第一章 4

  (ポローニアス邸の一室、ポローニアスただ一人のところへ老婆が登場)


魔女  あの、新入りの洗濯婦の者で……。

ポローニアス うわ!

魔女  よろしければご挨拶を。

ポローニアス 急に、急に後ろから話しかけるんじゃない……(見た目に驚く)、ずいぶんと年を食っているな。

魔女  ええ、まだ十八歳、いや八十歳ですの。

ポローニアス  王の代が変ると、城内の人の配置もすっかり様変わりするものだな。

魔女  人が動けば、動いただけ噂もあちこちに広まるってねえ。

ポローニアス  そういうものだろう。

魔女  噂によると、先のハムレット王を殺したのは、他でもない今の王様だってんだからねえ!

ポローニアス  しっ! 声が大きい。

魔女  耳が遠いから声が大きくなっちまうんだよ。殺した光景を見せてやろうか? 庭でハムレット王が眠っていると、そこへやって来たのは……。

ポローニアス  そんなものを、一体どうやって見せようというのだ。お前はただの老婆ではないな?

魔女  分かってきたじゃないか、ほら、こうやってだよ(と水晶球を出す)。

ポローニアス  覗き見たいのは山々、額の汗はたらたら、口はへどもど。しかしそれを一度でも見てしまったら、もはやこの城にいられようか?

魔女  そんなに怖がるんじゃないよ。

ポローニアス  これまで、王の足元にさんざん這いつくばり、ぺこぺこ頭を下げ、靴の裏までぺろぺろと舐めんばかり。そうしてやっと侍従長の座を得たものの、今度の王にそれが通用するとは限らぬもの。ただでさえ、それが怖くてたまらないのだ。その上そんなものをこの目で見てしまったらと思うと、それだけで心臓が内側から張り裂けてしまう。

魔女 もっと面白いものを見せてやろうか。ほうら。



  (水晶球に現れる場面と声)


ポローニアス  レイアーティーズに会うまえに、まずもってその行状をさぐるという手があるのだがな。

レナルド―  はい、じつはそのつもりで。

ポローニアス われら、智慧と先見の明を誇るものはだ、つねに直接法を避ける。同様に、搦手から攻めたてて、かならず獲物をしとめるのだ。お前も、いま言ったとおりにやってみるがいい、倅の行状も難なく突きとめられよう。わかったろうな、え?

レナルド―  はい、たしかに。

ポローニアス では、行け、頼んだぞ。

レナルド―  はい、はい。

ポローニアス 自分の目でも、倅の様子、とくと見てくるのだぞ。


  (水晶球ここまで)



ポローニアス  何と、これから従僕のレナルドーに話す腹づもりでいたこと、相手の言うこと、自分自身のやることなすこと、表情や仕草、背景まできっちりと、まざまざと! わが胸のうちに描いていたものと等しい。これは本物の将来にしか見えないではないか。

魔女  もっと先のことだって映るんだよ。

ポローニアス  見たいけれども見たくない。覗きたくないのに覗きたくなるではないか。



  (ふたたび水晶球に現れる場面と声)


ガートルード なにをする? 殺そうとでも? あ、誰か、誰か!

ポローニアス (壁掛のかげで)おお、大事だ! 誰かおらぬか、誰か、早う!

ハムレット (剣を抜き)おお、さては! 鼠か? くたばれ、くそっ、くたばってしまえ。  (壁掛の上からぐさりと突きさす)

ポローニアス (崩れ倒れる音)ああ!

ガートルード ああ、お前は、なんということを?

ハムレット 知りますものか。



ガートルード  ああ、悲しみが次から次へ、踵を接して。レイア―ティーズ、オフィーリアが溺れて。

レイア―ティーズ 溺れて! そりゃ、どこで?



ガートルード あの憐れないけにえを、川底の泥のなかにひきずりこんでしまって、それきり、あとには何も。

レイアーティーズ ああ、では、そのまま溺れて?

ガートルード  溺れて、ええ、溺れて。



レイアーティーズ  おたがいに許しあおう、ハムレット様。レイアーティーズの死も、父の死も、あなたの罪にはならぬよう、そしてあなたの死もレイアーティーズの罪にはならぬよう。(息たえる)


  (水晶球ここまで)



魔女  ……このまま行くと、間違いなくあんたの運命はこの通り、次に娘のオフィーリア、最後に息子のレイアーティーズが続いて死んでいく。そういう筋書きになっているんだねえ。

ポローニアス  本当に本人が話しているかのよう、これが避けられない運命なのか?

魔女  やがてデンマークどころか、世界じゅうの人間どもがこの成り行きを見たり聞いたりすることになるだろうよ。

ポローニアス  ああ、何という……。

魔女  それが何百年も先まで、ずーっと続くんだよ。

ポローニアス  せめて、せめて息子と娘だけは勘弁してほしい。

魔女  いい方法を教えてやろうか?

ポローニアス  教えてくれ、この運命を避けられるものなら。

魔女  息子が気になるんだろう? それなら後を追って、今すぐ城を出るんだよ。息子の様子を遠くから観察していればいい。なるべく目を離さないようにしてねえ。

ポローニアス  その間、この城内は?

魔女  あの王には「ポローニアス様は娘の結婚相手を探しに行った」「すぐに戻るから心配せず」とかね、うまく言っておくから気にしなさんなよ。それなら娘だってこれ以上はハムレットに近づかれたり、巻き込まれたりしなくなるし、まず安全ってもんだよ。

ポローニアス  おお、それは助かる。息子にも娘にも、見つからないように見張ってやり、つかず離れずでありたいもの。

魔女  ごちゃごちゃ言ってないで、運命を自分の手と足で変えてみせなよ。

ポローニアス  いつかは死ぬのが当然だとしても、とりあえず死ぬのだけは避けたい。

魔女  まずは、裏門から出て、息子の後を追いな。

ポローニアス  善は急げ、とにかく心配でたまらない。

魔女  誰かに見られるんじゃないよ。

ポローニアス  承知した、よろしく頼むぞ(慌てて去る)。

魔女  おべっか使いのおしゃべりも、息子や娘もどうなろうと知ったこっちゃないがね、後のことは(ポローニアスの声で)任せておきなよ、この魔女にね。イーッヒッヒッヒ!

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