第五章 7
三蔵法師は、
「悟空よ、瞬時の判断でよくやったぞ」
と、遠慮がちに小さな声で言いました。
ようやく杖を支えにして、立ち上がった孫悟空が訊ねます。
「お師匠様、なぜ咄嗟に、あれが毒を塗られた短剣だと気づいたんですかい?」
「寝ている者の耳に毒を流し込むやり口を考え出す頭の持ち主が、次には決闘をおぜん立てした。……とすれば、短剣を折れやすく細工するか、剣先から何かを出すようなからくりを仕込むか、あるいは刃先に毒を塗るか……、昨夜、そんな話を八戒としていたので、気がついたまでのこと」
悟空は傍にいる八戒に言いました。
「おい、おとうとよ。すごいな、そんなに悪い手口ばかりをいっぱい思いついたのか?」
「あにき、からかわないでくれよ。ない知恵をしぼって考えたんだから」
沙悟浄が問うには、
「お師匠様、きっと刃先に毒を塗ったに違いないと、一つの方法に絞り切れたのはなぜですか」
「八戒が、口から毒の匂いを漂わせていたからな」
「そういえばおいら、もしかすると毒の入った杯を飲み干したかもしれないぞ。どうも急に腹が痛くなってきた……、ような……、気がする」
「言われてから気がつく奴があるかい。毒を飲んでも平気な土手っ腹で、脳みそからは悪い手口をいっぱい思いつくなら、ばけものを集めて、お前はその国の王様になれそうだな」
「あにき、ひどいよ。おいらは王子様を守るために、ない知恵をしぼって考えたんだから」
「王子様じゃない、これからは王様だ」
沙悟浄が言いますと、ちょうどその時、侍女たちが火の灯された大きな蝋燭を何本も持って入ってきたので、広間は急に明るくなりました。
オフィーリアは、先ほどまでクローディアスが頭に乗せていた王冠を拾い上げて、
「王様、これを……」
と掲げてみせました。
うやうやしくハムレットは片膝をつき、頭にずっしりと重く感じられる、デンマーク国の王冠を頭上に戴くのでした。
今にも拍手が起こりそうな、膨れ上がった期待を手で制し、背筋をピンと伸ばして口を開きました。
ところが、
「みんな……、有難う、……これまで……、」
言葉に詰まり、思いは大粒の熱い涙となってはらはらと、流れるばかりです。
誰もひと言も、声を出しません。
しばらく、大広間は沈黙に支配されました。
「やっと……、やっと……、私は……、」
やがて誰かが、声を発しました。
「新しいハムレット王、おめでとう!」
続いて、
「おめでとうございます!」
「新しい王様、万歳!」
「ついに討ち取りましたね!」
「やりましたね!」
「ばんざーい!」
「乾杯しましょう!」
「おめでとう!」
「乾杯!」
新しい王は、割れんばかりの大歓声と拍手に包まれました。
あの時のハムレット様は泣いていた、とは今となってはもう誰も知りません。その場にいた者どもが皆、「何があっても口外しないこと」の誓いを守ったためでしょう。
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