第二章 3

  (謁見の間、ポローニアスとハムレット)


ポローニアス  その本、いったい何をお読みで?

ハムレット   言葉、言葉、言葉でぎっしりだ。

ポローニアス  言葉の、その内容は? どんなご本をお読みになるので?

ハムレット   ああ、これは死の本、いや詩の本で、つまり詩集だ。

ポローニアス  おお、詩をお読みになり、お書きになる。どんな詩で? 恋文に添えられる?

ハムレット   ええと、詩の題名は「おかあさん」とか、そんなものだ。

ポローニアス  イーッヒッヒ! あ、いや、つい笑ってしまって、これは失礼いたしました。

ハムレット   へっへっへ、笑われても仕方ない。最近はどうも、頭の具合がおかしなものでね。

ポローニアス  昨今、頭のおかしな奴が城の中にも外にも……。

ハムレット   ああそうだ、本を読んでいるのにやって来て、いちいちその中身を教えろなんて類のおかしな奴までもな。

ポローニアス  これは失礼、失礼。では退散いたしますぞ。

ハムレット   そうしてくれるかな。


  (ポローニアスは退場する。ローゼンとギルデン、登場する)


ローゼン  これはハムレット様、お久しぶりにございます。

ギルデン  われわれ、ご幼少の折から親しくさせていただいてございます。

ハムレット それはそれは、言われてみればその通り。心から歓迎するぞ。

ローゼン  お父上がお亡くなりになられたこと、謹んでお悔やみを述べさせていただきたく存じます。

ギルデン  さぞやご心痛のこととお察しいたします。

ハムレット  そうなのだ、身内の不幸、それよりも例の恐ろしい噂によれば、耳から毒薬を流し込まれて血が凝り、そのために絶命するとは、ああ怖ろしい。命を狙う毒を防ぐために耳栓をして眠るべきであろうか。しかし、夜中に足音をひそめてやってくる下手人の気配すら聞こえないとなると、これもまた恐ろしい。耳栓をするべきか、しないべきか、それが問題なのだ。

ローゼン  もうすぐ劇団の者どもが到着いたしますので。

ギルデン  耳栓をされるのは勿体のうございます。

ハムレット  劇団か、こちらは空を覆う美しい空を見てさえも、悲しくてやりきれないというのに。

ローゼン  以前はハムレット様がご贔屓にされていた、あの劇団ですぞ。

ギルデン  しかも最近では、子供ばかりの劇団に人気を奪われかけて、一時は人気も押され気味だったとか。

ローゼン  そこへ動物の扮装をした劇団員が入るようになり、たちまち人気は回復したとのこと。

ギルデン  毎晩やんや、やんやの大喝采、宙返りを何度もできる大猿や、食べても食べても満足を知らぬ二本足の大豚の役が大好評と伺っております。

ハムレット  なるほど、それなら憂鬱も晴れそうだ。

ローゼン   いやいや、そのような芝居、下世話なだけが取り柄のよう。

ギルデン   好奇心を煽るだけの、碌でもない三文芝居とも噂されております。

ハムレット  その通り、碌でもないといえば、幼なじみなどと称して、他人の痛くもない腹を探りまわる奴がうろうろとして、ニヤニヤこちらの様子を伺いにくる下賤の者もいるようだ。よほどの金銭をせしめる目的か、誰かに取り入ろうという手段なのか、何であれその薄汚れた下心が丸見えだとな、そのように噂をされているぞ。

ローゼン  心配のあまり、周囲の方々も気にされていることかと。

ギルデン  実に鋭い、刃のようなご高察でございます。

ハムレット  お前たちも白々しくうわべだけの笑顔を取り繕って、おそらくあの毒蝮に命じられてここへ来たのだろう。答えてみよ!

ローゼン  いいえ!

ギルデン  はい!

ハムレット  息の揃わない相棒と手を組んで、いったい何を探るつもりなのだ。あの噂の的になっている卑怯な叔父に頼まれたために、断れなかったのだろう。違うか? 答えよ!

ローゼン  はい!

ギルデン  いいえ!

ハムレット  お前たちの出る幕ではないのだ、下手に限って余計な手出しをしたがるもの、せいぜいお前たちに頼みたいのは、見て見ぬふりをしていることのみ。

 今後は何か、陽の高い刻限に自身の正気を疑う光景を目撃したとしても、真夜中に城内で亡霊の叫び声を聞いたとしても、早朝に死体が無数に置きあがったとしても、知らぬ存ぜぬで通しておくことだ。

ローゼン  承知いたしました。

ギルデン  仰せの通りに。

ハムレット  この剣にかけて誓うか? 誓うのだ!

ローゼン  誓います。

ギルデン  誓います。

ハムレット  後になって、忘れたなどとは決して言わせないぞ。余計なことに首を突っ込んで、その首を刎ねられてから後悔しても遅いのだからな。

ローゼン  承知いたしました。

ギルデン  おや、誰かが来たようで。

ハムレット  劇団の者が来たらしい。二人は下がってよろしい。


  (ローゼンとギルデン、揃って退場する)

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