序章 2
白馬に乗った三蔵法師とその一行、すなわち孫悟空と猪八戒、それに沙悟浄が暗い森を歩いています。
三蔵は、
「暗い森にさしかかってしまったぞ。これほど暗い陰ばかりの森も珍しい。そろそろ陽も落ちかかり、怪しい妖魔が行く手をふさいでも不思議ではない」
と不安そうにこぼします。
孫悟空は平気な口ぶりで、
「なあに、怪しい手合いが五、六匹ほど出てきたら、晩ご飯のおかずにちょうどいいじゃありませんか。おれさまが叩きつぶして、ついでに火であぶって、内臓まで丸焼きにしてやりますよ」
と笑っています。
「何だかこの森は」
と、猪八戒が桃色の鼻をひくひくさせながら続けます。
「暗いだけじゃなくて、変な匂いが混じっているみたいだぞ」
沙悟浄が、
「どんな匂いだ?」
と訊ねますと、
「毒蛙を煮る匂い、蜥蜴、イモリ、みみず、蛇、ムカデ、そんなものまで大きな鍋に混じっていて、おまけに何かの脳みそまで入っているみたいだ」
孫悟空は愉快そうに、からかいます。
「おとうとよ、お前はそんなものをしょっちゅう食べているせいで、匂いまでわかるのかい。それとも、腹がぺこぺこになりすぎて、幻の匂いでも嗅いでいるのかい」
「そうじゃない、おいらの鼻がいかに優れているかってことを言っただけだよ」
孫悟空はやはり気にかけず、
「まあ、そうやってぶうぶう言うなって」
といなします。
沙悟浄は、
「それにしても、これほど遠回りに感じられる、曲がりくねった、先の見通しの悪い、真っ暗な森も珍しいものだ」
と疑問を並べます。
「道が遠回りになったとして」
と三蔵がそれを受け、
「それもまた修行のうちと考えればよいのだ、み仏のお導きであることよ」
普段と変わることのない調子でおりますと、道の先に高貴な身なりの、細身の若者が現れて問いかけてきました。
「もし、旅のお方か、お尋ね申し上げてもよいだろうか?」
「何なりとお答えしましょう」
と三蔵が応じます。
「あなた方はこの国の人民ではなさそうだが」
「われわれは旅の者、遠い東の国から西天への取経の旅の途中、目指すは天竺国の大雷音寺にございます。修行中の僧侶であり、こうして一緒に歩いているのは弟子の者どもです」
若者は三蔵の穏やかな話しぶりや、身に着けている立派な袈裟に感服している様子です。
ところが、横で話を聞いているのは、僧侶とは似ても似つかない僧服すがたの毛むくじゃらの大猿、それに馬鍬を持って二本足で歩く豚、さらに、首からしゃれこうべの首飾りをぶら下げている弟子らなのでした。
心の内ではその姿にどぎまぎし、せいいっぱいの冷静さを装っているようでもありました。
三蔵は続けます。
「あなたのご様子からして、さぞや立派なご身分の方なのでしょう」
「名乗り遅れましたが、私はこの国の王子ハムレットと申す者、たまたま狩りの途中でここにいる次第で……、本来ならば国をとりしきる者たちへとご紹介するべきところ、何よりもまずはエルシノア城へとお招きするべきところだが、訳あって、そのようなことすら躊躇ってしまうのです」
沙悟浄が口を開きました。
「先ほどから浮かない顔をして悩み苦しみ、困られているようにお見受けします」
王子は驚いたように、
「貴僧とお弟子の口にされるお言葉は、耳に入る時には確かに遠い異国の言葉として響きながら、その意味するところは心にまっすぐ入り、伝わってくるではありませんか。いったい、どういうからくりでそのような離れわざができるのでしょう?」
三蔵は、もっともだという風に頷きながら言いました。
「心の耳があらばこそ、心で真意を聞いているのでしょう。おそらくはわれわれよりも、ずっと大きな者のお助けによるもの」
「不思議なお力を感じます」
「救いを求めておられるのならば、われわれが力になりましょう。話してごらんなさい」
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