第四章 8

   (城内の一室)


レイア―ティーズ  大事な相談とは?

クローディアス  ああ、つまりその、君の剣術の腕前のことだ。聞くところによれば相当な腕前で、フランスの誰それも大いに誉めそやし、一目置いているというではないか。

レイア―ティーズ  いや、それほどでもございません。

クローディアス  日夜、研鑚おこたりなく、技を磨きぬいていると。

レイア―ティーズ  剣術ではなく、自分自身を磨くつもりでおります。


  (オフィーリアがリュートをウクレレのように弾きながら入ってくる)


オフィーリア  ♪ 天国よいとこ一度はおいで

  ♪ 酒はうまいし ねえちゃんはきれいだ

  ♪ ワー、ワー ワッワー

レイア―ティーズ  どうしたというのだ? わが妹らしくもない、訳のわからない歌などを歌って。

クローディアス  父を心配するあまり、気がおかしくなったというのか?

オフィーリア  ♪おらは死んじまっただ おらは死んじまっただ 

レイア―ティーズ  落ち着け、少しは話を聞け。酔っているのか。

クローディアス   酒とか天国とか、父上になりきっておるのか。

オフィーリア  ♪おらは死んじまっただ 天国に行っただ

レイア―ティーズ  おい、静かにしないか。兄がここにいるのだぞ。

クローディアス   これも、もしかするとあの変な男の差し金か?

オフィーリア   なあお前、まだそんなことばかりやってんのでっか?

レイア―ティーズ  今、大切な話をしているのだぞ。

クローディアス  何を言いたいのだ?

オフィーリア  ほなら、出てゆけー!(楽器を投げる)

レイア―ティーズ  わっ!(楽器を受け止める) 

クローディアス  何をするのだ。

オフィーリア  用意ドン!


   (と叫ぶと、いきなり走って出てゆく)


レイア―ティーズ  ああ、いったい何ということ。

クローディアス   一時的に、錯乱しておるのかもしれん。衛兵か誰かが取り押さえるだろう。

レイア―ティーズ  とんだ姿をお目にかけてしまって。

クローディアス   いやはや、これもまた、あ奴の企みとも考えられよう。

レイア―ティーズ  まったく酷い奴だ、確かに想像も及ばない。

クローディアス   そこで話を戻すと、相談というのはつまり、剣術の賭け試合をしていただくというのはどうかな。

レイア―ティーズ  あの男と?

クローディアス  あの男は、君の剣術の腕前を誉めそやすフランス人の話を聞いて、「ぜひとも手合わせをしたい」などと、嫉妬の念を丸出しにして息巻いておったのだ。さればこそ、その腕前を、存分に披露していただきたい。

レイア―ティーズ  もはや死罪に相当するような男、手加減なしで目玉を串刺しにしてくれますぞ。

クローディアス  あ奴が戻ってきたら、即座に試合の手配をしよう。慎重に見えて、少しの世辞で大いに浮き立つようなところもあるからな、あの男の腕前を大げさに讃えてみせよう。君は剣の先留を付けずに勝負しても、気づくまい。

レイア―ティーズ  念を入れて、毒も塗っておきましょう。実は贋医者から猛毒を買って、大切に持っているのです。この毒を塗った剣で、ほんのかすり傷でも与えれば、数秒ほどで即死に至ります。

クローディアス  念には念を入れよというからな、じっくりと策を練っていこうではないか。

レイア―ティーズ ええ、万が一にでも失敗しないように考えなければ。

クローディアス  賭け試合だから、「ハムレットの方に大金を賭ける」としておこう。そうすれば、あ奴の負けを願っているようには見えまい。あ奴が勝てば儲かる、だから応援しているのだと、傍目にはごく自然にそう見えるようにな。

レイア―ティーズ  私からもハムレット殿の腕前を褒めておきましょう。「相当な腕前と聞き及び、恐悦至極」とか何とか。

クローディアス  いきなり刺し殺してはつまらないからな、本当らしく少しは試合を長引かせなければな。

レイア―ティーズ  ほどほどに調子づくよう、加減をして休憩も入れて……。こりゃあ楽しい。

クローディアス   あらかじめ、あ奴が少し有利になるように、ハンデをつけておこう。それを嫌だとは言わないだろうな。

レイア―ティーズ  そうですね、三本くらいなら。

クローディアス   待てよ、試合の途中で何かを飲みたくなるだろうから、飲み物も必ず用意しておこう。

レイア―ティーズ  飲まないかもしれませんよ。

クローディアス   念のためにだ。毒薬に浸して漬け込んでおいたオリーブの実があるからな、それを酒に入れておくのだ。

レイア―ティーズ  飲むにせよ飲まないにせよ、いずれ最後にはこちらが勝つのですからねえ。

クローディアス   そうだな、猫が鼠をいたぶるように、そして最後はひと突き、心臓でも目玉でも金的でも、どこでも構うことなどない。

レイア―ティーズ  どこを狙えばよいのか、試合の最中に合図でも送っていただければ、何なりと。

クローディアス   公開処刑のようなものだからな、愉快愉快。

レイア―ティーズ  試合の途中で逃げたとしても……。

クローディアス   追いかけて、毒の剣で刺殺してやってくれ。

レイア―ティーズ  たとえ教会に逃げ込んだとしても……。

クローディアス   教会ごと焼き払って、出てきたところをひと突きで終わらせてやるがよい。

レイア―ティーズ  命乞いをされたとしたら?

クローディアス   その口に剣を突き入れて……。

レイア―ティーズ  よいのですか?

クローディアス   ああ、喉の奥から真横に薙ぎ払ってもよいぞ。

レイア―ティーズ  よし、その時こそ「父の敵!」と叫んでやりますよ。

クローディアス   はっはっは、頼もしい。

レア―ティーズ   その後、さらし首としていただきましょう。

クローディアス   よしよし、くれぐれもあ奴が帰ってくるまではこの話は……。


   (ガートルードが泣きながら登場)


ガートルード  ああ、悲しみが次から次へ、踵を接して。レイア―ティーズ、オフィーリアが溺れて。

レイア―ティーズ  溺れて! そりゃ、どこで?

ガートルード  小川のほとりで、あの娘の姿を確かに見たと。

レイア―ティーズ  つい先ほどまで、ここにいた妹が?

ガートルード  運命の怖ろしい腕が、川底の泥のなかにあの娘をひきずりこんでしまって、それきり、あとには何も。

レイアーティーズ  ああ、では、そのまま溺れて?

ガートルード   溺れて、ええ、溺れて。溺れてしまったそうよ。

クローディアス  取り乱すな、二人とも。遺体は見つかったのか?

ガートルード   ええ、溺れたと。

クローディアス  それならまだ、望みがない訳ではない。

レイア―ティーズ  行ってみます、では失礼。


   (レイア―ティーズ、退場)


ガートルード  ああ、一体どうなってしまうのかしら。ああ、あの娘が。

クローディアス  落ち着け、ここで騒いでみても何もならぬのだ、落ち着くのだ。ここにいても仕方がない、もう休むのだ。

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