第一章 5(続き)
城壁に沿った空き地に、亡霊のハムレット王が揺らめいています。追いついたハムレットが、息を切らしながら、
「どこまで行くつもりで?」
と問いかけると、
「言うぞ。やがて夜が明けて、あの地獄へと戻らなければならないのだから」
はっきりと告げました。
「何でもお聞きします。真実を教えてください」
「聞けば、復讐しなければならなくなるのだ」
「それでも構いません」
「息子よ、お前の父は庭のうたた寝にまどろんでいる時、毒蛇に噛まれて死んだという噂と、毒殺されたのではないかという噂と、両方を耳に入れて知っているのだろう」
「その通りです」
「その毒蛇とは、今や王冠を頭に乗せ、図々しくも玉座に腰を下しているあの男なのだ」
「やはり……、思った通り」
「奴は薄汚い。恥も外聞もなく、息を吸うようにして卑怯な手口を嗅ぎつけ、息を吐くようにして非道な命令を下し、実行させる。その手練手管でもってお前の母親をたぶらかし、そそのかし、手なずけてさえしまったのだ。やがて臣下の者ども、城内の者ども、大勢の国民、やがてこの国そのものも、お前の母と同じ運命をたどるかもしれないのだぞ。
あの日もそうだ、無心で眠っているこの耳に、血を凝らせる毒薬を流し込んだのだ。
実の弟から宣戦布告もなく、勝負でもなく、ただ隙を狙われて。
王位も、命も、妃も奪われたのだ。そしてそれは、お前からも王位を、母親を、未来を奪ったことを意味するのだ。
だが、奴らを憎むあまり事をあせり、汚い振舞いに身を落としてはいけない。
母をなじり、責め立て、痛めつけるような真似はしないでほしい。天の裁きが下るはず、自らの心の棘に刺されて、自らの良心から血を流すのでなければ……、ああ、もう行かねばならない、時が来た」
「やはり、あ奴らの奸計だったのですね」
「父の無念の思い、きっと晴らしてくれ」
最後にそう言い残すと、早朝のかすかな光に溶けるように消えてしまいました。がくん、と急にひざから下の力が消えたように抜け、ハムレットは地面に尻もちをつきました。
「ハムレット様!」
「ご無事でしたか?」
ホレイショ―とマーセラスが、追いついて声をかけます。ハムレットは地面に座ったまま、茫然としておりましたが、腕を引かれて立ち上がると、
「ああ、心配をかけて済まなかったな。やはり思った通りのことを話してくれた。悪魔ではなく、頼もしい味方なのだ。詳しい内容は伝えられないが……、とにかく今夜、ここで起きたことは絶対に口外しないと誓ってくれないか?」
「無論のこと」
「誓いますとも」
地面の下から、
「誓え!」
と声がしましたので、三人は飛び上がりました。
「念を入れて、父上にも聞こえるようにもう一度、誓ってもらおう。何があろうと、今夜、ここで目にしたことは口にしないこと」
「誓います!」
「誓います、何があろうと!」
「この世には、人知の及ばない奇怪な旅行者もいるだろうし、地上に恨みを残した亡霊もいるだろう。だが困っている時こそ、あえて珍客をもてなそうではないか、そうだろう?
明日からは、誤解されて当然のことや、奇怪な振る舞いをする人物もいるかもしれない。
猿のような人物、豚のような人物、おかしな格好の人物……。けれども、そういう姿を見ても、決して含み笑いなどはやめてほしい。訳知り顔の飲み込み顔で『ははーん、つまりそういうことか』『まあ、事情は知ってるけどね』『ああ、あいつのいつものあれか』、そういった態度は決してするまいと、誓ってくれないか。さあ、この剣に手をかけて!」
「誓います!」
「誓います、この剣にかけて!」
「誓え!」
またしても地の底から声が届き、三人は息を飲み、顔を見合わせました。夜が明け、しらじらと空は澄みはじめています。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます