序章 2(続き)

「ならばお話したします。つい二ヶ月ほど前、先のデンマーク王、つまり父が亡くなりました。その悲しみの涙も乾かぬうちに、間もなく一人の男が王位に就いたのです。それが父の弟であり、私の母はその男と再婚までする始末。私には疑わしく思われるのです、おそらくは母と示し合わせて……、都合よく命の灯を消したはず。この悲劇を、奴らにとっての喜劇に仕立て上げようとする腹黒い魂胆、あまりにも露骨な、道を外れた、なりふり構わずの好き放題。城では連日連夜の祝宴を続け、酒を飲み干しては祝砲を何発も……、あの忌まわしい音を聞くだけで、こちらの心臓は何度も撃ち抜かれるよう。私に力があれば、今すぐにでも身柄を取り押さえ、ひっ捕らえ、厳罰に処すべき奴らども!」

「お待ちなさい」

「何を待てと?」

「どのような国のどのような身分の者に対しても、疑わしい人間だからといって、いきなり捕え、罰することはできないでしょう」

「では、悪を悪のまま放置せよとおっしゃるのですか」

「悪事をなす人間は、たとえそれが明らかにならなかったとしても、隠し通せるものではありません。どれほどたくみに隠しおおせたとしても、自分自身にだけは隠すことができないものです。本人たちは罪を知っており、そうであるなら、たった今も後ろ暗い気持ちを抱えているのです。その悪事の重さによって、すでに罰せられているのです」

 すると、横から猪八戒が口をはさみます。

「遠回りの道だとしても、み仏のお導きであると考えるのだぞ」

 孫悟空は怒って、八戒の背中をどやしつけます。

「お師匠様のまねをするやつがあるか」

 三蔵は落ち着いた、澄んだ声で続けます。

「焦ってはなりません。その人たちの言動を正しく観察することです。いざとなればわが弟子たちの力が、奴らを懲らしめるでしょう」

「それなら悪のまま、奴らをしばらく置いておくべきでしょうか。あの城にいるのは、今にも物陰から毒の矢を放とうと身構えているような連中ばかり、夜には眠っていても天井の石が落ちてくるのではないかと、うなされるほど。昼は廊下の石が落ちてしまうのではないかと、足を踏み出すにも勇気がいるほど。息をするたびに胸には黒い石が集まって、重くなる一方です」

「目を閉じて、心を静めてみることです」

 王子は言われるままに、目を閉じてみました。

「深く息を吸って、そして、……信頼できる知己を思い起こしてみるのです。自分はただ一人きりであるのか、味方になって力を貸してくれるくれる者が一人もいないのかどうか?」

「……言われてみれば、……私には信頼できる人物がおります」

「それは一人だけでしょうか?」

「いや、……今は国外へ出ておりますが、先王の死を知って戻ってくるであろうホレイショ―という者。学識の豊かな、とりわけ歴史と語学に堪能な、そして判断力の持ちあわせも十分な者です。もう一人はオフィーリアという、これは侍女ですが機転の利く、思いやりの深い者……」

「誰もいないのではない、その二人に助けてもらうのです。そして、目を開いてみなさい」

 ハムレットは目を開きます。

「いま目の前にいる、われわれもまた王子の味方ではありませんか」

「おお、確かに……、恥ずかしながら、少し取り乱していたよう……、しばらく目を閉じ、また開くまでの時間で、久しぶりに自分自身を取り戻せたような……、このわが手に、しかと」

「取り戻された自分こそが、頼りになる最初の人物ではありませんか」

「その通り……、おっしゃる通りに存じます」

「それが分かればよいのです」

「先ほどまでの自分が、風にそよぐ薄物のようだ」

「物事は絶えず移りゆくものです。川の流れがひと時も止まらないように」

「とはいえ、ご一行が城へ乗り込んでは怪しまれるでしょう。まずは城下の宿屋に馬を預け、その風体のまま劇団に混ざってしまえば目立つこともありますまい。やがて城へ招かれて芝居をする予定になっておりますので。新しい王の周りの者どもは耳をそばだてて、目はあらゆる覗き穴から見張っている始末なのです」

 それを聞くと悟空は、

「そんな連中、つべこべ言い訳をするようなら、棒で叩きつぶしてペチャンコにしてやるよ」

 と息巻いています。

 八戒は、

「城に行けば、かなり豪勢な食い物にありつけるはずだろ? ペチャンコにするってのは、それを平らげてからにしよう」

 すると沙悟浄が、意外なことを口にしました。

「この国の王子という話だが、失礼ながらその身分の証となるようなものを今、持っていらっしゃるのか?」

 猪八戒は、

「そういえばそうだ。変化の術で化けている王子様、よくある手口だからな」

 と、つられて疑いの目を向けています。

「そんなものを持ち歩いているはずがないだろ」

 と悟空が口を出します。

「まあ、今でも後でも、通行手形にはんこさえ貰えれば、こっちは上出来なんだ」

 ハムレットは、それを聞いて笑い出しました。

「ハハハ、それはちょうどいい」

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