第5話 来日
サラサは今後の事を考えて、多くの条件を提示して、了承させた。
その上で日本にやって来た。
サラサの横には大使館職員の女性職員が付き添っている。
日本語の習得はマカロフの夢でもあったので、それなりには習得はしている。
だが、あくまでも片言の外国人程度だ。
空港のゲートを抜けると、待ち構える5人の男女。
「私はここまででです。これからは内閣府特務局の方々に引き継ぎます」
大使館職員はそう言うと、サラサから離れていく。代わりに待ち構えていた男女の一人である若い男性がサラサに近付いて来る。
「どうも私は内閣府特務局の内田です。今後はあなた方の担当となります」
彼は名刺をサラサに渡す。
「内閣府特務局。なにをするとこ?」
「はい。基本的に国益を守る為に活動する部局です」
「こくえき・・・敵を殺すって事?」
「あまり物騒なことを人目があるところでは・・・」
内田は露骨に困惑気味になる。
「じゃあ・・・そっちは?なにか人と違う感じがするけど」
サラサは冷静に彼らを見た。大抵は人だが、一人、雰囲気が違う者が居た。
彼女は帽子を目深に被り、大きめの手袋をしている。
「さすが・・・エルフですね。目敏い。彼女は獣人ですよ」
「亜人の類か・・・そんな知能の低い連中も使うのか?」
サラサの言葉に獣人と紹介された彼女は明らかに怒った様子で今にもサラサに飛び掛かろうとするのを二人の男女が食い止める。
「ふん・・・さすが亜人。言葉が通じるだけマシか」
サラサは彼女を完全に見下していた。
「エルフめ!あいつらはうちらを獣と一緒とか馬鹿にするんだ。だから嫌い!」
獣人は大声で喚く。彼女を止めていた二人は慌てて、彼女の口を塞ぐがその様子をロビーを行き交う人々が見ている。
内田はそれを感じて、移動をすることにした。
用意されたミニバンに4人は乗り込む。
相変わらずサラサに怒りを発する獣人は助手席にシートベルトで縛り付けられる。
「しかし、驚いたわね。私だけがこの世界に飛ばされたと思ってたけど」
サラサは獣人が居たことで、実はこのような事は結構、あるんだと思った。
「かなり日本語が上達してますね」
「聞くのは精霊がやってくれるから。話すコツを掴むだけ」
サラサはバッグから弓を取り出す。銃は持ち込みが無理だが、弓だけは国内に持ち込む事が出来た。
「この弓が持ち込めなければ、さすがにこの国に来ることはなかった。色々と面倒な手続きをしてくれて助かったわ」
サラサの言葉に内田は恐縮する。
「しかし、よく獣人に日本語を教えられたな。こいつらとまともに会話したのは久しぶりだ。こいつらの言葉は獣と同じで吠えるしかなかったからな」
サラサがそう言うと、獣人が更に怒って暴れ出す。
「あまりギャンさんを怒らせないください。彼女に教育を施すのはなかなか骨が折れたのですから」
「だろうな。とても上手に調教が出来ている。それでこれをどう使うんだ?鼻が利くから猟犬には便利だろうが・・・」
サラサは暴れるギャンを見ながら内田に尋ねる。
「猟犬ですか・・・言い得て妙ですが、あなたとペアを組んで貰います」
「こんな犬とか?不要だ。一人で十分」
「ギャンもエルフとは嫌!」
「そう言わないでくれ。どちらも人では能力を活かしきれない」
サラサはなるほどと思う。
サラサは精霊術を活用して、人では到底、不可能な動きをする。
その為、軍でも彼女だけが単独行動が許されていた。
ギャンは狼か何かの獣人。人など圧倒する身体能力を持っているだろう。多分、サラサの動きにもついて来られる。
少数精鋭で行動するのであれば、相方にはなるだろう。
だが、サラサのようなエルフからすれば、獣人は所詮、言葉が喋れる獣程度にしか思っていない。獣としての本能がすぐに出るので扱い難いと言うのが本音であった。
彼女達を乗せた車は都内にあるビジネス街の一角にあるやや古めのオフィスビルの地下駐車場に入った。駐車場はかなり空きがあった。停められている車は高級車から軽四まで雑多にある感じであった。
車から降りた一行はそのまま、エレベーターに乗り込む。
エレベーターにはスイッチが一切無く、内田がカードをかざすと動き出した。
「このエレベーターはこのカードに記録された階にしか行けません。機密保持の為です。別の階に行く必要があれば、その度に許可を受ける必要があります」
「へぇ・・・そんだけ機密が多いの?」
サラサは冗談混じりで尋ねる。
「あなた方も機密ですよ」
内田は笑いながら答える。
エレベーターが到着したフロアは人の姿は無かった。
部屋はあるが、窓などは無く、中を覗き見る事は出来ない。
扉だけがある壁の続く廊下を歩くと内田はある扉の前で立ち止まる。
彼は胸から提げたカードを扉の横にある端末に通す。
『カードを確認しました。生体認証をお願いします』
そうすると内田は端末のレンズを見つめる。
『認証しました。ロックを解除します』
扉が開いた。
「なんか・・・すごいわね」
サラサは少し驚く。それにギャンが噛み付く。
「エルフの癖にセキュリティも知らないのか?」
「犬が煩いわね。ここまでセキュリティしている場所は知らないわよ」
「ギャンは犬じゃない。狼だつ」
騒がしく二人は部屋に入る。
そこで数人の男女がパソコンを前に仕事をしている。
「ここが君たちの職場になる。彼らは君たちを支援するスタッフだよ」
パソコンの前に居た男女が立ち上がり、サラサ達にお辞儀をする。
「支援・・・ねぇ。よろしく」
サラサは軽くお辞儀をした。エルフにお辞儀の習慣は無い為、日本で覚えたばかりの作法であった。そのぎこちなさにギャンがやはり噛み付く。
「頭を下げるなら、もっと深くするのだ。エルフは頭が高い」
「黙れ馬鹿犬」
こうして、サラサの日本での生活が始まった。
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