第二章 6

  (エルシノア城の最上層、空には星)


ハムレット  一人になりたくて、またここに来てしまった。夜中にはまだ間がある。夜中だとしても、おそらく父上には会えないだろうにな。

孫悟空  こんなとこにいると、危ないぞ。

ハムレット  孫悟空どの。うまく紛れ込んで、エルシノア城にご来訪していただいたこと、感謝するぞ。

孫悟空  こっちだって街でも気を抜かずに、王子様を助けるため、我慢して目立たないようにしてるんだ。来てからだって、城の中のあっちこっちを見回りだ。

ハムレット  かたじけない。

孫悟空  臭い奴がのさばってらあ、この冷たい石だらけの城には。何だか変なものを煮ている匂いまで漂ってるぜ。

ハムレット  嗅ぎたくもない、見たくもない、聞きたくもないものだらけだ。考えていると、この世に愛想が尽きてくる。自ら命を絶つことも禁じられているのであれば、そのうち歩くのにも右足を出すべきか、左足を出すべきか、それが問題だ、と迷ってしまうだろう。

孫悟空  やがては王になろうってお方なんだから、気落ちしている暇はないだろう。

ハムレット  国を治めるとは……、気が遠くなるほどの労役であり、重荷ではないか。

孫悟空 このおれさまだって、その気になれば国のひとつやふたつを支配することだってできらあね。

 でも、あっちで日照り、こっちで洪水、向こうから妖怪が攻めてくる、生意気な臣下がいる、そのくらいならともかく、お世辞とお追従をペラペラと喋る奴らに囲まれるのにゃ、耐えられないね。つまらないことで気を揉んで年を取るくらいなら、お師匠様をお守りして、旅の途中のどこかで野垂れ死にする方がずっとましってもんだ。

ハムレット  どのくらいかかるのだ、その西天までの旅は。

孫悟空   さあねえ、道に迷ってる最中だからなあ、王子様と同じで。

ハムレット  あの東の星から、向こうの西の空の星まで、どのくらい遠いのだろうか。

孫悟空  いざとなれば、この斉天大聖孫悟空さまが雲に乗って、十万八千里をひとっ飛びだ。欲しけりゃ、燃える星だって素手でつかんで持ってきてやるよ。

ハムレット  雲に? それなら、三蔵法師殿を乗せて差し上げて、空を飛んで西天まで連れて行くというのはどうだ?

孫悟空  お師匠様の俗な体は重さがあって、雲には乗せられないんだ。かといって、この悟空さまが西天に行ったって、お経をくれやしないよ。勝手にお経を持って帰るなんてことも、まずできやしない。

ハムレット  そうか、罪深いことを訊いてしまった。

孫悟空  足で歩く、その一歩一歩が修行なんだ。お師匠様も、誰も彼もみんな同じ、きっと何かの修業をしてらあ。今の話だって、誰かに話を聞くのも話すのも修行のうちだ。寝るのも起きるのも。石や花や虫だって、雲や風や波だって同じことをしてるらしいぜ。

ハムレット  他の二人のお弟子さんもそういうお考えなのか。

孫悟空  おとうとの八戒の頭は食うこと飲むことだけで一杯、あとはせいぜい、馬鹿力が必要な時、それに川や沼を泳いだり、井戸の底まで潜ったりする時にだけは役に立つんだ。

 もう一人のおとうと弟子の沙悟浄は、俺たちが戦ってる時にだってどこかに座って、瞑想に耽っている奴だ。今だってまあ、腕を組むか足を組むかして、考え込んでるに違いない。けれども、何かに注意しなきゃいけないって時には、先回りしてちゃんと教えてくれるからな。

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