序章 3

ハムレット  実は肌身離さず、この国の国璽の写しを刻んだ指輪を持っているのだ。これを見ていただけないか? 


 (取り出して見せる)


孫悟空  本当だ、これならいつでも、はんこを押してもらえるじゃないか。

猪八戒  それなら、さっさとはんこを押してもらいましょう。

沙悟浄  だからといって、いきなりお城へ乗り込むのは無茶だ。通行手形にはんこを押してもらって、まずは城下の街に入って時を待ちましょう。

三蔵  よし、そうしよう。

ハムレット では、いったんここでお別れです。城には、仮装した劇団の一員としてお越しください。くれぐれもお気をつけて。

孫悟空  そっちこそ、気持ちをしっかり持ちなって。


 (一行は歩き去る。ハムレットのみ残される)


ハムレット  皆さん有難う、有難う。……心が晴れ晴れとしてきたぞ。先ほどまでは、まっ暗な森としか思えなかった、同じこの場所にいるというのに。今では暗い葉の茂るその合い間から、空の輝きが見える。鳥の羽ばたく姿すら、ちらちらと。嘘をついて出てきたが、戻らなければ。

 本当に狩るべき獣は、あの城にこそいるのだから。


 (ハムレットも立ち去る。木の幹からオフィーリアが顔を覗かせる)


オフィーリア  聞~ちゃった、聞~ちゃった。聞こえにくい会話もあったけど、あたしの名前がハムレット様の口から出てきた時は「キャー!」って言いそうになっちゃった。

 けど、ハムレット様に「聞~ちゃった」なんて絶対に言えない。「見ない、聞かない、言わない」の三ない運動を実施している最中だし、そうでもしないと侍女として、大臣の娘として、とてもやっていけないもの。

 でも、そのせいかお父様みたいにあっちを覗き、こっちに聞き耳を立てて、口から出るのはお世辞かお追従かお説教、そういう人種にあたしもなりつつあるのは怖いけど、これがやめられないのよ。

 草葉の陰で、お母様は泣いておられるかもしれないわあ。

 それにしても、ハムレット様が真っ暗なお顔をされて、トボトボ森の奥に歩いていくから、心配して後を追ってきたけど、盗み聞きコンテストで優勝できるくらいのスリルだったわよね。ずいぶんと親し気な雰囲気で、いつしかハムレット様のお顔も晴れ晴れとして、いいことづくめよ。


 (オフィーリアがハムレットに続いて去る。すると木の幹から魔女が顔を覗かせる)


 魔女  聞いたぞ聞いたぞ、この耳にしかと聞いた。この森があたしの棲み処だとも知らずに、よくもまあベラベラと喋り散らすもんだよ。あの城の悪い噂は、あっちこっちに広まってるけど、まさか先の王を殺して、お妃を娶るなんてね。

 もし裏で糸を引いてるのがお妃だとしたら、魔女だって思いつかないような筋書きじゃないか。あたしゃお妃を支持するね。あんな異教徒の坊主にバカ息子が言いくるめられて、城に平和が訪れたら、考えただけで寒気がする。まだ八百歳だってのに、これじゃ退屈すぎて早死にしちまう。

 もっと悪が栄えて、この世が腐って、腐臭で覆われちまえばいいんだ。

 夜は永遠に夜のままで、昼なお暗い森のような国になって、悲しみや苦しみや、恨みや怒りの声で満たされればいい。

 太陽が消えて、百足とゲジゲジとひき蛙と芋虫が地を這いまわって、覆い尽くせばいい。花という花よ、腐って落ちてしまえ。

 ここはひとつ、あの連中の邪魔をしてやって、何だったらこの次も王を殺して即位、その次も殺して即位、また次もって、みんな地獄に行って奴隷になるのが代々続く、それをこの国の伝統にしちまおうかね。

 しかしあの豚の鼻には驚いたね、何から何まで、ほとんど嗅ぎ分けちまったよ。いっそ動物裁判で有罪になって、肉屋にでも売られちまえってんだ。

 それに、噂に聞くあの猿は手強そうだけど、こっちにゃ悪知恵ってもんがあるんだからね。あの猿が強ければ強いほど、それを利用していたぶってやりゃいいってことだよ。

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