あやしいバイト

村上一閃

あやしいバイト

「なぁさ君、稼げるバイトあるんだけどさ。興味ないかな?」

「はぁ.....」

 彼についてきたのだからこういう話だろうと予想は出来たはずなのにそれを知ってまでそれとは違う可能性に賭けて自分をここまで連れてきた好奇心に僕は呆れながら運ばれてきたアイスティーを手に持った。

「実は凄いんだこのバイト.....日給6万。それでな.....」

 やっぱり家にいるほうが良かったと後悔しながら後々同窓会でイジってやろうと思ってある程度は聞いておいた。彼の名前は鈴木タカヒロという。



「という事がありまして。」

「それは大変だったな!」

 ガハハと豪快に笑うのは一つ上の高岸先輩だ。彼は少し離れた県から来たらしい。詳しい事は分からないが田舎だったらしく再開発か何かだろうか。一家できたらしい。

「それでですね.....」

 面白いネタだと思いながら彼の言っていたバイトについて次々と話した.....



「この前さ、高岸先輩詐欺で捕まったじゃん?あれさー実は紹介したのは『君自身』なんだよな.....僕から聞いた話を彼にしたでしょ....フフフ何も怖がることはないさ....エ、何で『僕が』だって....あのバイトの話をしたのは実は君だけなんだよ.....僕が君以外にも言っているとは一言もあの時言ってないんだぜ。君は周囲から僕が怪しいバイトの話をしていると噂を聞いていたそうだけど内容まではよぉく聞いてなかったようだね。うんうん残念なこった。君の交友関係からしてまず最初に彼に話すと思っていたよ.....アレ?おいおい気を失いかけるんじゃないよ。僕は君をお上に付きだそうだとか言っているわけじゃないんだぜ。ただ君には僕からバイトを聞いたことを黙っていてもらいたい。まぁ君はまず言えないと思うがね。何せ僕が言っていたことを伝えれば君自身が彼に紹介したことも伝わるんだからね.....幸い先輩は君を庇って君から聞いたことをまだ証言してはいないらしいがね.....フフフ何故こんな事をするかと?実は彼はね、二年前僕の妹を襲った人物なんだよ。性的にね。彼はその後転校してここまで来たのさ.....彼ね.....親のところが太いんだよ。田舎なもんだからみんな分かっているけどそれを言うと彼の親の会社から潰されちゃうんだよ。大手スーパーを田舎に誘致したのも、山道の道路を整備するように掛け合ったのもみんな彼の親のところだからね。逆に僕の一家が村八分を喰らったんだよ.....そうして受験シーズンに差し掛かったわけだ。ちょうど半年ちょっと前だね。滑り止めの高校のホームページを見ていたらね。なんという事か。彼の写った写真があったんだよ。僕は神に感謝したね。遂に妹の仇を打つことが出来るとね。そうして僕はここに入ったわけさ。」

 何故そんな悪魔の計画を実行に移せるんだ.....君の妹がそんなことを望んでいるのかと一般論を僕は思わず叫びそうになったが彼は冷たい眼差しを僕に向けたまま何事も無いと言わんばかりにアイスティーを一口飲んでから続けた。

「最初こそ刺し殺そうとしたよ。でもね、彼のせいで豚箱にぶち込まれるだけは勘弁さ。だから自分の手を汚さずに彼を落とす算段を考えたさ.....そこで思いついたのが詐欺だった。詐欺なら実行させたら結構になるだろうこのご時世。テレビニュースを見ていて助かったよ。君もスマホのネットニュースだけ見るのはやめたほうがいい。そして僕は君の言う悪魔の計画を実行に移すために動いたんだ.....君は先輩と仲が良かったからね。まさか詐欺のバイトを君から聞いたなんて言えないだろう。君には優しい先輩だったんだな彼は。少し調べたんだがね、君のお母さんは君が大学へ行くことを随分と望んでいるらしいな。スーパーで一週間分の仕入れをしているときに偶然お母さま同士の会話を聞いたんだよ.....おいおい君、そんな顔で見るんじゃない。たしかに立ち聞きだが狙った訳ではないんだからな.....兄貴、ヒッキーなんだって?そりゃあ望むってものだ。誰だって望むだろうな。.おいおい君、そんな顔で見るんじゃない。たしかに立ち聞きだが狙った訳ではないんだからな。」

「そう.....だけど.....それは.....」

 僕の倫理観や道徳観が悲鳴を上げながら心臓はバクバクと鳴りだし、顔からは汗がタラタラと垂れている。夏もまだ始まりを迎えそうだというのにこんなにも蒸し暑そうな僕を見たら誰でも疑いや興味の目を向けるだろう。

