第三章 2
夜が明け、昼の明るいうちに動物劇団の芝居が披露されることになりました。
一年ぶりの芝居とあって、楽しみにしていたエルシノア城の人びとは、待ち構えるように席に着き、大広間にはかなりの人数が集まっております。長椅子や、簡素な椅子が舞台を囲むように列をなして置かれている、その前列中央には王と王妃の姿もありました。
しかも今日は、特別な趣向が用意されており、最初の黙劇から劇団員に混じってハムレット王子が出演するらしいという噂が広まっております。
舞台裏では、もうすぐ始まる芝居のために、衣装を着て、小道具を持った猪八戒と孫悟空、それにハムレットが出番を待っていました。
猪八戒は、
「セリフがないから気楽でいいや」
と、暢気に構えています。
「それが目的じゃないんだ、あの、あいつの様子から目を離さないようにしなきゃ駄目だろう?」
孫悟空が注意しますと、
「それは沙悟浄がきちんと見てるから、きっと見逃さないだろうな」
あくまでも他人任せの様子です。
ハムレットはやや緊張した面持ちで、
「まあまあ、少々やってみて反応を伺い、牽制するだけのこと、それ以上は何も望んではいない」
そうは言いながらも、期するところがあるようでした。
やがて黙劇が始まりました。これはセリフがなく、後に続く内容を予告する役割を持った劇です。
最初に八戒だけが登場し、大広間にいた皆がいっせいに笑いました。大げさに口紅を塗り、かつらを被り、扇を持って、しかも女装していたためです。
そこへ悟空も出てきますが、まるで雷に打たれたように、お互いに、見るなり飛び上がります。いかにも「ひと目で劇的な恋に落ちた」と言わんばかりの驚きと好意の表情を見せました。
どちらともなく手を繋ぎ、抱き合い、ふざけ合いながら腕を組み、花園を蹴散らし、スキップしながら回ります。
恋の喜びを謳歌しているのです。
突然、二人は誰かの来る気配を感じ、はっとした表情になり、おびえた仕草で茂みの陰へと身を隠しました。
登場したのは頭に木製の冠を乗せたハムレットです。これはどこかの国の王様だぞ、と誰にでもわかる姿でした。
ところが、出てくるや否や、いかにも眠そうな表情をして、すぐに舞台の中央で横になり、顔だけを観客に向けて目を閉じてしまい、眠るような芝居をしました。
その様子を伺っていた悟空は、いかにも怪しげな、髑髏のしるしの黒い瓶を懐からゆっくりと取り出します。
右側の様子を探り、左にも目を向けて確かめ、誰もいないと確認する様子です。もう誰もいない、とはっきりすると、またもや右に左に目を走らせて、人影がないかどうか、確かめます。
慎重に慎重を重ねて、とうとう悟空は瓶を傾けて、王様の耳へと毒を流し込むような仕草をしました。
もちろん、中には何も入ってはいませんが、あたかも念入りに、こぼれ落ちないようによく顔を近づけて注ぐよう演じたのです。いやらしく、大げさに目を剥いて、舌を出して、鼻息も荒く。
そこでハムレットが目を開き、
「夢を見たぞ……」
横向きに寝たまま、穏やかに話し始めました。
「なまむぎ、なまごめ、生殺し。こなゆき、あわゆき、地獄行き……」
クローディアスだけにやっと届く、囁きほどの小さな声です。
「花園を荒らして回る毒蝮、蛆虫のわいた三太夫、罪の腐臭は花園に、漂い沈み、沁み込んで……」
黙劇のはずなのに、何やら延々と言葉を発しているのでした。
「こちらの鼻が腐れ落ち、まともな奴らは皆殺し、おおう、臭い、臭い、酷い、酷い、むごい、むごい、醜い、醜い……」
観客は何が起こっているのか解しかねるため、静まります。
「真夜中にこっそり摘んだ毒の草、からたち、どくだみ、蛇いちご。絞ってその手に収めて歩く……、糞にまみれた心の臓、脈打ち流す汚れた血、不潔なその手で冠に……」
ハムレットはクローディアスから視線を決して逸らさず、さらに低い声で囁き続けます。
「触れては語る猫撫で声、図々しくも愛すら語る、その正体は騙り屋の、人でなしの、極悪、非道、黒、黒、黒……、クローい、クローい、黒い死神……」
少しも聞こえてこないセリフを聞くために、大広間はさらに静まりました。
クローディアスは顔色を失い、ただ石のように固まっています。
「罪に穢れた奴の名は、黒い、黒い、クロ、クロ、クローディ……」
すると、
「ふざけるな!」
大声を張り上げて、ポローニアスが立ち上がりました。
「こんな馬鹿げた動物芝居など、見たくもないわ! 即刻中止!」
叫びながら、ハムレットと悟空を目がけて緑色の粉を浴びせかけるようにサッと振り撒いたのでした。
粉が霧状に宙に広がったと見るや、それを悟空はスーッと吸い込み、フーッ! と、ポローニアスを目がけて強く吹き返しました。
ポローニアスは身をかがめて避けながら、
「中止、中止! すぐに引っ込め!」
大声でわめき、立っている俳優たちを右に左に振り払い、突き飛ばします。
クローディアスは気分を害した様子で粉を払い、怒鳴り散らしながら立ち上がり、ガートルードと共に広間から去っていきました。
何が何やら分からないまま、劇団員たちはぺこぺこと頭を下げ、咳こみながら撤収作業に入りました。
「申し訳ございません、ごほん」
「仕方がない、片付けよう」
「ごほん、そうしよう」
「失礼いたしました、ごほん、ごほん」
何しろ芝居の上演のさなかに邪魔が入ったので混乱し、うろたえ、まごついています。
変な匂いのする粉がぼんやりと漂う中、慌ただしく人が立ち上がったり、この場を去ったりする中、悟空は倒れ込んだまま、ぴくりとも動きませんでした。
「あにき、しっかりしろよ」
「大丈夫か? 悟空どの! 悟空どの!」
「悟空よ、悟空!」
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