第五章 4

 さて、いよいよ名目の上では賭け試合の日、実際には決闘の日、腹の底では互いに探り合い、罠を掛け合いの日となりました。城の窓から見える夕闇は次第に濃くなり、葡萄色へと深まってまいりました。

 大広間の中央には七本の蠟燭が灯されており、その周囲には、二人の勝負を引き立てるために、さらに十数本もの蝋燭が置かれております。壁には大きな松明が燃えており、この試合を見逃すものかと、次第に増える人々の影をゆらめかせています。


 やがて従者らが現れ、王と王妃のための玉座と、見物用の長椅子をいくつも並べ、続いて喇叭手、鼓手が登場しました。その後から王と王妃、廷臣が続き、審判が試合用の剣立てを持ってまいりました。最後に、レイアーティーズが試合用の扮装をして入ってきます。

 反対側の扉からは、ハムレット、ホレイショーらが入ってきております。ハムレットの後からは、目立たないように続く動物劇団の大柄な豚や、三蔵法師に付き添われて、杖をついている大猿の姿もありました。

 レイアーティーズは、ハムレットの姿が目に入るや、

「無礼者め、今日こそは突き刺して窓から放り投げてやる」

 と鼻息も荒く、頭からは湯気が出ています。

 いっぽう、ハムレットの頭は、クローディアスをいかに引きずり出すか、いかに逃げ場を塞ぐ言葉を浴びせかけるか、そのことで一杯です。レイアーティーズなど、ほどほどに様子を見て中止にしようという試合の相手に過ぎませんから、ろくにそちらの方は見もせずにおりました。

 ところが、そのことがかえってレイアーティーズの怒りの炎に油を注いだのでした。

「おい、王子様よ」

 睨みつけながら話しかけると、ようやくハムレットはレイアーティーズの方を向きました。

「墓場ではさんざん愚弄してくれたな、覚悟しろ!」

「何を言う、このところ墓場になど行った覚えはない」

 そう応える毅然とした表情すら、レイアーティーズの目には挑発的なおとぼけとして映るのでした。

「許さぬ、許さぬ! 貴様を血祭りにして、引き裂いてやる!」

「そう興奮するな。君の腕前からすれば、十分なほど余裕を持って勝てるではないか」

 二人の小競り合いを遮るように、クローディアスが立ち上がり、

「では試合を始めよう、賭けのことは知っているだろうな?」

 と、ハムレットに語りかけました。

「ああ、承知している」

 不愛想に応えるハムレットに対して、クローディアスは愛想が泉から湧き出てくるかのように、

「よしよし、最初から三本ほど先取しているのだ、相手が強敵なだけにな。まず負けることはあるまい、王家の血筋の健闘を祈っておるぞ、ハムレット君!」

 猫撫で声で、図々しく、白々しく、励ますように述べました。

 審判が片手を挙げて、合図をします。

「では、両選手とも位置について」

 両選手はそれぞれ吊るしてある何本かの剣から自分のものを選び、定位置に立ちました。

「ちょっと待ってくれ」

 ハムレットが制します。

「何か、気になる事でも?」

 審判が問いますと、

「剣の長さが少し気になっただけのこと、こちらと取り換えよう」

 と、短めの剣を選び直しました。

「ふざけるな! 早くしろォー!」

 レイアーティーズは真っ赤な顔で催促します。

「まあまあ、そう大声を出すな」

 ハムレットはあくまでも冷静に返答しながらも、しかしふと、蝋燭の方から何やらおかしな香りが漂ってきたように感じられたのでした。

 中央に置かれた玉座はややレイアーティーズ寄りにクローディアス、ハムレット寄りにガートルードが、いわば最前列の位置で見守っています。

「では、始めい!」

 審判の声と共に、試合が始まりました。その声が広間の隅まで届くかどうか、というタイミングですかさず、

「そリャ! そリャー! きェーイ!」

 奇声を発し、レイアーティーズは顔を狙って何本も突きを入れてきます。

 ところが怒りと興奮のあまり、突くのも引くのも大振りで、足の動きも大雑把で鋭さに欠けるため、避けるだけなら簡単なのでした。

 二度、三度とハムレットが単調な攻撃を剣で払い、さらに数回、突きを流すように受けてみませました。

「そリャアアアーー!」

 全身全霊で、渾身の突きを放ったレイアーティーズは、かかとを支点にクルリと体を返したハムレットの背中を見た、と思った次の瞬間、剣を持った手の甲を上からピシリ、と叩かれていました。

「一本!」

 ハムレットが先に一本、先取しました。

「見事、実にお見事だ!」

 クローディアスは大げさに拍手して立ち上がり、喜んでいる表情を作り、目を見開き、いかにも「たった今、思い出したぞ」という芝居めいた口調で、

「そうそう、飲み物も用意してある。さあさあ、飲みたければいつでも」

 とハムレットが飲みやすいように、盆に乗せた葡萄酒を近づけさせるよう促して、勧めました。

 肩を上下させているハムレットは、クローディアスが寄越す物を見るのも汚らわしく、面倒なので、

「ああ、有難く頂戴する」

 とだけ返答して、放っておきました。

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