第一章 3

 お兄様のお話……、ひたすら長かった。

 おお、オフィーリアよ、ハムレット殿は身分違いなのだから身を引きなさい、うんぬん、かんぬん。手紙をくれ、どうの、こうの。ほどほどに、賢明に、控えめに、安全弁が、何たらかんたら。

 内容がどうこうというより、長い。

 言葉の連なりに✕を付けてしまいたい。すべてを帳消しにしたくなるほど冗漫で、退屈で、おまけに猫なで声で、節をつけて話す上に、何かをまき散らすように手を泳がせて、うっとりと気取って、自分の言葉に酔っている。

 お父様のお話は、もっと長かった。

 わが息子、おおレイアーティーズよ、フランスに行ったらこうするんだよ。自分の思いを決して口にするな、突飛な考えを実行するな、付き合いは浅く、だが、これと思った友は離すなよ。

 喧嘩に巻き込まれるな、巻き込まれたらやっちまえ、他人の話はよく聞いてやれ、自分の話はするな、他人の意見に耳を貸せ。身の回りに金をかけよ、着る物で人物がわかる、金を貸すな、そして金を借りるな。

 さんざん命令しておいて、最後は「自分に忠実であれ」。

 これだけ注文が多かったら、それを守っていられたかどうかの点検だけで、一日の半分は終るというもの。

 お父様は信じやすいくせに疑いやすく、疑ってばかりのくせにビクビクしながら何かを信じたがる。物事を疑う大会があったら優勝は確実なほど。もし、デンマーク領内のあらゆる草花、木々、草花、動物、雲や風の全てを疑えと王様に命じられたら、素直に疑うだけの勢いをお持ちだ。

 お兄様だってあれだけクドクドと小言を聞かされるだけで、もう旅の労力の半分を使ったのでは。それとも、ご自分に忠実になさって、全部を聞き流しているのかしら。

 あの二人の会話にしても、単に、

「フランスへ出発いたします」

「気をつけて、行ってらっしゃい」

 だけで済むものを。城内に見知らぬ顔がウロウロしている、この状況下で。

 お父様の言う通り「もうお会いできない」と手紙をお送りしたのに、それがかえって変な風にハムレット様のお心を変えてしまった。

 怖いのはそのことではない。お父様はご自身を高値で売りつけることだけが目的の方。だから、姑息な猫のように時期を見計らって、それを周りに言いふらし、上には言いつけて、騒ぐのに違いない。

 確実に、いただいたお手紙を持ち出し、見せびらかし、大騒ぎするであろうこと、それが恐ろしい。

 それはハムレット様に対して、あまりにも酷い。せめてお手紙だけは「返しました」と言っておけば済むのだから、緩く外れやすくなっている、色の新しい敷石の下に隠しておこう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る