「君には本当に助かったよ。ありがとう。あとは僕がやっとくから安心しておきなさい。」

 そう言って彼は席を外し、颯爽と去っていった。僕は金縛りにあったように動くことが出来ず、しばらくじっと座ったままだった。

 夕方になり、店員からもいつから居座るつもりだという目を向けられ僕はバッグも持たずに慌てて飛び出し、会計に来たところで財布の入ったバッグが席に忘れたことを思い出した。そして走って持ってくると会計は既に済んでいたらしい。彼がやってくれたのだろうか。家に帰ってから僕は珍しくゲームもせずに部屋のベットに着替えもせずに潜り込み、それから次の日の朝までずっといた。  寝れたのは三時間ほどだった。



「えぇ.....鈴木君はいきなりだが転校となった。先生も急で詳細は分からないがご両親からは急ですいませんと何度も謝られたもので深い理由も聞けなかったのでな.....そういう訳だ。」

 クラスから次々と声があがり中には彼に軽口を叩く者、中には彼との突然の別れに泣いていた者もいた。僕だけが平静を保っていた。いや、傍から見れば僕もおかしくなっていたかもしれない。実際隣の子にも気分が悪いかと聞かれたし。

 放課後、僕は職員室に行き、彼について話を聞いた。最初は入り口で朝のものだけで全部だと言われたが、詐欺の話を抜いて彼と一昨日に会った事、その時は特に何ともなさそうだったこと(無論嘘だが)を話すと中に入れられて説明を受けた。どうやら親友だと思ってくれたらしい。

「彼は.....鈴木君は.....」

 捕まったんですか、詐欺を話して。僕はその言葉を今か今かと口に出そうとしながらもギリギリで思いとどまって出されたお茶を飲んだ。

「死んでいたんだ.....自殺だよ.....」

「え.....」

 僕は絶句した。彼はあそこまで僕に垂れておきながら自分は死ぬのかと。僕はその時自分の感情を分からなかったが怒っていたのだと思う。あそこまで偉そうにしていた人物が結局他の大多数と同じように責任をとって死ぬのかと。僕は敬意を彼に抱いていた。ほんの少しだが確実にその感情はあった。自身の肉親の為に将来を棒に振ってこんなにも偏差値の低い学校へ入学したのだ。僕は前のテストの時に彼が満点を取ったことを覚えている。偏差値はいくつになったのだろう。僕はその時に何故この様なとこへ来たのか不思議に思ったものだが今となれば分かる。そんな彼がこんな形で終わるのが許せなかった。到底承服出来なかった。

「山で死体が発見されたんだ.....頭を凹ませていたんだと.....」

「彼は.....捕まった高岸先輩とは.....」

「高岸先輩?」

 僕は彼とその関りが無いのに話を振った自分が愚かだと悟り、冷や汗を噴出した。しかし先生は勝手に納得したようで話してくれた。

「君は彼とも交友があったな.....彼も死んでいる。睡眠薬の過剰摂取のようだ.....」

 彼だな。彼以外そんなことをする人物はいない。僕は千鳥足で職員室を後にしようと出口に差し掛かった時だった。ふと一つの疑問が湧いた。

「どうして.....」

「うん?」

「どうして先生は生徒が死んだことのみならず『死因』までも知っているんですか.....両方とも.....」

 そこまで言ったとき、急に酷い眠気に襲われた.....まさか.....まさか!

「ここで君がそこを疑問に思わなければ友人二人を一度に失ったショックで倒れたという事にしないでも無かったのだがな.....残念だったよ。」

 この教師.....この教師が!

「二日後には君の死体が隣の県で発見される。警察関係者に友人がいてね。」

「何故.....何故そんなことを.....!」

 怒りと恐怖に震えながら僕の意識は段々と遠のいていく。

「犯罪を犯した生徒が自分の学校から出ることを歓迎する教職員がいるとでも?それはそうとして犯させるようにした子たちも一緒に始末しないと.....伝統ある我が校に泥を塗る馬鹿どもを増やす危険だって.....あるだろう?」

 こいつ.....こいつは.....!

「あ、そうだ。君は鈴木君から全てを聞いていないだろう実は先輩が彼の妹を襲った時はね.....実を言うと一人の性欲にまみれ、制御の利かなくなった野獣の中学生の犯行なんかじゃなかったんだよ。もしそうだとしたら流石にその地域一帯で力を持ってると言っても.....隠し通せはしないだろうよ.....それで彼一人だけでもと逃がしたわけだが犯行現場に一緒にいた人物が学校の関係者でもないと学校に通えないだろう?」

 この野郎.....お前.....お前だけは!

「じゃあな、哀れな生徒君。綺麗に処理はしてやる。」

 段々と朦朧としながらも床を這いつくばって逃げていく。職員室を出て、廊下の先に死んだという彼の幻影を見ながら僕は眠りについた。

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