、そりゃ困るけどさ」


いきなり改まってものを言う二人に対して健一は声をあげて笑った。

「いや、ほんとに気にしてないんだ。俺はお前らが遊んでくれるのが最高にうれしいからさ」

そう言って立ち上がる健一の背中はスクリーンのブルーライトによる逆光も相まってか、なんだかきらきらとしていた。


「ほら、わかったら再開だ!課題なんて後だ後!」

スイッチの入ったマイクが健一の声を拾って、どこまでも反響する。

「さ、みんなで歌おうぜ」


ちっぽけな部屋いっぱいに、ケツメイシの『仲間』が流れ始める。

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